1.こちらラビットテールでーす!
――眠らない街、新宿。
世闇に煌めくネオンと喧騒の海を眼下に、眺めの良いビルの高層階に位置した、あるバーカウンターで。
ゆったりとしたジャズが心地よく流れ、間接照明が柔らかく大人の時間を演出する高級な店内に、似つかわしくない軽やかな電子音が鳴り始めた。
カウンターに座っていた少女が、じゃらりとキーホルダーの束……もとい、スマホを取り出し通話を始める。
「はーいもしもーし!こちら、ラビットテールでーす!」
無邪気な声で応対しながら、彼女は可愛らしい色のカクテルを揺らす。
「本日はどのようなご用件ですかー?ホストかキャバ嬢の募集?それとも、お金のトラブル――」
楽しそうに、慣れた台詞を並べていた彼女は、唐突に言葉を切る。カウンターで静かにグラスを磨いていた初老のバーテンダーが、チラリと彼女に視線を向けた。
「――なぁんだ。そっちの依頼かぁ」
唐突に、彼女の声が低くなり、落胆のため息が混じる。彼女が足を組み替えると、無数のフリルとチェーン、リボンで飾り立てられたロリータ風の衣装が、小さな金属音を立てた。幾重もフリルが重なった短いスカートから伸びる、タイツとゴツめのブーツに包まれた足が、苛立ったようにトントンと床を叩く。
「あー、うん。うん。……はーい、承りましたあ。そうだなぁ、B地区の店でしょ?10分くらいで到着するよお。それまで頑張って生きててね」
通話を終えた彼女は、大きくため息をついて、カクテルを一息に煽った。
「仕事ですか、ルナさん?」
「うん、もーマジめんどい。今日ネイル新しくしたばっかりなのにさあ、やんなっちゃうー」
グラスをコースターに戻した手で、ルナはテーブルに置いてあった拳銃を持った。黒く小振りな拳銃は、彼女が手を触れると、銃身にカチカチと小さな魔法陣が回り出す。
むう、と眉を寄せながらその魔法陣を見つめたルナは、すぐにその拳銃を太もものホルダーに仕舞い込んだ。
「ヤンさーん。”封”と”爆”の弾丸が少なくなってるから、ルナが帰ってくるまでに補充しておいて」
「承知しました」
バーテンダーは、自分の孫ほどの歳とも言えそうなルナに恭しく頭を下げると、グラスをしまい、サラサラと何かの書類を書き始める。
銃を触ったり、弾丸の話をしたり……と、非常に物騒なやり取りがなされているが、ここは高級嗜好の調度品に囲まれた、クラシックなバーである。
しかし、唯一の他の客である、窓際に座る男は、パソコンの画面を見つめながらグラスを傾けるばかりで、ルナとバーテンダーの会話に見向きもしない。
てくてくと店の入り口まで歩いて行ったルナの背後には、いつの間にか、黒いコートで全身を覆った背の高い銀髪の青年が、まるで幽霊かのようにぴったりと付き従っていた。
「いこっか、ハガネ」
ルナがにっこり笑いかけると、青年はこくんと頷いて、小柄なルナを片腕で軽々抱き上げると、そのままバーを出て行った。
店を出た青年――ハガネは、エレベーターではなく、階段を登った。
屋上へと出たふたりは、夜を満たす喧騒の温度に目を細める。夜風が、インナーカラーが鮮やかな、ルナの黒とピンクのツインテールを悪戯に舞い上げた。
ハガネはフェンスに足を掛けると――ネオン煌めく新宿の空へと、身を踊らせる。
ビルの屋上から屋上、時には屋根やバルコニーを華麗に飛び渡り、入り組んだ街を飛ぶように駆けていく。……もちろん、片腕にルナを抱いたまま、である。
ハガネのがっしりした体躯は、どれだけ飛び回ってもぶれることがなく、ルナは運ばれるままに、ご機嫌でスマホの画面を操作していた。
「今日はいい夜だね、ハガネ」
「……ああ」
「これで仕事の依頼なんてなかったら、最高だったんだけどなぁ」
「そうだな……」
「あ、帰りにモクド寄ろうよー。今日から新作販売してるんだって。食べたいなー」
「わかった」
あっという間に目的地に到着すると、ハガネはルナを抱いたまま、人々が多く行き交う道のど真ん中へと音もなく着地した。
「うおっ」
「びっくりした!」
周囲の人々から声が上がるが、2人の姿を見た途端、周囲はそそくさとその場から離れていく。
「なんだ、兎か……」
そんな呟きが聞こえたが、ルナは気にすることなく、目の前にあるホストクラブへとずんずん足を進めた。
受付でおろおろしていたホストクラブのスタッフ――黒服の男性が、ルナ達を見てハッとする。
「お、お待ちしておりました!中はもう、酷い有様で……」
「怪我人は?」
「ひ、ひとりだけ……!居合わせた陰陽師の方が……」
「そう」
真っ青な黒服に素っ気ない返事をして、ルナは颯爽と受付を通り過ぎる。
廊下の先にあった重厚な扉を、ハガネが開いた瞬間――。
パン!と乾いた音を立てて、ルナが構えた拳銃から、青い光が弾丸となって室内へと放たれた。
鋭く、耳をつんざくような獣の悲鳴が、びりびりとホールを震わせる。
拳銃の銃身には、またあの魔法陣がキリキリ、カチャカチャと音を立てながら浮かび上がっており、ルナがカシャンと次弾を装填する音に合わせて、魔法陣の色が青から赤へと変化した。
床に散らばった、粉々になったグラスたち。濃厚な酒と香水の匂いが立ち込める中に、ツンと鉄の臭いが鼻をつく。
薄暗い照明の中、部屋の奥でのそりと、どす黒い巨体が体をもたげこちらを振り向いた。
人間のような四肢を持つ巨体の頭部には、禍々しく突き出した、捻れた角が生えている。
――オニだ。
「どーもこんばんはー!ラビットテール、只今より鬼退治を始めさせていただきまーす!」
ルナの場違いに明るい宣言に合わせ、ハガネが音もなく、腰の日本刀を抜き放った。
新作です!不定期更新です!頑張って続き書きます!
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