4.ウチで面倒みてやろう!
きっちりとしたスーツが窮屈そうに見えるほど、体躯が良く筋肉質な大男が現われて、一瞬でバーの雰囲気が変わった。
白髪交じりの短髪をがしがし掻いて、大きな古傷の残る顔でにっかりと豪快に笑う。
「おお?どうしたどうした?辛気くさいのう」
「……はぁ~。いつも言ってるでしょ!少しは空気読んでよ!」
「ルナ!また髪染めたのか?いつ見てもかわいいなぁお前は!ほら、東北土産をどっさり買ってきたぞー!」
「ちょっと!ひとの話を聞いてってば!」
がはは!と笑う大男に、ルナが懸命に怒っているがどうにも噛み合っていそうには見えない。
バーテンダーとハガネが、男がどんっと床に置いた山のようなお土産の数々を確認して、整理し始めていた。
大男がソファに腰掛けた衝撃で、ちょうど同じソファの端で縮こまっていた光太郎がぴょんと跳ねる。
「う、わ……!」
「ん?なんだ、坊主。見ない顔だな?」
「あ、えと、その、俺は……」
ぐぐっと顔を近づけられ、その鋭い眼光と圧に言葉が続かない光太郎。
その光景を向かいで見ていたルナが、大きく溜め息を吐いた。
「社長。それ、私が連れてきたの。もう帰ってもらうから気にしないで」
「何?ルナが連れてきたってことは、依頼者じゃないのか?」
「さっき断ったところなの。……ほら、土下座くん。出口はあっちよ」
じゃら、と玄関口をスマホで指すルナ。光太郎は、再び泣きそうな顔で声を上げた。
「でも、あの、俺……!」
「まぁ待て待て。おい坊主、どんな依頼で来たんだ?」
「ちょっと……!」
「ルナ。この坊主は、ラビットテールに依頼しにきたんだろ?追い返すにしたって、俺が依頼を聞くことは何の問題もねえじゃねえか」
むすっとしたルナに、大男が宥めるようにして言い返す。
完全に拗ねたルナは、戻ってきたハガネのコートの中にもぐりこんで、ドーナツを黙々と囓り始めた。
一瞬、そのリスのような光景にぽかんとしていた光太郎だったが、はっと我に返ると、再び大男に自身の名前や、妹がいなくなってしまった経緯、黒鷹が絡んでいそうなことなどを話した。
終始黙ったまま光太郎の話を聞いていた大男は、眉間に皺を寄せたまま、「んんん?」と首を傾げる。
「はて……。浅田、あさだ……東北の浅田と言ったら、もしかしてお前、孝義の息子か?」
「父を知っているんですか⁈」
「ああ。昔、東北に数年転勤していたころに、何度か組んだことがある。そうかそうか、あいつは元気でやってるか?」
「父は……その、妹の件で、かなり塞ぎ込んでしまっています。病気とかはないですが、陰陽寮も休みがちで……」
二人の会話に、窓際からふんっと鼻で笑う音が加わる。
ハガネの淹れた紅茶を飲みながら、ヨシカズが光太郎たちの方を見ていた。
「陰陽寮って、怪異対策の専門でしょ?税金を給料にもらってる公務員様が「休みがち」だなんて。随分とぬるい仕事なのねぇ」
「おいヨシカズ、それは言い過ぎだろう?誰だって、大切な家族が行方不明となれば、心配するもんだ」
大男がそういって光太郎の肩をバシバシ叩くが、光太郎は俯いたまま苦笑した。
「いや……そうっすよね。陰陽寮に配属された以上、公私は厳しく分けるべきだって……それは、そうだと思います。俺も……ようやく就職できた陰陽寮を放り出して、こんなとこまで来ちゃって。本当は、良くないってわかってるんです。でも、どうしても、妹が心配で……」
ぎゅう、と膝の上の拳が白くなるほど、力を入れる。
光太郎の纏う悲痛さに、バーの空気が再び重くなりそうになったところを――大男の大声が吹き飛ばした。
「よぉし、わかった!光太郎、お前の妹さん探し、ラビットテールで面倒見てやろう!」
「はぁ⁈」
「ちょっと!」
「おやおや……」
各所から上がる反応を気にもせず、大男は光太郎の背をすごい力で叩きながら、言葉を続ける。
「黒鷹が相手となると、ウチも依頼として受けるのは難しい。だから、依頼としてではなく、妹捜しをするお前をウチで面倒見てやろう!」
「え、それってどういう……?」
困惑顔で背を叩かれ続ける光太郎に、バーテンダーがふぉっふぉっと静かに笑った。
「ルナさんも仰っていた通り、我々が直接妹さんを捜す依頼は受けられないのですが、光太郎さんをラビットテールの仲間にすることならばできますよ、ということです」
「そうそう!ウチには怪異絡みの情報がたくさん入ってくる。黒鷹に関する情報も、おそらく何処より沢山得られるだろう!だから、お前はウチで働きながら、得られる情報やらなんやら利用して、妹捜しをすりゃあいいってことだ!ルナも、それならいいだろう?」
得意顔の大男に話を振られ、ハガネがそっとコートの端を摘まみ上げる。その影から顔を出したのは、ジト目をした不機嫌そうなルナだ。
「良いも悪いも……父さんがそう決めたなら、私にはどうにも出来ないじゃない」
「え、父さん……?」
「そーよ。あんたの隣の、そのおっきいの。私の父さんで、ラビットテールの社長だから」
言うだけ言うと、ルナは残っていた紅茶を一気飲みして、ソファにぼすんと沈み込んだ。不機嫌そうなルナを、ハガネがよしよしと慰めている。
大男――改め社長は、満足そうに頷きながら、バーの中を見回した。
「ハガネ、ヤン、ヨシカズ。お前たちも、それでいいな?」
「……ルナがいいなら、いい」と、頷くハガネ。
バーテンダーのヤンは優しく微笑み、ヨシカズはひらひらと手を泳がせながら「好きにしてちょーだい」とパソコンの画面を見ながら言った。
「そういうわけだ。光太郎、改めて、ラビットテールへ歓迎するぞ!」
光太郎の手を握り、ぶんぶんと振るご機嫌そうな社長。しかし光太郎は、若干困ったような表情をしていた。
「すごく有り難いんですが……。でも俺、陰陽寮に勤めてて……それでも大丈夫でしょうか?」
「お前も陰陽寮に勤めてたのか!ん、大丈夫だ。東北支部だろう?俺のほうから言っておく。安心しろ」
「え?言っておく、って……」
混乱続きの光太郎を哀れに思ってか、ルナが溜め息交じりに補足してくれた。
「父さん、元陰陽寮総監なの。色々なところに顔が利くから、大丈夫って言われたら大丈夫だと思っていいよ」
「そうかん……って、総監、ですか⁈全国で一番偉い人⁈」
素っ頓狂な声を上げた光太郎に、社長はご機嫌そうに笑いながら、いつの間にかバーテンダーさんが用意していた彼の手元の酒を煽った。
「昔の話だ、昔の!それより光太郎。お前、住む場所は?生活はどうしてる?」
「今は、安いカプセルホテルに……」
「そんなんじゃやっていけんだろう!そうだ、ルナの家に世話になれ。業務のことも、わからんことはルナに世話してもらうといい!」
「え、ええぇ⁈」
ルナを見て、再びひっくり返ったような情けない声を上げる光太郎に、ヨシカズが憐れむような視線を向けた。
「えっで、でも!ルナさん、女性の方ですし、いきなり俺なんかが世話になるって……」
絶対、「ふざけるな」って怒鳴られる……!と予想した光太郎だが。
意外なことに、ルナはただ面倒くさそうにドーナツの最後のひとかけを口に放り込んでいるだけで、ちらりと光太郎を見ると、
「まぁいいけど。どうせ部屋余ってるし」
と、まるでどうでもいいかのように肩を竦めて、席を立った。




