6 ロズヴァリーの推理を聞きなさい
「なっ……! なんでだよ!
僕がそんなことする訳ないだろう!」
「反論は、僕の推理を聞いてからにして下さい」
「ぐっ……」
激昂したファセリ様に対して、ロズヴァリー様はあくまで冷静だった。ファセリ様は黙ってしまう。
彼は高慢だけれど、それは小心さの裏返しでもある。だから逆に強気に出られると、すぐに呑まれてしまうのね。
「昼食後、ファセリ君と僕はそのままテーブルで勉強する予定でした。ですから2人とも、そのための本やノート、筆記用具を持って来ていました」
私とセーディナ様がうなずく。
「確かファセリ様は鞄を、ロズヴァリー様は勉強用具一式をブックバンドで束ねてお持ちになっていましたわ」
殿下にも分かるように、私が補足する。
「その時勉強しながら追加でお茶を飲もうということで、僕が2人分のお茶をカウンターまで行って注文しました」
「ああ。ファセリ様、そういうことを人にやらせるタイプだから」
学校は謙虚と自立を学ぶところよ。身分の上にふんぞり返って良くないわねえ。
言い返そうと口を開いたファセリ様に先んじて、ロズヴァリー様が話を続ける。
「当然その間、ファセリ君はテーブルに1人で待っています。
その間に彼は、砂糖と塩の入れ替えを行ったのです」
なるほど……?
私たちはうなずきかけたが、そこで首をひねる。
「ええ? でも、お茶を注文して、その場で待って、お茶を持ってテーブルに戻るって……そんなに時間がかからないでしょう?
さっきタイメリア様が、入れ替えには時間がかかるっておっしゃったわ。入れ替えの現場を見られたら、言い訳できないって」
「セーディナ様のおっしゃる通りね」
私もうなずいた。
ロズヴァリー様が、涼しげな目を私たちに向ける。
「はい。ですが思い出してください。
ファセリ君は、勉強道具を入れた鞄を持って来ていました。
そしてそこに、あらかじめ中身を入れ替えた砂糖入れと塩の小瓶を隠してあったのです。
テーブルの上の調味料入れと、入れ替えの済んだ調味料入れとを入れ替えるだけなら、時間はかかりませんね?」
ああ、と私たち聴衆(といっても4人だけれど)から声が漏れた。
「この食堂のテーブルは、生徒全員が同時に席に着いても余るほどの数があります。そしてテーブルの全てに、砂糖入れと塩胡椒の小瓶が配置されています。
さらに言えば生徒たちは皆、いつも決まった席を利用する習慣があり、誰がどこに座っているかはお互い把握しています。
つまり、この食堂には誰も使用しないテーブルと調味料があって、それがどこなのかは皆が知っているということです。
ファセリ君はそれを利用して、事件より前の日に、中身を入れ替えた塩と砂糖を準備したのです」
「ぼっ、僕はそんなこと──」
「ちょっと黙ってくれファセリ君。今はロズヴァリー君の時間だ」
トゥローム殿下に冷淡に遮られて、またファセリ様は黙ってしまう。
「それで、ロズヴァリー君? 前もって入れ替えておくとは、どういう段取りになるんだ?
誰も使わないテーブルでえっちらおっちら入れ替えをすれば、周りから見られてしまうよ?」
一瞬ファセリ様への怒りからすぐに切り替えて、殿下は好奇心に瞳をきらめかせて質問した。
「はい。ですからファセリ君は考えました。
まず彼が1人きりになったタイミングで、ここ、僕たちのテーブルで塩と砂糖を入れ替えます。
ご覧の通り、この席は壁に囲まれた上に柱の影に隠れて周囲から見えません。時間がかかっても、人に見られることなく作業ができます。
入れ替えが済んだら、入れ替えた調味料入れを鞄の中に隠して移動し、誰も使わないテーブルの調味料入れと素早く交換します」
「交換の時に、誰かに見られる恐れがあるわ。難しくはないかしら」
私の疑問にも、ロズヴァリー様は凛とした声で即答する。
「ええ。彼は、極力人のいない放課後などを狙ったはずです。
その後元の席に戻って、交換した調味料入れを置きます。
こうすることで、僕たちのテーブルには通常の調味料入れが、誰も使わないテーブルに塩と砂糖を入れ替えた調味料入れが置かれたことになります。
これで本番への準備が整いました」
ロズヴァリー様は真摯な顔で断定した。
ファセリ様の大きな翡翠色の目が、驚きに見開かれる。
セーディナ様が息を呑み、白金の髪がさらりと揺れる。
トゥローム殿下の形の良い唇から、感嘆の吐息が漏れる。
彼らの放射する美形オーラがきつい。
室内なのに日焼けしそう。
「日傘が欲しいわ……」
「何かおっしゃいましたか? 続けてよいでしょうか?
さて、彼とは前の日に、朝食後にこのテーブルで勉強をする約束をしました。いよいよ入れ替え計画の実行です。
彼は鞄を用意し、1人で食堂へ行き、使われないテーブルの調味料入れをこっそり入れておきます。これは、前日夜から当日朝までのいつでも構いません。
それから皆で朝食。食器の片付けをして女子のお2人が食堂を出た後、僕に追加のお茶を注文してくるように命じます。
そして僕がカウンターに行っている間に、鞄の中の調味料入れとテーブルの上の調味料入れを、交換したのです。
これなら入れ替えに時間はかかりません。僕はお茶を持って戻り、何も気づかずに勉強を始めました。
僕の推理は以上です」
「なるほど……。
これは説得力がある。面白い!」
殿下が大きくうなずいた。美貌が太陽のように輝いていて眩しい。
ロズヴァリー様の推理にご満悦のご様子だった。
セーディナ様の方は、怒っていいのか悲しんでいいのか、なんとも言えない混乱した表情をしている。
「ファセリ様……本当にそんなことを?
どうしてわたしに塩なんか飲ませたの?」
「違うセーディナ! 僕はそんなことしていない!」
ファセリ様が叫ぶ。
トゥローム殿下が不機嫌に眉を顰め、片目を細めた。
「うるさいな。文句があるならちゃんとした反論を言ってくれ。
さもないと君が犯人で決定だ」
ファセリ様が息を呑んだ。
「犯人はロズヴァリーだよ!
だって、そうだろう!? 僕ができるんなら、こいつにもできたはずだ!」
必死の面持ちで、考えながら喋っている。
「勉強が終わって、僕が先に席を立った。こいつはその後で、テーブルの砂糖と塩を入れ替えたんだ!
ずっと1人でいられるんだから、僕よりも時間がある! こいつが言った通り、他のテーブルの調味料入れと交換してもいいし、その場で時間をかけて砂糖と塩を入れ替えてもいい。
僕よりずっと、こいつの方があやしいじゃないか!」
追い込まれて必死になったせいか、なかなか筋の通った推理をしている。
だけど、その理屈は通らない。
「ファセリ君。思い出してください」
ほとんど憐れみの眼差しで、ロズヴァリー様はファセリ様を見下ろした。
「あの時僕が持っていたものは、本とノートと筆記用具。それをブックバンドで縛っていたんです。
いいですか。君の鞄と違ってブックバンドでは、入れ替えの容器を持ち込むことができません。
まして、他のテーブルから調味料入れを隠し持ってくるなど不可能なんです」
「え……ええっと、じゃあ……そうだ! 何か本で読んだことがある!
本のページの真ん中をくり抜いて、中になにか隠すんだよ。そこに容器を隠せばいいんだ」
ファセリ様の割に、なかなかいい説を出してくるわね。
だけど、それは通用しないはず。
「ファセリ様? 私も食事の時にロズヴァリー様の本や文房具を見たけれど、どれもそんなに分厚くなかったわ。容器なんて隠すのは無理よ」
「その通りです」
ロズヴァリー様もうなずく。
「だいたいあの時、僕が持ってきた教科書や参考書を一緒に使ったでしょう? 実際に本を開いて読んだじゃないですか。
どこにもページを切り取った跡なんか、なかったでしょう?」
「うっ…………」
ファセリ様がやりこめられて、黙ってしまった。
ロズヴァリー様が、思慮深くうなずいた。
「そうです。だから、犯人は君しかあり得ません」
「だ……だって! そんな推理、間違っている!
だいたい、僕がセーディナを傷つけるわけがない!」
「タイメリア嬢よりも、セーディナ嬢を愛しているからですか?」
ロズヴァリー様の天国の空のように青い瞳が、ファセリ様をひたと見据えた。
「そ、それは……」
答えられずに絶句する。
「貴方には動機があります。
タイメリア嬢に濡れ衣を着せることで、彼女有責の婚約破棄を狙ったのです。
これで貴方は、自分の体面には傷をつけることなくタイメリア嬢と別れることができ、晴れてセーディナ嬢に求婚することができます。
セーディナ嬢に危害を加えることにはなりますが、とは言っても多少の塩を飲ませるだけ。実際そうだったように、吐き出せば大したことにはなりません。
そういうことでしょう?」
トゥローム殿下とセーディナ様から、おお、と感嘆の声が上がった。
殿下はともかく、セーディナ様がファセリ様犯人説に感心するのはどうなの……?
「そうだったの……ファセリ様……わたしのために、罪まで犯してしまうなんて……!
ごめんなさいタイメリア様。わたしのせいで、婚約破棄まで引き起こしてしまったのね。
タイメリア様ったら、そこまでファセリ様に嫌われていたなんて、なんてお気の毒なのかしら……!」
セーディナ様が、青緑の瞳を美しく潤ませる。
『ファセリ様が自分を愛するあまり、自ら手を汚す真似までした』というあたりに感銘を受けているようだ。ついでに私を下げて優位に立とうとしている。
酒も飲まずに気持ち良く酔えるって、変わった体質ね。羨ましくはないけれど。
「い、いや、違うんだセーディナ、僕は」
「往生際が悪いねえ、ファセリ君。君は面白くないよ」
揉めているファセリ様たちを無視して、ロズヴァリー様が私の方へ一歩近づいた。
「タイメリア嬢」
「はい?」
「ファセリ君に婚約破棄をされた今、貴女は求婚を受けることが可能──そうですね?」
「ええ、そうなるわ」
ロズヴァリー様は私に向かって、うやうやしく紳士の最上礼をとった。胸に右手を当てて、優雅に頭を下げる。
「タイメリア嬢。
僕は以前から、貴女の高貴な物腰、素晴らしい知性に惹かれずにいられませんでした。
貴女の愛を乞います。
どうか僕と結婚していただきたい」
それは、なんと美しいプロポーズだったろう。
ロズヴァリー様の鋭い美貌、貴族令息としての完璧な所作、そして知性と矜持に裏打ちされた口上。
完璧だった。
「「えっ……!?」」
他の人たちの驚愕の声が聞こえる。
「ど、どうして……!?
わたしよりも、タイメリア様なんかに……!」
セーディナ様が驚きのあまり本音を垂れ流しているけれども、今はそれは無視。
ロズヴァリー様の優美極まりない申し出に、私もまた相応しく優雅と知性で応じなくてはならないから。
私もまた一礼し、傲然と顔を上げた。
「光栄ですわ、ロズヴァリー様」
ロズヴァリー様のお顔が希望に輝く。
「だけど、その申し出に諾うことはできなくてよ。
何故なら、貴方の推理は美しくないのだから」
入れ替えのあったテーブル席への人の出入り
【ロズヴァリー、当日までにファセリが別のテーブルの塩と砂糖を入れ替えておき、それを自分の鞄に入れたと推理】
朝
・4人全員で朝食を摂る
全員塩と砂糖を使うが、異状はなかった
・タイメリアとセーディナは席を立つ
ファセリとロズヴァリーはそのまま残って勉強
ロズヴァリー、2人分のお茶を注文。この間ファセリはテーブルに1人でいる
【ロズヴァリー、この時にファセリが入れ替えを行ったと推理】
ファセリが先に席を立つ
午前の休憩時間
・トゥロームとロズヴァリーが同時に席につき、お茶を飲みながら打ち合わせ
・トゥロームが砂糖を使う。異状なし
(実際にはこの時点で入れ替えが済んでいた可能性大)
トゥロームが先に席を立つ
昼食
・タイメリアが最初に席に着き、1人で10分ほど待つ
残り3人がやって来る
セーディナが塩を飲んで騒ぎになる




