9 問題を解決しなさい
「よく考えて。
ロズヴァリー様がなさったことと言えば、私たちのテーブルの、塩と砂糖を入れ替えただけなのよ。
こんなの、先生に5分も怒られれば終わる程度の悪戯じゃないの。いくら何でも退学はないわ」
私は4人に、特にロズヴァリー様に懇々と語りかけた。
皆もこくこくとうなずく。
「そりゃそうだ。思い詰めるなロズヴァリー君」
「ですが……僕の行動で、ファセリ君とタイメリア嬢は婚約破棄をしてしまいました。
何かしらの責任を取る必要があるでしょう」
だいぶ落ち着いてきたらしいロズヴァリー様。敬語が復活している。
その代わり正気に戻って、自分のやらかしに顔色が青ざめてきていた。
「ええ、確かに婚約は破棄されたわ。でも、それは私たちのせいよ。
だいたい、セーディナ様が塩の入った紅茶を飲まされたから婚約破棄というのがおかしいのよ。
何故そんなことになったかと言うと、5年前の婚約の顔合わせの時から、私たちの関係は悪かったから。
ファセリ様は私を見るなり『なんでこんなブスが婚約者なんだよ! なんとかしてよ、お母さま!』と叫ぶし」
「「うわっ……」」
殿下とロズヴァリー様はもちろん、セーディナ様までもが気持ち悪いものを見る目でファセリ様を見た。
「いや、それは子供の頃の話だから別にいいだろ?
貴族令嬢って普通可愛いから、タイメリアの顔がブス、いや意外でつい言っただけだし……」
余計周りの視線が冷たくなった。
「それは言い訳ですか? それとも自分の屑アピールですか?」
「ファセリ君、社会的に抹殺されたくなかったらその口を閉じろ」
「なんとかしてよお母さまって、ファセリ様、マザコンなの?」
あ、セーディナ様はそっちに引っかかったのね。
「一応、私もお義理でファセリ様と関係構築を図ったんだけれど、ブスブスブスブスうるさくて。もう無理。私も早々に諦めたのよ」
恋愛小説だと『本当は可愛く思っているけれど、照れ隠しでブスと言ってしまう』というのがあるけれど、彼は本気でブスと言っているものね。
「だからセーディナ様の存在はありがたかったわ。ファセリ様を引き受けてくれたから、彼と会話しなくて済んだし。この人たち有責で婚約破棄できそうだったし」
ファセリ様とセーディナ様が「え、そうだったの?」みたいな顔をした。
まさか、私が嫉妬していたなんて思ってないわよね?
「ロズヴァリー様の行為は、本来なら子供じみた軽い悪戯に過ぎなかった。婚約破棄までいってしまったのは私たちのせい。
私たちのことで、ロズヴァリー様も他の皆様も不快に思ってらしたのね。自分のことばかりで、気が回っていなかったわ。
ロズヴァリー様、本当にごめんなさい」
本当は、食べ物に関する悪戯は洒落にならないとは思うのだけれど、原因は私たち3人の態度にある。文句を言える立場ではない。
ロズヴァリー様は、困った顔でため息をついた。
「……まあ、僕も嫌がらせをした訳ですから、責める資格はありません。
他の生徒たちにも謝ってもらえれば」
「ええ、それはもちろん」
トゥローム殿下が首を傾げた。
「でもさタイメリア嬢。君たちの婚約は政略だったろう? 君の家が、ファセリ君の家に融資する関係で」
「「え?」」
ファセリ様とセーディナ様が目を丸くした。
セーディナ様はともかく、どうして当事者のファセリ様が驚いているの。
「『え?』じゃないよファセリ君。
君の家は、ここ数代の放漫財政のせいで傾いているんだよ。だからシーストランド公爵の融資を受けて、その代わりにタイメリア嬢と君は政略結婚をする。
まさか、分かってないのか?」
「「え?」」
やっぱり分かっていなかったのね。
伯爵は財政立て直しでお忙しいからファセリ様との交流がおありでないと聞くし、夫人はファセリ様を甘やかす方だから。厳しい状況が耳に入ってこなかったのね。
「まさか、私が貴方の美貌に一目惚れして、公爵家の威光をかさに着て婚約を強いたなんて思っていないわよね?
ファセリ様は、自分がブスな公爵令嬢のわがままの犠牲者だなんて思っていないわよね?」
「「…………」」
思っていたのね。2人とも。
まあ私も、ファセリ様にはセーディナ様と浮気して、彼有責で婚約破棄して欲しかったから?
そんなこと全然教えてあげませんでしたけれど?
セーディナ様の立ち回りが巧妙で、なかなか浮気判定が取れませんでしたけれど?
それが今回やっと婚約破棄宣言をいただいて、ありがとうですけれど?
そして、ざまあみろですけれど?
「「…………」」
殿下とロズヴァリー様が、『わざと教えなかったな?』という目で私を見たので、『当然ですけれど、何か?』という笑顔で見返して差し上げた。
お2人が私の笑顔をご覧になって、同時にため息をついた。
「そうか。俺でも知っているのに……。
とにかく君の家は借金を抱えている。そして婚約破棄イコール契約破棄だ。融資に影響するぞ。
シーストランド公爵が援助を引き上げてキャンヴェリック伯爵家が破産したら、王家としても面倒なんだよ。どうするつもりなんだ」
「え、いや、そんな……」
返事に窮したファセリ様の代わりに、私がにこやかに答えて差し上げる。
「お気遣いありがとうございます、殿下。でもご心配なく。
5年前に、彼が初対面で私に暴言を吐いたため、契約には婚約および婚姻終了時の条項が付加されました。父が『この小倅に娘の夫がつとまるとは思えんからな』と申しましたもので。
婚約が破棄ないし解消された場合、融資は継続しますが、返済計画はよりシビアなものに変更されます。
伯爵家の皆様は爪に火をともす生活になりますが、破産はさせませんのでご安心ください」
「そうか、いやホッとしたよ」
トゥローム殿下が、とろけるような笑顔で安堵のため息をつかれた。
「いや良くないよ!」
「そうよ! ファセリ様と結婚しても、贅沢できないってことでしょ!?」
「そうよセーディナ様。
そこで私からの提案」
私はセーディナ様の肩に親しみをこめて手を置いた。
「あなた、ファセリ様と結婚なさい」
「はあああ!?」
セーディナ様が淑女らしからぬ奇声を上げて、私を二度見した。
さすがに美しいとは言えない変顔……いえ、普段の完璧な美貌とのギャップが魅力的と言えなくもない。
「人の話聞いてる!? なんでわたしが借金貴族と結婚しなきゃいけないのよ!」
「ものは考えようよ。
ファセリ様は腐っても次期伯爵なのよ? それにこの美貌よ? これ以上の美形と結婚できると思っているの、男爵令嬢セーディナ様?」
「うっ……」
男爵令嬢であるセーディナ様からすれば、伯爵の後継というのは最高クラスの嫁ぎ先だ。しかもお相手は美形。
経済的困窮という瑕疵がなければ、国中の令嬢が狙っていただろう優良物件なのよね。
「そしてあなたも絶世の美少女。ファセリ様と結婚すれば、目もくらむような美男美女夫婦の誕生よ! 社交界の注目の的になれるわ!
そして2人で公爵家のプロデュースした衣装やアクセサリーを身につけて、公爵家がプロデュースする商品の宣伝をして……そう、あなたたちは公爵家の広告塔になるのよ! そうすれば、借金返済など数十年で済むわ!」
「「は!?」」
ファセリ様とセーディナ様が同時に素っ頓狂な声を上げた。
ええ、これだけ息が合っていれば素敵な夫婦になれるわ!
「えっ待ってタイメリア様、目がギラギラしてて怖い」
「ギラギラするわよ! これほどの美形カップルを見れば、誰でも興奮するわ!」
「「しません……」」
殿下とロズヴァリー様の声が聞こえた気がするけれど、私は今忙しいの。話があるなら後でどうぞ。
「大丈夫。普段の生活はカツカツでも、社交の時はうんと華やかに装ってもらう予定だから。ああ、最高に美しいファセリ様とセーディナ様を世間に見せつけるのよ!
あなたを最大限に輝かせるドレスを仕立ててあげる。アクセサリーも髪型も選び抜いて、徹底的にあなたを磨き上げる。お金は経費で落とすから大丈夫、広告塔に手を抜くことはないわ。
もちろんそれは公爵家の所有物で、伯爵家に貸与している扱いになるけれども。それでも、あなたは最新流行のドレスをパーティーのたびに取っ替え引っ替えできるのよ? 素晴らしくない?」
「えっ? 流行のドレス? 取っ替え引っ替え?」
セーディナ様の目がキラッと光った。聞き返す声も揺らいでいる。
よし、食いついた。
「ちょっと待てよ! 普段の生活はカツカツって何だよ!」
今度はファセリ様が問い詰めてきたので、そちらに向き直る。
この顔だけ優良の元婚約者に、ものの道理を教えて差し上げなければ。
「もう、わかり切ったことを。伯爵家の収入の大半を融資の返済に充てるのだから、あなた方の自由になるお金なんてほとんどないわよ?
別宅も本宅も全て抵当に入れてもらうし、使用人は最低限に減らすし、普段着は継ぎを当てて着まわして、食事は黒パンと野菜スープかしらね。まして旅行や娯楽なんか、もっての外よ」
「そんなの無理に決まってるだろ!?」
ファセリ様の顔が引きつっている。
「でも考えてファセリ様。それにセーディナ様も。
あなたたち、甘いものが好きで我慢せずたくさん食べているわね? 今は若いからそれでもほっそりしているけれども、将来絶対太るわよ。これに飲酒と運動不足が加わったら、皮膚はたるんで荒れ放題……。
駄目! 絶対駄目! 世界の損失よ!!」
恐ろしい。だるだるぽよぽよぐだぐだなファセリ様とセーディナ様なんて!
想像するだけで怖気が走るわ!
「タイメリア嬢が、あんなキャラだったとは……」
「さっきの君より怖いかもよ、ロズヴァリー君……」
世にも恐ろしいだるだる(以下略)カップルの想像図を頭から追い払って、気を取り直す。
そう、私たちに必要なのは、美しく輝かしい超美形カップルなのよ! 全宇宙がそれを求めているのよ!
「でも大丈夫。シーストランド公爵家が自信と責任を持って、あなた方の美を維持します。
計算され尽くした質素な食事。適切な運動。美しさに相応しく社交能力も上げます。もう1ランク上のマナーと会話術とダンスと外国語の教師と……ああもう、前もって計画書を作っておくんだったわ!」
実のところ、キャンヴェリック伯爵家からすると、婚約破棄の判断はあながち間違いではない。
シーストランド公爵家の人間と婚姻を結んでしまうと、借金返済は緩やかになるけれども、外戚として公爵家が一族内での発言権を持ってしまう。乗っ取りとまでは言わないけれど、借金返済後も干渉を受け続けることになる。
一方、婚約破棄してしまうと、確かに経済的には苦しくなる。ただ、苦しいだけで破産の恐れはない。公爵家がシビアにコントロールするし、ファセリ様とセーディナ様夫婦(予定)の美はお金になる。
おそらく借金は彼らの代で返済できるでしょう。そうなれば、その子の世代は自由。公爵家の介入を排除して、一族の独立性を保てる。
「え……いまさら追加の勉強かよ? ふざけるなよ!
絶対嫌だ!」
ファセリ様の文句に、トゥローム殿下もうなずかれた。
「そうだよ。ファセリ君の気持ちはどうでもいいとして、彼らに広告塔の役割ができると思うかい?
相手の興味を引くとか、さりげない宣伝とか、賢さが必要だよ? 馬鹿じゃつとまらないよ?」
「え、暗にわたしたちが馬鹿だっておっしゃってます?」
『暗に』じゃなくて『明確に』よ。
「大丈夫ですわ殿下。ファセリ様はともかくとして、セーディナ様には大いに期待できます。
例えば以前、私が殿下とお話していた時、セーディナ様が割って入って、私を少し横に押し出しましたね?
少しというのがポイントだったのです! 実はセーディナ様の陣取った場所は、照明がセーディナ様の真正面から当たる、最も彼女のお顔が美しく見える位置だったのです! 逆に追いやられた私は、顔が暗く陰って見える場所で、セーディナ様の引き立て役になるというおまけ付きだったのですわ!
セーディナ様の計算能力、すごくありません? 対人関係特化型の知性をお持ちなのよ!」
「それ、そんなに目をキラキラさせて言うことかな?」
「もちろんですわ! 私、自分の思いつかないことを実行してみせる方には賛辞を惜しみませんの!
彼女の、学力とはまた別の創意工夫や判断力は、必ずやキャンヴェリック伯爵家、ひいては援助者たるシーストランド公爵家に富をもたらしてくれると確信しております!」
「あ、うん、君が納得してるなら俺が口出しすることじゃないんで」
微妙な笑みを浮かべて、殿下はうなずかれた。
今度はセーディナ様が柳眉を逆立てる。
「はあ!? 借金の話なんかわたしには関係ないじゃない!
なんでわたしも働く前提なのよ!?」
「ふっ、今さら。
さっきも言ったわよね? 婚約破棄はあなたの有責でもあるのよ。ファセリ様との不貞」
「不貞なんかしてません!」
「今までは、ね。
でもファセリ様は、婚約破棄と同時に貴女と結婚するとのたまった。皆の前で。
完全に不貞宣言だったわよね。あれで言質は取りました。
ファセリ様と結婚してくれないなら、公爵家の弁護士軍団がシェープホーン男爵家に慰謝料請求するわよ。家が傾くほどの」
「なん……ですって……」
固まったセーディナ様の横から、ファセリ様がおずおずと私に声をかけてきた。
「タイメリア、やっぱり婚約破棄はなかったことに……」
「なりません。衆人環視の中で婚約破棄宣言をしておいて、何をおっしゃっているの?
証人はたくさんいるのよ。いまさら取り消しはできないし、取り消すつもりもないわ」
「無理だよ! 貧乏生活だのマナーの勉強のやり直しだの! そんなこと出来るか!」
「ファセリ様」
私は、婚約して以来一番優しい笑顔で声をかけた。
「出来る出来ないの問題ではないわ。
やるの。
──もうあなた方には、それしかないのよ」




