3.妹を捜しています
天才土下座青年は、平身低頭しながら訴える。
「お願いします!俺の妹捜しを依頼させてください!!」
「……はぁ?」
「金ならあります!払います!だからどうか、お願いします!」
青年の頭上で、特大の溜め息が落とされる。ルナが、少しいらついた様子で青年を睨みつけた。
「どういうつもり?道中で騒げば、受けてもらえるとでも思ってる?甘いよ。人捜しなら、ルナ達じゃなくてケーサツに言ったらいいでしょ?」
「……警察は、動いてくれませんでした」
ぐっと頭を下げた姿勢のままで、青年の声が震えた。
「怪異関係の失踪事件は管轄外だと、言われました。黒鷹に対抗できるのなんて、兎くらいだと……」
「……黒鷹?」
ぴくりと、ルナの肩が揺れる。ハガネの銀色の瞳が、すぅっと細められた。
はあああぁぁ、と大袈裟なくらいの溜め息をついたルナ。青年に背を向け、ひらひらと手を揺らした。
「あーもう。話だけ!話だけなら、聞いてあげるからついてきて。事務所に行く前にモクドに寄るから!もたもたしてたら置いてくからねー」
「あ……ありがとうございます!」
ぼろぼろのまま、嬉しそうに跳ね起きてルナとハガネの後を追う青年。
ばっちりと閉店直前のモクドで新作ドーナツ他、3箱ほどをお買い上げしたルナは、ぼろぼろ青年に荷物持ちをさせる形で、高級バーへと帰ってきたのだった。
「おかえりなさいませ、ルナさん。ハガネさん」
「ヤンさんただいまー。お客さんが来たよー」
「お客様、ですか?」
出迎えた初老のバーテンダーが、ボロボロの青年に目を丸くする。
「おやおや。これは……救急箱をお持ちしましょう」
「あー……すみません、お世話になります」
ぺこりと頭を下げた青年から、ハガネがひょいとモクドの箱を受け取る。長身の青年は、そのままバーカウンターの内側でごそごそしたと思ったら、見事な手際でアフタヌーンティー用の2段皿にドーナツを並べ、ティーセットまで添えて……お店さながらの盛り付けを、テーブルで寛いでいたルナへと運んでいった。
「ルナ」
「ありがとハガネ。ヤンさんとあの土下座くんと……仕方ないから、ヨシカズにも残りのドーナツ、分けてあげてくれる?」
ハガネはこくんと頷いて、再びカウンター裏に入っていく。
ルナから名指しされた、窓辺の席で寛ぐ男性が、これ見よがしに大袈裟な溜め息を吐いた。ハイヒールで飾った長い足を組み替えて、ふんっと鼻で笑う。
「ちょっとルナ。珍しいじゃない。どこのがきんちょを拾ってきたのよ?」
「仕方ないでしょ。外まで追いかけてきて、土下座までされたんだもん」
「いつものアンタなら、それくらい気にも留めないじゃない?……あら、ありがとうハガネちゃん」
お皿に盛ったドーナツを差し出したハガネは、小さく頷いてルナの隣へと戻っていく。
ヨシカズは綺麗にネイルされた指先で、添えられたフォークを摘まみ、ぴっとルナのほうを指した。
「ここに連れてきたってことは、怪異絡みよね?ドーナツと、ハガネちゃんの淹れてくれる美味しい紅茶に免じて、ちょっとくらいなら協力してあげてもいいけど?」
「……だって。よかったね、土下座くん」
もぐもぐとドーナツを頬張るルナの正面に、手当されたばかりの青年が恐る恐る腰を下ろす。きょろきょろとバーの店内を見回しながら、落ち着かない様子だった。
「えっと……ここが、ラビットテールさんの事務所、なんですか?」
「そ。ただのバーじゃないからね。関係者以外立ち入り禁止なの」
ふふん、と得意そうにない胸を張るルナに、隣でハガネがうんうん、と頷いていた。
「じゃ、聞いてあげるから勝手に話して。妹さん?を捜してるんだっけ?」
バーテンダーやヨシカズも、真剣な表情で土下座青年に注目する。
青年は、ふかふかの革張りソファの上で居住まいを正し語り始めた。
「改めまして、俺は、浅田光太郎といいます。失踪した妹を捜して上京しました。もとは、東北の出身ッス」
血で汚れたオレンジのパーカーをぎゅ、と握りしめて、光太郎は言葉を続ける。ルナは、相づちを打つでもなく、スマホをぽちぽちいじりながら、ドーナツを食べていた。
「3ヶ月前。妹が、誕生日の日に出掛けたきり、帰ってきませんでした。警察と一緒になって、必死に捜したんですが……唯一の目撃証言は、妹が黒塗りの車に、男と一緒に乗り込んでいった、というものだけでした」
「そんなの、ただの家出じゃない?誘拐でもなければ、怪異とも関係なさそうじゃないの」
ヨシカズの言葉に、「そうッスよね」と短い黒髪をがしがし掻いて、光太郎は苦笑した。
「俺も家族も最初、そう思いました。だけど……たまたま、防犯カメラに写っていた車の写真を見た途端、警察が態度を変えまして……」
光太郎が、スマホケースのポケットから、一枚の写真を取り出した。差し出されたそれを、ハガネが受け取り、ルナへ向ける。
写真には、黒いスーツを着た男に付き添われ、黒塗りの車に乗り込む女性の姿が、荒い解像度で写っていた。
ちらり、と写真へ視線を向けたルナが、ぐっと目元に力を入れ、写真を睨んだ。
写っている車には、家紋のようなデザインの、札を抱いた鷲のマークがペイントされている。
「そのマークを見て、警察は「黒鷹だ」と言ったんです。「相手が悪い。諦めろ」と……その後一切、取り合ってもくれなくなって。妹が、そんな組織と付き合いがあるわけがないんです。とても真面目で、優秀な子だから……絶対、事件か何かに巻き込まれたんじゃないかと思うんです」
コツコツとヒールを鳴らしながらこちらへやってきたヨシカズは、ルナの背後から写真を覗き込み、肩を竦めた。
「あらあら……ばっちり写っちゃってるわね。警察が取り合ってくれないのも当然よ。コウタローちゃん、だっけ?アンタ、黒鷹がどういう組織か、わかってる?」
「……はい。怪異を利用して、犯罪を行っている組織なんですよね。しかも全国規模の。かなりあくどいこともやってるって聞きました。警察も、太刀打ちできないでいるって」
「そこまでわかってるなら、言われた通り諦めたらいいでしょ。どこで聞いたのかしらないけど、なんでラビットテールに話を持ってこようと思ったの?」
ルナの声が、低く問いかける。
「確かにうちは、怪異に関係する依頼を色々受けてるけど。大体は、オニの封殺とか、怪異の調査とかばかりだよ。この程度なら、請け負ってる事務所は他にもあるよね?政府が運営してる陰陽寮に頼むこともできたはずだよ」
「陰陽寮にも、もちろん言いにいきました。でも、手続きがどうとか、調査がまだとか言い訳ばかりで、動いてくれませんでした。どうにもならなくて悔し泣きしてた親父が……新宿のラビットテールなら、と何度も言っていたんです。あなた達なら、黒鷹相手でも力になってくれるだろうにって。だから俺は、東京まで来ました。お願いです!大切な妹なんです。どうか、捜すのを手伝ってください!」
がばっと勢いよく頭を下げる光太郎に、ヨシカズはやれやれと腕を組み、窓際の席へと戻っていく。
ルナは、ドーナツを皿に置くと、背筋を正して真っ直ぐに光太郎を見つめて言った。
「その依頼は受けられない。私たちラビットテールは、怪異に対処するなんでも屋で、悪い人を相手にする専門家じゃないの」
「そんな……!お願いします!あなた達がだめなら、もう、どうにもならない……」
くしゃりと顔を歪ませる光太郎に、ルナはそっぽを向いて小さく「悪いわね」と呟いた。ルナに寄り添うハガネも、無言ながら肩を落として床を見つめているようだった。
ずうんと重苦しい空気が、バーを満たす。
その雰囲気を破壊したのは、チリリン、と可愛らしいドアベルの音と共に現われた――熊のような大男の、轟くような大声だった。
「おおーいルナ!ハガネ!いるかあ?今戻ったぞ!!!」




