5 セーディナの推理を検討しなさい
入れ替えのあったテーブル席への人の出入り
朝
・4人全員で朝食を摂る
全員塩と砂糖を使うが、異状はなかった
・タイメリアとセーディナは席を立つ
・ファセリとロズヴァリーはそのまま残って勉強
・ファセリが先に席を立つ
午前の休憩時間
・トゥロームとロズヴァリーが同時に席につき、お茶を飲みながら打ち合わせ
・トゥロームが砂糖を使う。異状なし
・先にトゥロームが席を立つ
【セーディナ、この後ロズヴァリーが入れ替えを行ったと推理】
昼食
・タイメリアが最初に席に着き、1人で10分ほど待つ
・残り3人がやって来る
セーディナが塩を飲んで騒ぎになる
「はあ? 何をおっしゃってるの、タイメリア様?」
不機嫌な声を上げたセーディナ様に向かって、私は指を3本立てて見せた。
「その推理の問題点はみっつ。
まずひとつ目。
ロズヴァリー様の仕業だとしたら、動機は何?」
「…………えっ」
セーディナ様が硬直した。
……考えていなかったのね。
「それは……ええと、それは……。
そうよ! ロズヴァリー様はわたしのことを慕っていらっしゃるのよ!」
「は?」
ロズヴァリー様が、思わずといった声を発した。
それは驚きでも羞恥でもない、『こいつは何を言っているんだ』という、ものすごく素で発せられた「は?」だった。
「だけど、ロズヴァリー様はお優しいから。
タイメリア様に気を遣って、わたしに積極的に話しかけることができないの」
長い睫毛をそっと伏せ、切々と続けるセーディナ様。
キラキラした空気を振り撒きながら語り続ける。
「だけど、わたしが嫌がらせを受けたなら。
ロズヴァリー様は、生徒会の一員としてわたしに聞き取りとか、精神的なケアとか、自然に接することができるわ。
だからそのために、わたしが塩を飲むように、砂糖入れの中身を入れ替えたのよ」
「何だと?」
ファセリ様の頰が、また怒りに赤くなってきた。
ロズヴァリー様を睨みつける。
「ロズヴァリー。お前、そんな身勝手な理由でセーディナ嬢に危害を加えたのか!?」
「加えていませんし、彼女を慕ってもいません」
即答。
ロズヴァリー様の方が紅茶に塩を入れて飲んだような、明らかに嫌そうな表情だった。
「ロズヴァリー様は私の婚約者じゃないのだから、別に貴女に話しかけていいと思うけれど。
むしろ私の婚約者であるファセリ様の方が、貴女に積極的に話しかけるべきでないのだけれど」
「酷いわタイメリア様! わたしとファセリ様の関係を誤解しているからといって、そんな悪意のある解釈をするなんて!」
「そうだぞタイメリア! い、いやタイメリア嬢!
セーディナ嬢を嫌う人間なんか、お前だけだろう!」
「隙あらば私を貶めようとするの、やめてくださる? 婚約破棄の話が出た以上、私の父から伯爵に抗議が行くわよ。弁護士軍団を添えてね。
そこに、あなたたちの暴言と私への名誉毀損も持ちみたいの? セーディナ様、あなたのシェープホーン男爵家も当事者になるわよ」
ファセリ様とセーディナ様の表情に、怯懦の色が差し込んだ。
家の話を持ち出されて、さすがに怯んでいる。
「何だと!?
愛されないブスだからって、公爵家の権威を持ち出しやがって──」
トゥローム殿下が、大きくパンパンと両手を打ち鳴らした。
「はいはい、喧嘩はそこまで。
動機の話をすると険悪な空気になるのは分かるけど、他人様を罵るのは後にしてもらおうか」
一見笑顔だが、目が全く笑っていない。
私を含めて皆が黙った。
殿下が、私に向かって手のひらを差し出す。
「じゃあタイメリア嬢、続きをどうぞ?」
「承りました。
では、ふたつ目の疑問。
ロズヴァリー様が犯人なら、どうしてこの席で事件を起こしたの?
この席は私たち4人の、いわば指定席。しかも壁に囲まれた奥まったエリアだけれど、私たちでも他の人でも、出入りすれば厨房から移動するところは見える。だからここで何か起これば、容疑者は私たち4人にほぼ限定されるのよ。
言い方が悪いのだけれど、セーディナ様になにか危害を加えたいなら、人気のない廊下なり庭なりに移動したところを狙った方がリスクが低いわ」
「そ、それは……ええっと……。
殿下が先に席を立って、ロズヴァリー様はテーブルに1人きりになったのよね。ここは奥まっていて、柱の陰になっているわ。何か細工をしても見られない。
それで咄嗟に、後先考えずに入れ替えをしてしまったのよ」
「ロズヴァリー様が後先考えないタイプとは思えないけれど。
でもセーディナ様。無理があるとしても、今言った問題に即座に答えられるなんて。貴女、結構できる女ね……」
意外にも彼女は、瞬時に自分に都合のいい物語をでっち上げ……じゃなくて仮説を立てることのできる、瞬発力のある子だった。
正直、ファセリ様より頭は切れると思う。
「でも、みっつ目の問題はどうかしら?
ティーカップでは、口の広い砂糖入れはともかく、小さな塩の瓶に砂糖を入れることができないわ」
テーブルの上の塩の瓶を手に取る。
「ほら、カップのふちは、瓶の口よりずっと大きな弧を描いているわ。だからこれに砂糖を入れて注げば、どうしても瓶の口の外にこぼれてしまう。
綺麗に入れたければ、ビーカーやピッチャーのような細い注ぎ口が必要よ」
セーディナ様の目が泳いだ。
「じゃあ、ミルクピッチャーに砂糖を入れて、そこから注げば……」
「殿下とロズヴァリー様はお2人とも、サンダランドを飲んでらっしゃるのよ。
サンダランドは香り高く苦味の少ないお茶。ミルクを使わないのがセオリーだわ」
「ああ、そうだよ。
俺たちは紅茶をストレートで飲んだ。だからミルクピッチャーはなかった」
殿下が私の言葉を補強なさった。
「で、でも、入れ替えの機会はロズヴァリー様にしかなかったわ。
休憩時間に殿下が砂糖を入れた後から、昼食までの間。その間この席にいた人は、タイメリア様かロズヴァリー様か、トゥローム殿下の3人だけなのよ?」
セーディナ様が青緑の瞳を私に向ける。
殿下が面白そうに片眉を上げた。
「確かにそれは正論だね。
じゃあ今度は、俺が容疑者になるのかな?」
私はかぶりを振る。
「いいえ。殿下はロズヴァリー様と一緒に席に着き、ロズヴァリー様より先に席を立たれました。殿下に入れ替えの機会はありません」
「それはどうも。
じゃあ、どういうことかな?」
「それなのですが。
……殿下。砂糖をお入れになった時、付属しているスプーンは砂糖の中に埋まっていましたか? それとも、砂糖の表面に置いてありました?」
私の質問に、トゥローム殿下が視線を中空にさまよわせた。
「えーと……。そう、砂糖の中に埋まっていた。
だけど、それがどうかしたのかい?」
「実験したいことがあるのです。
事件の再現をしたいので塩と砂糖を入れ替えてみたいのですが、よろしいでしょうか?
分かりやすさのために、砂糖は色のついたブラウンシュガーを使います」
厨房の人の許可を得て、砂糖入れにブラウンシュガーを入れてもらい、小さめの水差しも2つ借りて入れ替えを行った。
「女性にそのような雑用をさせる訳にはいきません。
僕がやります」
ロズヴァリー様の紳士的な申し出をありがたく受け、彼にやってもらうことにした。
ロズヴァリー様はまず、塩の中身を全て水差しに空ける。続いてブラウンシュガーを、スプーンを使って同じ量になるよう目分量で2つ目の水差しに入れていく。
「同じ量を出すのが難しそうね」
「ええ。ですが少々量が違っていても、余った分は元の容器に入れてしまえば問題ないでしょう」
「そうね。でもその前に、砂糖入れの中にスプーンを差し込んでおいていただける? その上に塩を注ぐの。
それでいいわ。ありがとう」
砂糖入れの中身は上から3分の1が白い塩。その下のブラウンシュガーの層に、スプーンの先は刺さっている。
私はスプーンの柄を持ち、そっと中身ごとスプーンの先端を持ち上げていった。
すると表面の白い塩をかき分け、下から茶色い砂糖を山盛りにしたスプーンの先端が現れた。
スプーンには、塩は一粒も乗ってはいなかった。
「「ええっ!?」」
一同が息を呑む。
あくまで予想だったけれども、上手くいったみたいね。
「スプーンの上にあった砂糖が、いわば固定された状態で塩を押し除け、そのまま持ち上げられるようです。
静かに、しかも真上に上げる必要はありますが、最初の一杯だけは、下の砂糖だけを取り出すことができるのです。
殿下は偶然、すでに入っていた塩を避けて砂糖だけをお取りになったようですわね。だから被害に遭わずに済んだのです」
その後、上の塩の層にスプーンを入れれば、次の人は塩をまともにすくい上げることになる。
トゥローム殿下やファセリ様、セーディナ様は感嘆の面持ちで私の説明を聞いている。
ロズヴァリー様は、真剣な眼差しで砂糖入れを見ている。何か考えているみたい。
私は続けてトゥローム殿下に質問した。
「殿下は、どの銘柄のお茶にも砂糖をお入れに?」
「いや、その時の気分だね。
同じ銘柄でも、入れる時と入れない時がある」
なるほど。
食堂で打ち合わせをしたのは偶然のようだし、そこで殿下が砂糖を使うかどうかも全く読めない。
これで、誰かが(実質ロズヴァリー様ということになるが)殿下を狙って失敗した可能性はなくなる。
ちなみに、私たち4人が砂糖を使うかどうか。
私は、苦味の強いお茶には砂糖を入れる。
男子2人は砂糖を一切入れない。ロズヴァリー様は甘いものを好かないから。逆にファセリ様は甘いお菓子や脂っこい料理が好きだから、いつもストレートティーで味のバランスを取っているそうな。
そしてセーディナ様は甘いものが好きで、全てのお茶に砂糖を入れている。
「ご覧の通り。
殿下が砂糖をお使いになった時には、すでに塩が入れられていた可能性がございます。
ですからそれ以前、つまりファセリ様とロズヴァリー様が勉強なさったタイミングも、考慮に入れなければいけません」
「なるほど」
うんうんと楽しそうにうなずく殿下。
その横でロズヴァリー様が顔を上げ、私たちをぐるりと見回す。
そして、いつもの冷静な口調で宣言した。
「皆さん。今までのお話で、トリックが分かりました。
犯人は、ファセリ君です」




