8 タイメリアの推理を聞いて、検討しなさい……?
本日何回目かの沈黙が落ちた。
セーディナ様が、探るような口調で尋ねてくる。
「えっ……?
それ、わたしも言ったけど、あなた否定したじゃない?」
「違うわ。貴女の推理は、殿下とお茶を飲んだ後で入れ替えを行なったというもの。
私の考えはその前、ファセリ様と勉強した直後のタイミングで入れ替えたというものよ」
全員が、しばし考えた。
「……えーと。
それは無理っていう話だったんじゃないの?
だってロズヴァリー様は、勉強道具をブックバンドで束ねて持ってきてらしたのよ? 塩や砂糖を入れる容器を持ち込めないんでしょう?」
セーディナ様が、さっきのロズヴァリー様の主張を繰り返した。
私は、その言葉にうなずいて見せる。
「ええ、そうね。普通の容れ物ならね。
だけど、ロズヴァリー様は容器を持ちこむことができた。
ノート──すなわち、紙よ」
「紙だって?」
「そうです、殿下」
トゥローム殿下の方を向き、うなずいてみせる。
「ファセリ様が立ち去った後、ロズヴァリー様には入れ替えをする時間がありました。はからずもロズヴァリー様がおっしゃった通り、この席は三方を壁に、残りを柱に囲まれています。柱に背を向ける席に座れば、砂糖と塩の入れ替え作業をしても他の人には見えません」
「それで君の推理では、彼はどうやって入れ替えをしたんだい?」
「説明いたします。
では実際にやってみましょう」
幸い私も、勉強道具を入れた鞄を持ってきている。
鞄からノートを取り出して、最後の方のページを定規を使って2枚切り取った。
「1枚目の紙を2つに折って開き、折り目をつけます。
そしてその上に、塩の瓶の穴の開いた蓋を外して、中身を空けます。
後のことを考えると、2枚の紙に半分ずつ小分けにした方がいいかもしれません」
説明しながらもう1枚の紙も折り、その上に塩をさらさらっと半分ずつ注いだ。
「さて次ですが、空になった塩の瓶に砂糖を入れます」
そこでセーディナ様が口を挟む。
「でもタイメリア様。さっき、その付属のスプーンは丸っこいから、細い瓶に上手く入れられないっておっしゃっていたわよね?」
「そうよセーディナ様。
だから、道具を使うの」
ノートのページをもう1枚切り取ると、くるりと丸めて見せた。
片方は小さくすぼまり、もう片方は大きく開いた形──漏斗の形に。
そしてそれを、空になった小瓶の口に差し込む。
「ほら。こうすれば、丸いスプーンでもこぼす事なく砂糖を瓶に入れることができるのよ」
セーディナ様が、ここで指摘してきた。
「片手で紙の漏斗を支えて、もう片方の手でスプーンを使うんだから、瓶が安定しないんじゃない?
作業の途中で瓶が倒れたりしたらどうするの」
その質問は想定済みだ。
鞄から教科書や参考書を何冊か取り出して、テーブルの上に積み上げる。
「それなら、こうやって他の本を2つに積み上げて、瓶の両側をぴったりと挟めばいいのよ。
そうすれば、瓶は固定されるわ」
「それは、確かにそうね……」
「続けるわね。
塩の瓶が一杯になるまで砂糖を入れました。次に、紙の上の塩をシュガーポットに入れるのよ。
前もって二つ折りにしたのは、このため。折り目に沿って、綺麗に注ぎ入れることができるから。
1枚の紙にあまり多くの塩を乗せて注ぐと、塩がばさっと一気に落ちて飛び散る恐れがあるわ。だから確実を期すなら、複数の紙に小分けしておいた方がいいと言ったの」
言いながらそっと紙を傾けて、塩をシュガーポットに注いでいく。
ポットの口が大きいのでこぼれることもなく、塩は折り目に沿って全てシュガーポットの中に落ちていった。
「これはこれは……大したものだ」
背後から、トゥローム殿下の感嘆の声が聞こえる。
私は視線をテーブルの上から外し、ロズヴァリー様に向けた。
「ロズヴァリー様。さっきと違って、これは代わりにやってくださらないのね?
正解だからかしら?」
ロズヴァリー様の端正なお顔がこわばっている。顔色も悪い。
「ロズヴァリー君? 何か申し開きは?」
面白そうな、無邪気な殿下の声。
「……僕が犯人だとしたら、何のためにだと言うのです」
「その理由は、自ら行動で示されたじゃない?
ファセリ様に私との婚約を破棄させ、フリーになった私に自分が婚約を申しこむためよ」
「は?
何でわざわざブスに……い、いや、その……」
ファセリ様が発言の途中で殿下に睨まれて、言葉の後半が尻すぼみになってしまった。
まあ、言いたいことは分かるわ。ロズヴァリー様のような美男子が、何故私に? ということよね。
模範解答は、彼は私の容姿ではなく、私の知性や人格、つまりは内面に恋をしたというもの。
素晴らしい。実に美しい答えだわ。
そしてもう1つの解釈は、私の実家の資産目当てというもの。
ファセリ様は忘却しているようだけれど、私は裕福な公爵家の娘で、ロズヴァリー様は子爵家の三男。私は爵位を継ぐことはないけれど、成人すれば自由に使える個人資産がある。父が亡くなれば、それ以上の遺産も。
家を継げない、将来に不安のある令息にとって、私への求婚は理想的な一手ではないかしら?
あるいは、ファセリ様へのしっぺ返し。
ただ長男に生まれただけで、伯爵位を継げるファセリ様。子爵家三男のロズヴァリー様を顎で使えるファセリ様。そんな彼に嫌がらせの汚名を着せて、公爵令嬢という婚約者を奪う。
復讐というほどではないけれど、胸がすく思いかもしれない。
だけどこれは、私のうがった見方というもの。
彼は、本当に私に恋をしたのかもしれない。
ファセリ様に軽視される私に、同情したのかもしれない。
私の資産と、公爵家との縁故が欲しいだけかもしれない。
複数の要素が合わさっているのかもしれない。
私には、人の心を読む能力なんかない。想像するだけ。
だから、ロズヴァリー様の内心に踏み込んで知ったような発言をするのは避けた。それは彼を侮辱することだから。
「それ以上の具体的な理由は、私には何とも言えないわ。
ただね、ファセリ様。私との結婚は、貴方が思う以上に大きな意味があるのよ」
「これを言うと、いかにも犯人らしくなってしまうのですが……。
証拠は、ありますか」
ロズヴァリー様が下を向いて、押し殺すような声でおっしゃった。
私は首をかしげる。
「さあ、どうかしら。
貴方の本とノートに、塩の粒が付着しているかも……いえ、そうだとしても、もう処分しているでしょうね。
他の状況証拠なら、なくもないわ。
私にサンダランド、つまり苦くないお茶を勧めて砂糖を入れさせまいとしたこと。
ファセリ様が立ち去った後、貴方が数分間席にとどまっていたという目撃証言。
殿下とテーブルで話し合うのを嫌がったこと。
あの時点で砂糖と塩の入れ替えは済んでいた。だから殿下に、あの場所でお茶を飲んで欲しくなかった。偶然にも、スプーンが塩をどけて砂糖だけを入れることになったから、助かったけれど。
それと、ファセリ様犯人説を出したこと。あれはなかなか良く考えられていたわ。前もって偽の推理を準備して、私がファセリ様に愛想を尽かすように仕向けたのではないかしら」
殿下が、うんうんと満足げにうなずいた。
「まあ状況証拠ばかりだけど、説得力はある。
ロズヴァリー君、君のことだから、面白い反論があるんだよね?」
殿下の紫の瞳が、期待をこめてロズヴァリー様を見た。
「………………れ」
「え?」
「いい加減にしてくれ! ファセリ君も、殿下も!」
初めて見る、ロズヴァリー様の怒号だった。
え? ロズヴァリー様、怒ってらっしゃる? 怒りの感情がおありなの? あの、いつもいつも冷静で知的で穏和な彼が?
全員、意表をつかれてロズヴァリー様を眺めるしかできない。もちろん私も。
「ファセリ君、いつも僕を引き連れて雑用をやらせるのはさぞや楽しかったろうな!? いや、別になんとも思っていないのか。学校に召使いは連れて来られないからその代わりだ。僕を学校の備品だと思っているのか?
これでも僕は子爵の息子だ。だけど君から見れば格下、しかも後継でないから路傍の石以下か。僕に敬意を払ったことなんか一瞬たりともない。そうだろう?」
言われたファセリ様の顔が引きつっている。
他のみんなも。多分私も。
「い、いや、そんなことは……。
お前だって、普通にしてたし……」
「普通な訳がないだろう! 立場に差があるから我慢してやっていただけだろう! 何故分からない!? 何が代わりにレポートを書いてくれだ掃除をやっといてくれだここは自立と謙遜を学ぶ学校だと何百回教えてやれば学習できるんだ! できないならさっさと退学して家に帰れ!」
地獄のような正論だった。
「え……ごめん、そんなつもりじゃ……いや、ごめん……」
あの傍若無人なファセリ様が、謝った……!
「殿下あんたもだ!」
王族をあんた呼びするロズヴァリー様……。
あのロズヴァリー様の辞書に、「あんた」などという乱暴な語彙が存在していたとは……。
「……え、俺も?」
あのトゥローム殿下が、引き気味に聞き返す。
「そうに決まっているだろう! 何を他人事みたいに言っているんだ!
いつもいつも適当な思いつきで無茶振りをしてくる! なんで『面白いから』とかいう自己都合で無駄にチェス大会だの何だのイベントを増やすんだ! なんでテスト直前から準備をさせるんだ! 自分は優秀で仕事しながらテストで点を取れるのか知らないが、他の役員はそうじゃないんだ! 他の者の身にもなれ!」
穏和な人間が、怒れないゆえに心の奥底にいかに多くの不平不満を溜め込んでいるか。その箍が外れた時に、いかに際限なく爆発し続けるか。
その壮絶さを目の当たりにして、誰も言い返せない。
「自分は会長で王子だから些事は下々に任せるって舐めているのか!? 出来るけどやらないっていうのは能力がないのと同じなんだよ! 代わりにやってあげている僕らにどうして感謝して謝罪しない!?」
うわあ、敬語が完全に消えている……。
この方どなた? ロズヴァリー様? 本当に?
怒りをみなぎらせて、眉を吊り上げて私たちを睨みつけるロズヴァリー様は、見たことのない野生的な美しさで──って言ってる場合じゃないわ。
「ええと……はい、すいませんでした……」
すごい。あの傍若無人な殿下が謝った。しかも敬語で。王族なのに。
もう私、さっきから「あの○○様が」としか言っていない。
「え〜っと、あのぉ……」
そこでセーディナ様が、かつてなく遠慮した、珍しく絶対に演技ではない恐縮した表情で、ロズヴァリー様に話しかけた。
「結局、ロズヴァリー様がわたしに塩を飲ませちゃったりした、ということでよろしいですか……? タイメリア様の推理は正しかったのかな〜、なんて、ちょっと気になったりして……」
「セーディナ様すごい勇気。私尊敬するわ」
彼女の蛮勇に、思わず小声で称賛してしまった。
よく今のロズヴァリー様に、自分から話しかけたわね。これは声に出して褒め称えるべきよ。
「ああ合っているよ! もういい加減君たちの起こすトラブルにはうんざりなんだよ! なんで婚約者の前でくだらなくイチャつくんだ馬鹿だからかそうだ馬鹿だからなんだよな!? それ以外に理由なんかないな!? くだらない、マウントにもなってないマウント取って悦にいって側から見ると馬鹿丸出しなんだよ!」
『くだらない』と『馬鹿』の頻度が高い。
セーディナ様、涙目。演技じゃなくて素で涙目。
彼女はいちおう被害者なのに、犯人の動機が被害者の自業自得で瀕死。
「タイメリア嬢もタイメリア嬢だ」
「え、はい」
私にも飛んできた!
「どうせ君のことだから、ファセリ君有責で婚約破棄に持ち込もうと放置していたんだろう? だけどファセリ君と君の最悪の空気の中で板挟みになってる僕の身にもなってくれないか!?
殿下のお守りと君たちの機嫌取りとで胃が痛いどころじゃないんだよ!
そうそう僕が勝手に君たちに阿ってるだけとか言わないでくれ。君たちのせいで学年全体の空気が悪いんだよ、何とかしてくれと他の生徒から散々言われるんだよ、君は生徒会の一員だろうってね!」
こんなに怒られたの、お祖父様の大切な壺を割って怪我した時以来だわ……!
「あ、はい、申し訳ありませんでした。
結婚に応じられないのは訂正いたしませんが……」
「「すごい……あのタイメリア「嬢」「様」が謝ってる……」」
殿下たちも「あの○○様が」の渦に巻き込まれている。
でも失礼ね! 私だって、自分が悪いと思えば謝ります!
「結婚はもういいよ。君に好意はあったが、あわよくば公爵と縁づきたいというつまらない欲の方が強かったから。断られて当然だ」
ふう、と彼はため息をついた。
「ああ……僕もここまでか」
ここで若干──本当に若干、口調がトーンダウンした。
天を仰いで、髪をかき上げる。
物憂げな美男子目の保養とか、それどころじゃない。
「頑張って優等生をやっていたのに、事件を起こした上に、公衆の面前で王族を罵倒。
もうどうでもいい。修道院に行ってもいいし、家から絶縁されて平民落ちでもいい。好きにしてくれ。
その代わり、もう僕を煩わせるな。みんな勝手にしてくれ」
投げやりに言い捨てた。
「じゃあ、僕は退学届を出してくる」
「「いや! 待って! ちょっと待って!」」
なんでそう極端から極端に走るの!!
やめてちょうだい!!
踵を返すロズヴァリー様に、ファセリ様とトゥローム殿下、セーディナ様までが縋りついた。みんなで、物理的に制止している。
私も、大声でロズヴァリー様に叫んだ。
「待って、退学なんかしないで! それは貴方だけが損をする選択よ!
事件は解決したわ! 次は、私たちの諸々の問題を解決するわよ!!」
入れ替えのあったテーブル席への人の出入り
朝
・4人全員で朝食を摂る
全員塩と砂糖を使うが、異状はなかった
・タイメリアとセーディナは席を立つ
ファセリとロズヴァリーはそのまま残って勉強
ロズヴァリー、2人分のお茶を注文。この間ファセリはテーブルに1人でいる
ファセリが先に席を立つ
【タイメリア、この時にロズヴァリーが入れ替えを行ったと推理】
午前の休憩時間
・トゥロームとロズヴァリーがお茶を飲みながら打ち合わせ
・トゥロームが砂糖を使う。異状なし
(実際にはこの時点で入れ替えが済んでいた可能性大)
トゥロームが先に席を立つ
昼食
・タイメリアが最初に席に着き、1人で10分ほど待つ
残り3人がやって来る
セーディナが塩を飲んで騒ぎになる




