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こちら新宿ラビットテールです!  作者: 櫻井綾


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2.天才土下座青年現る


 オニがこちらを振り向くと、丸太のようなその片腕に、青年が吊り上げられていた。

 だいぶ殴られたように見える青年は、怪我をしつつも懸命に、オニの腕から逃れようと抵抗を見せている。その手には、陰陽術を展開しようとしている、淡い光が見えた。

 黒服の言っていた、居合わせた陰陽師というのが彼なのだろう。

 ルナの手元で、拳銃に赤い魔法陣が浮き上がり、カチカチと回転する。

 ――ルナが扱うのは、弾丸にあらかじめ刻まれている陰陽術に、自身の力を乗せて放つ、珍しい形の現代陰陽術だ。

 ルナの力が拳銃へと注ぎ込まれると、魔法陣が急速に回転し始める。一瞬で光が強く収束すると――パン!と弾丸が放たれた。

 赤い光の尾を引くそれは、対象に攻撃を仕掛ける”爆”の術だ。

 ごう、とオニが吠え、近場にあった鉄製のテーブルを掴むと、こちら目掛けて投げてくる。

 だがそれは、ふっと身を沈めたハガネの、目にも留らぬ一閃で両断された。真っ直ぐ、美しいほどの断面で切断されたテーブルは、激しい音を立てて転がっていく。

 日本刀を構えるハガネの背後には、一歩も動かず銃を構えたままのルナがいた。

 続けてもう一発、放たれた赤い弾丸が、今度こそオニに打ち込まれた。

 どん!と低い爆発音がして、オニの絶叫が響く。弾丸が当たった右肩部分が、弾丸に込められていた陰陽術によって焼けただれていた。


「う、わっ」


 オニが手を放したことで、吊されていた青年が解放され、床に落ちると小さく呻いた。


「そこのひとー!陰陽師なら、自力でなんとか逃げといてね!」


 カシャン、とリロードして、ルナが再び銃を構える。……この弾丸が、最後だ。

 ぶわりと金色の魔法陣が展開され、複数の呪文が宙に浮かび上がると、速度を増しながらルナの周囲を回転し始める。


「――陰と陽の狭間に、汝の穢れを封殺す――」


 ルナの声が厳かに響く中、鬼が咆哮しこちらに飛びかかってこようとするが――音もなく鬼の懐に急接近したハガネが日本刀を振るうと、その両腕は瞬く間に使い物にならなくなった。

 苦痛の叫びを上げるオニの傍で、カウンターの下に身を隠していた陰陽師の青年は、オニではなく、ルナが発動準備に入っている魔法陣の様子に、視線が釘付けになっていた。


 「この光は……!」


 目にも留らぬ早さで回っていた魔法陣が、突然ガチン!と停止する。

 溢れるように輝いていた金の光が、ぎゅんと銃口へと吸い込まれた。


「――封殺!」


 凜としたルナの声と共に、銃のトリガーが引かれる。

 どっ、と。これまでとは比べものにならないほどの光と弾道が、金色の光となって銃口から飛び出し、オニを貫いた。

 断末魔が、このフロアだけでなく、建物全体をビリビリと大きく揺らした。

 傷口からネットのように、光の編み目がぶわりと拡がり、どす黒い粒子をぎゅうぎゅうと縛り上げ、やがてそれは、手の平に握れる程度の大きさの、黒い球体へと姿を変える。

 オニはといえば、しゅうしゅうと黒煙を上げながら、元の人間(・・・・)の姿――金髪のホストの男性へと戻っていて、白目を向いたまま、ばたんとその場に倒れ伏した。


「はいはーい。お仕事しゅーりょー!店員さーん!警察呼んどいてねー!」


 くるりと回した拳銃を、太もものホルダーへと戻したルナは、ぱんぱんと手を払って、うーんと伸びをした。


「あ、そだ。救急車も呼んであげて。怪我人もいるからさ」


 ちらりと、ルナの視線がカウンター下の青年を見る。

 ハガネは、静かに刀を鞘に収めると、コートの埃を払い、ルナの為にホールの扉を抑えながら静かに待っていた。


「警察と救急車、呼びました!すぐ来て下さるそうで……!本当に、ありがとうございました!」

「ご依頼ありがとうございましたー!あ、支払いはいつも通りでお願いね」

「承知致しました!」


 ぺこぺこと恐縮しきりの黒服に見送られながら、まるで何事もなかったかのようにルナとハガネは、店を出て行く。


「ありがとうございました!」


 玄関口まで付いてきて、二人の背中に頭を下げた黒服。

 その横を、血痕やら被った酒などの液体やらでぐちゃぐちゃのぼろぼろになった青年が駆け抜けた。


「――ちょっと!ちょっと、待ってください!」


 人混みの中に消えていこうとするルナとハガネを、青年は必死に呼び止めようと追いかける。


「お願いします、”ラビットテール”さん!話を……!」

「――ねぇ、ちょっと。アンタ、馬鹿なの?」


 青年が大声で呼んだ瞬間、くるりとルナが足を止め、振り返った。怒りで眉をひそめたルナの顔に、青年が一瞬怯む。

 ハガネは、ルナにぴったりと寄り添うように立ち止まり、無言のまま青年を睨み付けていた。


「この人混みで、私たちが何者なのかをわかってて大声で呼び止めるとか。正気?頭大丈夫?さっき鬼に襲われて、どこか打った?」

「え、いや、あの……」

「あんたさ、この辺りの陰陽師じゃないでしょ?「新宿に行ったら、(ラビット)には近づくな」って、誰も教えてくれなかったわけ?弱いだけじゃなくて、常識もないの?」

「すみません、そんなこと、知らなくて」

「だったら今覚えて。ルナたちには関わらないほうがいいよ、少年」


 ルナが呆れたように肩を竦めてみせる。寄り添ったハガネが、ルナのほうへと少しだけ身を屈めた。


「……ルナ。一番近いモクド、閉店まであと15分」

「やば。じゃあ、私たち急いでるから!じゃーね!」


 今度こそ、立ち去ろうとするルナとハガネ。青年は、ぐっと唇を噛むと二人の背に駆け寄り……彼らの進行方向に回ると、華麗な動作で、素早く、土下座を披露した。

 もしも土下座に、所作の美しさによるコンテストなんてものが存在したならば、彼のそれは間違いなく、優勝候補と目されるものだろう。

 沢山の人が行き交う歩道の真ん中で、流れるような角度で膝をつき、完璧な指の開き具合、手の角度、肘の開き方で、ぐっと頭を下げたのだ。

 いっそ惚れ惚れするほどの土下座っぷりに、ルナとハガネも思わず呆気にとられ、歩みを止めた。

 ボロボロになった、満身創痍の青年――天才土下座青年は、そのままの姿勢を崩すことなく、気持ち良いほどの悲痛な声で訴えた。


「この街一番と噂のあなた達に、お願いがあります!どうか――俺の妹探しを、依頼させてください!!!」



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