7 ロズヴァリーの推理を検討しなさい
入れ替えのあったテーブル席への人の出入り
【ロズヴァリー、当日までにファセリが別のテーブルの塩と砂糖を入れ替えておき、それを自分の鞄に入れたと推理】
朝
・4人全員で朝食を摂る
全員塩と砂糖を使うが、異状はなかった
・タイメリアとセーディナは席を立つ
・ファセリとロズヴァリーはそのまま残って勉強
・ロズヴァリー、2人分のお茶を注文。この間ファセリはテーブルに1人でいる
【ロズヴァリー、この時にファセリが入れ替えを行ったと推理】
・ファセリが先に席を立つ
午前の休憩時間
・トゥロームとロズヴァリーが同時に席につき、お茶を飲みながら打ち合わせ
・トゥロームが砂糖を使う。異状なし
(実際にはこの時点で入れ替えが済んでいた可能性大)
・トゥロームが先に席を立つ
昼食
・タイメリアが最初に席に着き、1人で10分ほど待つ
残り3人がやって来る
セーディナが塩を飲んで騒ぎになる
「「え?」」
私の返答に、全員が私を二度見した。
ロズヴァリー様も、信じられないものを見る目で私を見ている。
「は……はい?
どうして……ですか……?」
求婚が当然受け入れられるものと思っていたのだろう。彼らしくもない、呆然とした表情だ。
その後ろから、立ち直ったファセリ様が叫んだ。
「タイメリア!
やっぱり僕に縋りつこうとしているんだな!?
だけど僕はお前とよりを戻すつもりは」
「全然違います」
思わず敬語で即答した。
「目を開けて寝言をおっしゃるの、やめてくださる?
貴方とは、ご自分有責で婚約破棄してくれてありがとうでしかないので」
「お、お前、馬鹿にするのも……」
「じゃあ、なんでロズヴァリー様のプロポーズを断ったの?」
今度は横からセーディナ様が割り込んできた。
よほど驚いているのか、ファセリ様の言葉を遮ったことにも気づいていない。
「三大美男子の1人なのよ? 元婚約者──ファセリ様を犯人だと断じて、あなたの濡れ衣を晴らして、その上でのプロポーズよ?
これって、完全に受け入れる流れでしょう?」
私は笑みを浮かべ、諭すように教えてあげる。
「言ったでしょう?
ロズヴァリー様の推理は美しくないからよ。
つまり、間違っているということ」
「どっ、どこがですか!?」
「そうね、例えば」
私はテーブルの砂糖入れを手に取った。
それを皆に見えるように、目の高さまで持ち上げる。
「ほら、ご覧になって。
砂糖入れには蓋があるけれども、これは固定されていない。だから揺れたり傾いたりしたら、簡単に外れてしまう。付属のスプーンも同様ね。
これを別のテーブルの砂糖入れと素早く交換すれば、勢いがついたり水平を保てなくなったりして、中身がこぼれるのではないかしら。床や鞄の中が、砂糖だらけになるリスクがあるわ。
それに、私たちの隅のテーブルだけならともかく、交換のために他のテーブルに近寄って行くわけでしょう? しかも1人で、鞄を持って。
そんな普段と違う動きをすれば、食堂の他の人たちが不審に思うことでしょう」
ロズヴァリー様が眉をひそめた。
「……それなら、前日の夜の夕食以降に、入れ替えの済んだ容器を回収しておけばいいんです。
夕食の時間帯は、食後も残って話を続ける生徒が多い。人が多ければファセリ君は目立ちませんし、友人同士の会話に夢中だから彼に注目する者はいないでしょう」
「それなら、前日の夜から今朝まで、誰も使わないテーブルには調味料入れが置かれていなかったことになるわね?
厨房の係員は、きっと毎朝テーブルをチェックするはずよ。塩と砂糖が減っていないかね。
調味料入れ自体がなくなっていれば必ず問題になって、殿下や生徒会の調査に上がっていたはずよ」
ロズヴァリー様が鋭く眦を釣り上げた。
はい、美形度3割増し。
「……ならば、ファセリ君は今朝のうちに交換したのでしょう。
タイメリア嬢。交換の時に砂糖をこぼす可能性は、あくまで可能性に過ぎません! 失敗する可能性もあれば、成功する可能性もあったのです。
結果論になりますが、ファセリ君はたまたま中身がこぼれないように素早く交換ができた。たまたま周りに人がいなかった、あるいは人がいても彼の動きに気づかなかった。
彼はリスクを考えずに実行して、それがたまたま上手くいったのです」
「前もって、中身を入れ替えた塩と砂糖を別に準備しておいて、本番でうちのテーブルのものと即座に交換する。
それなりに手の込んだ計画なのに、肝心の『前もって』の部分が運任せ。
なんだかチグハグだわ」
「ファセリ君の頭では、計画を立てるところまでが限界だったのでしょう。
だから、実行するにあたって高いリスクがありました。それを彼は幸運で乗り切ったのです。元々運の良さだけで生きているような人間ですから」
「お、おい、ロズヴァリー、どういう意味だよ……」
ファセリ様はロズヴァリー様に怒るより、彼の言葉にショックを受けている。ロズヴァリー様の方は彼を無視。私に対峙している。
ロズヴァリー様、ファセリ様への積年の不満が爆発しているわね……。でも彼を犯人と断じたのだから、今更取り繕っても仕方ないものね。
私は砂糖入れをテーブルに置いた。
「それならそれでいいでしょう。ファセリ様は幸運な人間だったので、全ての段取りが上手くいきました。
でもこの計画、それだけでは駄目なのよ。
ロズヴァリー様。
ファセリ様が犯人なら、その動機は『私がセーディナ様に塩を飲ませた』という濡れ衣を着せるためなのね?」
「……そうです」
私の質問に不穏なものを感じたのか、ロズヴァリー様は警戒する口調で返事をした。
「ならば、『塩と砂糖を入れ替える』ことの他に、犯人はもう1つの条件を満たす必要があるわ。
それは『セーディナ様だけが、お茶に砂糖を入れなければならない』こと。
私たち4人の中で、お茶に砂糖を入れる習慣があるのは、セーディナ様と私。私もお茶に塩を入れて飲んでしまったら、私も被害者の1人になってしまう。
それでは『私がセーディナ様に塩を飲ませた』という濡れ衣を着せられなくなってしまうのよ」
「「ああ……!」」
再び、一同が驚きの声を上げる。
「セーディナ様は、全てのお茶に砂糖を入れる。
私がお茶に砂糖を入れるかどうかは、茶葉の種類による。苦味の強いお茶には砂糖を入れて、そうでなければ砂糖なし。それはみんなご存じよね。
だから、セーディナ様だけに砂糖を入れさせたければ、私に苦味の少ないお茶を勧める必要があった」
「なるほど?」
トゥローム殿下が、見るものを酔わせる極上のワインのような笑みを浮かべた。
挑発的に私を流し見る。
「じゃあ、1番簡単なのは君が犯人で、自分から苦くないお茶を注文することだよね?」
私も、殿下に強気な笑みを返した。
「殿下はご存じないようですが、私はあの時『今日は苦味の強いお茶を飲みたい気分だ』と申したのです。
ですがセーディナ様が『今日はみんなでサンダランドの春摘みにしましょう』とおっしゃり、ファセリ様も同意なさいました。
サンダランドを注文したのは、セーディナ様の発言があったからです」
「なるほど。サンダランドは苦くないから、当然君は砂糖を入れない。
ならば、茶葉の種類を誘導したセーディナ嬢が犯人なのかな?」
殿下の言葉に、セーディナ様がびくりと身を震わせた。
「そんな……! 殿下、わたしは無実です!」
祈るように両手を組み、上目遣いで言葉を重ねる。
絵に描いたようなあざといポーズだったが、突っ込む気持ちが溶けるほど美しい姿だった。
なんならもっとあざとくてもいい。美しいから許す。
「自作自演ってこともあるよね。
被害者を装って男性陣の同情を買うのが目的なら、ちょっと塩を口に含むくらいできそうだ」
殿下は、セーディナ様のパーフェクトおねだりポーズにも、全く心動かされた様子はなかった。
どうして? どうしてあの美に耐えられるの? 毎日鏡を見ているせいで、美を認知する能力が麻痺していらっしゃるの?
「はあ!? ……じゃなくて、みんなでサンダランドを注文するのは、わたしが決めたことじゃないんです!」
「そうだよ! 席に着くあたりで、なにか茶葉の銘柄の話になったんだ!」
セーディナ様の苦境に触発されたのか、ファセリ様が叫んだ。
珍しく、生産的なことを閃いたようだ。
「ええと、誰がどう言ったんだっけ……?」
残念ながら、ファセリ様はいつものファセリ様だった。
仕方ないので、私が口を挟む。
「サンダランドの話を出したのは、ロズヴァリー様よ。
私に『食堂に、サンダランドの春摘みが入ったのだそうです。僕はそれにするつもりですが、貴女はどうなさいますか?』とおっしゃったの」
「あっ、そうだ!」
「そうだったわ!」
ファセリ様とセーディナ様も同意する。
「私は苦味のあるお茶を頼むつもりだったけれど、それを聞いたセーディナ様が『みんなでサンダランドを飲もう』とおっしゃって、それにファセリ様が追随して、全員がサンダランドを飲むことになったの」
「と、言うことは」
トゥローム殿下がつぶやき、全員の視線が一斉にロズヴァリー様に向けられた。
「ええ。
砂糖と塩の入れ替えを行ったのは、ロズヴァリー様。
私はそう主張するわ」




