2 ファセリの推理を聞きなさい
ファセリ様の婚約破棄と、セーディナ様と結婚するという宣言。
それを聞いたセーディナ様が、はじかれたようにファセリ様の顔を見上げた。
「まあ、ファセリ様! わたしと、結婚してくださるの……?」
「ああ。君が危害を加えられては、もう黙ってはいられない。
愛している、セーディナ。この世の何にもまして好きだ」
セーディナ様の紅潮した頰に、優しく触れるファセリ様。
「ああ、嬉しいわファセリ様……。ごめんなさい、タイメリア様……わたしのせいで、お2人が別れてしまったみたいで……」
「君のせいじゃない、セーディナ。タイメリアの性格が顔くらい醜悪なのがいけないんだ」
ついに、誰にはばかることもなくいちゃいちゃし始める2人。
私は驚きもせずに、ファセリ様を見た。
「あっそう。婚約破棄のこと、承知したわ。
それで、私がセーディナ様に塩を飲ませたとはどういうことなの」
「いやちょっと待て!」
「ちょっ、ちょっと待って!」
ファセリ様とセーディナ様が抱き合ったまま、顔だけをこちらに向けて仲良く叫んだ。
2人とも、心もち顔が引きつっている。
「なんで婚約破棄をあっさり流せるんだ!?」
「悔しいとか、縋りつくとかないの!?」
何を言っているのだか。
私は昂然と顔を上げてみせる。
「ファセリ様の発言は、『婚約破棄』と『私がセーディナ様に塩を飲ませた』の2つ。
それなら、差し当たって解決が簡単な塩の問題から処理するべきでしょう。
婚約破棄については、後でじっくり話を詰めさせてもらいます」
じろりと2人を見ると、私の眼光が鋭かったのか、どちらも緊張の面持ちで、抱き合ったまま背筋を伸ばした。
「お、お前、ブスのくせに生意気──」
「何度も言っているけれど、ブスだの生意気だの、貴方の罵倒は美しくないのよ。
相手をこき下ろしたいなら、せめて小粋なセンスが光る皮肉とか、古典や歴史から引用した知性溢れる警句とかになさい。貴族には優雅さが求められているのだから。
貴方とはもう婚約者ではないらしいから、これ以上忠告してあげる筋合いはないけれど。
もっと気の利いた悪口が言えないと、後々苦労するわよ」
立板に水で言ってやった。
ファセリ様の顔が赤くなり、密着しているセーディナ様も、何故だか柳眉が逆立った。
セーディナ様が何か言おうと口を開いて──。
「あっはは、面白いご令嬢だな!」
愉快そうな笑い声が聞こえた。
「こんなところで何を言い合っているんですか!」
次いで、ロズヴァリー様の声も。
他の生徒たちをかき分けるようにして、ロズヴァリー様と、もう1人の生徒がこちらにやって来た。
1学年上の、生徒会長にしてスカボロー国第三王子、トゥローム殿下。当校三大美男子のお1人だけど、その中でも文句なしの第1位と言われている。先ほどの笑い声の主でいらっしゃる。
ちなみに私の姉は、王太子である第一王子殿下と婚約している。なので、トゥローム殿下とは将来的には義兄妹になるのだけれど……まあ現時点では、接点はほとんどないわね。
強い目力が印象的な、華やかな美貌。微笑みには男性の色気。長い睫毛にふち取られた瞳は濃い紫で、長めの髪は黄金と呼ぶに相応しい鮮やかさ。
ファセリ様が『溌剌』、ロズヴァリー様が『知的』なら、彼はさしずめ『魅惑』だった。
「トゥローム様……!」
セーディナ様が、素早くファセリ様から離れて、普段より半オクターブも高い歓声を上げた。
他の女生徒も、慌てて前髪を触ったりスカートの裾を整えたりしている。
美形の威力はすごい。
「やあ、ロズヴァリー君から話を聞いたよ。
大変だったね、セーディナ嬢?」
完璧な角度で首をかしげ、セーディナ様に微笑みかける。
セーディナ様が目をキラキラさせて、両手を胸の前で組み合わせて何度もうなずいた。声も出せないみたい。
美形の威力はすごい。
「ロズヴァリー様、会長に報告なさったの?」
ロズヴァリー様は、生徒会の役員の1人だ。
私の質問に、苦笑まじりに返された。
「会長の方から、僕のところに来られましたよ。
是非、貴女がたにも話をお聞きしたいとのことです」
トゥローム殿下もうなずかれた。
「そういうこと。
平穏退屈な学校生活で、こんな面白い──じゃなくて大事件、そうそう起こることじゃないから。
生徒会として、全力で解決にあたらないとね」
殿下は片眉を上げて、私に向かっておどけたように肩をすくめて見せた。
迸る美形フラッシュ。
目が! 目が痛い!
「……左様ですか」
美形すぎて目がくらむけれど、淑女の嗜みとして平静を装っておく。
トゥローム殿下は好奇心旺盛で、事件に自ら首を突っ込むのがお好き──そんな噂は事実だったらしい。
「ここは長話に向いていない。場所を変えよう。
ファセリ君、タイメリア嬢、セーディナ嬢。お願いできるかな?」
答えを待たずに踵を返した。
この美と身分に対して、誰が抗えるだろうか。
セーディナ様はもちろん、婚約破棄だと憤っていたファセリ様も、大人しくついていく。生徒会の一員であるロズヴァリー様と、もちろん私もだ。
くどいようだけれど、やっぱり美形の威力はすごかった。
連れてこられた先は、何故か食堂。
私は首をかしげてみせる。
「生徒会室に行くものと思っておりましたが?」
「事件現場で検討した方が、何かと便利だと思わないかい?」
「……まあ、それはそうですが」
三大美男子が全員と、絶世の美少女セーディナ様が勢揃い。もはや美の暴力と言っていい。平均やや下の私が、逆に目立って仕方ない。
食堂は閉め切って、私たちしか入れないようにしているけれども、かなりの数の暇な生徒が、食堂の外で窓越しに私たちを見物している。
「君たちがいつも座っているのは、ここだね?」
さすがトゥローム殿下、ギャラリーの熱い視線など気にもしておられない。多分美形すぎて、人から注目されるのが普通だと思っていらっしゃる。
「はい」
ロズヴァリー様が4人を代表して答えた。
貴族学校生徒の胃袋を支える食堂。全員が一度に入っても余りある席が用意されている。
そうすると皆、いつも座る席というのが大体決まってくる。
私たち4人の場合、それは料理の注文や受け取りを行う、厨房カウンターの横。窓側の壁の端だった。
当然ながら食堂と厨房は隣接しており、その境目が料理を注文したり受け取ったりするカウンターになっている。だけど数年前に厨房を食堂側に増築したため、カウンターを含む壁の一部が、大きく食堂部分に突き出ている。
そのため、カウンター横の空間は三方向を壁に囲まれており、窪み空間のようになっているのだ。
しかも、窪み空間の唯一の開口部分の前に太い柱があるため、他のテーブルから見られにくい。
そこに置かれたテーブルが、私たちの指定席というわけだった。
「ここって、隠れ家みたいな場所だよね」
トゥローム殿下はテーブルに近づいて、周囲を見回していらっしゃる。
「はい。何しろ、貴族学校三大美男子のお2人とセーディナ様がおられるグループですから。
じろじろ見られたり聞き耳を立てられないように、この場所を選びました」
しかもグループの4人中3人が美男美女であるために、私が途轍もなく浮いている。
今でも裏では『美形ばかりの中でブスが引き立つ』『よく恥ずかしげもなくあのグループにいられるな』などと言われているようだ。
そんなの知るわけないでしょう。偶然よ。
過去には、実際に目の前で言われたこともあるけれど、即座にそいつの名前容姿身分人格成績などなどをあげつらって、30倍くらいにして言い返してやった。それ以降はそのような馬鹿は現れていない。
私は、陰口しか言えない連中、本当に人を容姿だけで評価する連中に忖度して生きるつもりはないのよ。
「え? 人から見られるのが嫌なの?
俺なんか、食堂の真ん中を自分の席にしているけど?」
そうですね。殿下は注目されるのが好きそうだわ。
「程度によるかと。
周囲の人に常に注目されて、雑談までも一言一句聞き取られるとなると、さすがに気づまりです」
ロズヴァリー様の説明に、ファセリ様とセーディナ様が大きくうなずいた。
それをご覧になって、トゥローム殿下も納得されたようだ。
「なるほど、そういうものなのか。
だけど今回はそれが仇となった。
このテーブルは、三方を壁に囲まれ、残りの一方は柱で視線を遮られている。つまり、柱に背を向ける席に座れば、塩と砂糖の入れ替え作業をしていても、他の者からは見えない」
「ですけれども、こんな隅の席に入っていくこと自体は他の場所からでも見えますわ」
「そうなんだ、タイメリア嬢。
それでファセリ君」
殿下はファセリ様の方を振り返った。
流し目はさながら美形ビーム。
「さっき、タイメリア嬢が塩の入れ替えをしたと断じていたが、それは何故だい?」
「え、そ、それは」
ファセリ様が畏怖さえ帯びた緊張の面持ちで、必死に言葉を紡ごうとする。私に対してとは全然違う。
美形ビームは同性にまで有効だった。
「昼食の時、テーブルには先にタイメリアが」
「タイメリア嬢、だろう?」
トゥローム殿下が、穏やかだが強い口調で訂正なさった。
「は、はい! タイメリア……嬢……が、先に席に着いていました。
僕とセーディナ嬢、そしてロズヴァリーの3人はその後でやって来たんです。
朝食の時は、塩も砂糖も入れ替えられていなかった。
ロズヴァリーに聞いたんだけど、実はその後、午前の休憩時間に、トゥローム殿下とロズヴァリーがこの席でお茶を飲んだと」
ファセリ様の言葉に、殿下がうなずく。
「そう。テスト期間後に生徒会のイベントが控えていて、休憩時間にこの席を借りて打ち合わせをした。
お茶にここの砂糖をひと匙入れたけど、その時はおかしなことはなかったよ」
あら、そんなことがあったの。
「はい。だから、入れ替えはこの時以降です。昼食までの間に他の者がこの席に来れば、厨房の者が目撃したはずだけど、そんな話は出ていない。
問題の昼食の時、タイメリア……嬢……が先に、1人でテーブルについていた。
だから入れ替えは、彼女にしかできない。
タイメリアが犯人なんだ!」
ファセリ様は言い切った。
興奮に輝く新緑色の瞳。上気したなめらかな頰。
美形の放つきらめきに、周囲から感嘆のざわめきが起こった。
でも。
私は首をかしげてみせた。
「あら。
その推理は美しくなくてよ」
登場人物など
スカボロー王国:舞台となる国及び貴族学校の名前。イギリスのバラッド『スカボロー・フェア』から命名。
ファセリ:キャンヴェリック伯爵嫡男にして、主人公タイメリアの婚約者。金髪緑目の高慢やんちゃお子様風美少年。伝われ(祈)。
パセリから命名。
セーディナ:シェープホーン男爵令嬢。兄がいる。イラスト化したら、髪と瞳の線の描き込みがすごい美少女。白金の髪と青緑の瞳。
セージから命名。
ロズヴァリー:カレイドウェル子爵の三男。赤みがかった金髪と青の瞳。乙女ゲームの攻略対象なら2番目か3番目に紹介されるタイプの、シャープな知的枠イケメン。残念なことに眼鏡ではない。
ローズマリーから命名。
タイメリア:主人公。焦茶に近い金の髪と瞳。シーストランド公爵令嬢で、兄姉がいる。顔面偏差値は50を切っているが、劣等感などはない。天上天下唯我独尊。
タイムから命名。
トゥローム:スカボロー王国第三王子。金髪紫目。派手+高貴+茶目っ気+ちょい色気。伝われ(祈)。
『スカボロー・フェア』の各連の最後『True Love Of Mine』の頭文字から命名。




