【 ある秘書のプライベートジャーナル 】
今日、ボスから新しい指示があった。
9月からスイスに向かう予定だったお嬢様が、行先をここ吹月学院に変更されたらしい。
俺にはお嬢様専属の秘書兼護衛が任された。
全寮制男子校の吹月にお嬢様が留学なんてと、これを知った者は驚きを隠さなかったが、実のところ俺は、久我理事長がロンドンの館林本邸を訪問予定だと聞いたときから、もしかしたら何かあるかもしれないなとは予感していた。
というのも、久我理事長のロンドン行きは、お嬢様の滞在を狙ってのことにしか思えなかったからだ。
しかも久我理事長からの面会申し込みは、一週間前だった。
お嬢様は言うまでもなく館林本家のご令嬢で、そのうえ大学を飛び級かつ首席で卒業し、これまでに何本も発表した論文は心理学の専門家からも高く評価されてる方だ。
そんなお嬢様には、館林の名前を外しても用のある人間は後を絶たないと聞くが、お嬢様の個人的な交友関係以外は全て、ボスや優秀な館林のスタッフによって選別されているはずだった。
つまり、大切に大切にに守られているお嬢様に面会が叶った時点で、そこには何らかのボスの意図が含まれているわけだ。
これが通常なら、まだ旧友との再会にお嬢様を同席なさったと片付けられなくもないが、一週間前の急な申し込みとなれば、イレギュラーな匂いしかしない。
それを聞き入れたということは、ボスがお嬢様と久我理事長の面会を望んだという見方もできる。
これはもしや、俺が以前から指示を受けて動いていた再生可能エネルギー関連の件やら用地買収の件にも絡んでくるのだろうか。
それらに関する内容は指示を受けていないが、お嬢様の来日予定である8月中旬にはまた動きがあるかもしれない。
だがボスはもとより、久我理事長だって食えない人間だ。
お嬢様の留学理由を女子生徒の受け入れ云々と言っていたらしいが、そんな偽の理由までこしらえるとは、よほどお嬢様をここへ招きたいと見える。
俺がボスの命を受けて動いていることは、おそらく久我理事長には見抜かれている。
ということは、それに対抗するためか、或いは……………5月の件だろうか。
今のところお嬢様には5月の件は知らされていないそうだが、あのお嬢様に隠し通せるとは思えない。
だったらなぜ久我理事長はお嬢様をここへ呼んだのだ?
その真意はわからずとも、とにかく今俺にできることは、お嬢様の留学生活が安全に終始できるよう、それを脅かすものを排除することだ。
それにしてもお嬢様とは何年ぶりだ?
最後にお会いしたのは、東京の本邸でクリスマスパーティーがあった年だっただろうか?
あの頃とはお互いに随分変わってるだろうし、今からお会いするのが楽しみだ。
久々といえば、ただの個人的な日記をこんなに長々書いたのも久しぶりだな。
きりがなさそうだ。そろそろ終わるとするか。
※
今日、お嬢様が吹月にいらした。
俺は立ち会わなかったが、食堂棟はかなりのパニックになったらしい。
それもそうだろう。お嬢様の留学はフラットAの寮生にしか知らされていなかったのだから。
館林という名前に様々な反応があったようだが、俺の耳に入ってきたもので要注意と判断したものには即刻対処しておいた。
すべての生徒に介入できるわけではないが、これで当面はお嬢様に対する不当な噂、警戒案件、不穏事象は起こらないだろう。
案内を受けている最中のお嬢様をお見かけすると、綺麗になられているものの、雰囲気は子供の頃とあまり変わっていないようにも思えた。
吹月にはボスの息のかかっている人間が複数いるけれど、その中で俺がお嬢様の専属につくことになったと知れば、お嬢様はどんな反応をされるだろうか。
昔からの顔馴染みが担当することを喜んでくださるといいのだが。
そんな期待を込めつつ、今日はこのあたりで終わりにしよう。
※
今日、お嬢様が髪を切られた。
ご自分で切られたようだと報告は受けたが、その場に例の女子高生もいたという。
なんだか胸騒ぎがする。
5月の件は俺の仕事にも館林にも関与してこないが、どうやらお嬢様はそうではないらしい。
5月の時点で軽くは調査済みだったけれど、これはしっかり調べ上げておいた方がいいかもしれない。
お嬢様がいつ求めて来られてもいいように、ひと働きしておくとするか。
それにしてもフラットAの面々が揃っていながら、お嬢様にあんなことをさせてしまうなんて、あいつらは使えないな。
期待した俺が馬鹿だった。
確かに、館林のお嬢様がいきなりハサミで自分の髪を切るなんて予測できないかもしれないが。
お嬢様は突発的にこちらの思いもよらないことをされるからな……
いや、これは決して批判ではない。
そういうところが、お嬢様の掴みどころのない魅力でもあると記しておく。
他に記しておくべきことは、お嬢様に ”フルーガル” という呼び名がついたことだろうか。
俺としてはいかがなものかとも思ったが、お嬢様ご自身が気に入ってるご様子なので、しばらくは見守ることにした。
ボスに報告したところ、ボスも非常に面白がっておられた。
俺がお嬢様をそう呼ぶ日も近いのだろうかと思いながら、今日はここで終わりにする。
※
今日、ボスから北園家の別荘でお嬢様との面会を指示された。
お嬢様が館林の秘書をお使いになりたいとのことだった。
おそらく5月の件でお嬢様から指示を受けることになるのだろう。
お嬢様は色々お調べになってるご様子だったから。
そのときがこんなに早く訪れるとは予想外だったが、俺の方はもう準備を終えている。
5月の件に関する資料を持参すると、喜んでいただけた。
お嬢様からはいくつかの細かな指示をいただき、俺は北園家の別荘を退出した。
その夜遅く、お嬢様が深夜に音楽棟に行かれるというので、警護は俺が担当した。
深夜にフラットAに戻られたお嬢様が、少しでもお眠りになれるといいのだが。
これ以上は心配が募るだけなので、今夜はここで終わりにする。
※
今日朝早く、お嬢様から内線をいただき、東京まで同行することになった。
5月の件もいよいよ最終段階だった。
東京での面会相手や内容についてはここでは省くが、お嬢様にとって有意義な時間になったと拝察する。
途中フラワーショップに立ち寄った以外は余計な時間をかけず、お嬢様は当日中に吹月に戻られた。
その後休まれることもなく、お嬢様は5月の件の関係者に調査報告をなさった。
一件落着にも思われたが、報告を受けた久我理事長がどこかへ電話をかけていた。
相手の特定には至らず。
おそらく俺達のような人間に対して警戒を増したのだろう。
或いは、これまでは久我理事長があえて泳がせていたのかもしれない。
どちらにせよ相手の出方が読めない以上、こちらも警戒を濃くすべきだ。
俺は、俺が吹月にいる理由について、おかしなところからお嬢様の耳に届くのを案じた。
そしてその対処に急いだ。
無記名の裾を折り曲げた封筒に必要なものを同封し、お嬢様のポストに入れておくと、それを目にしたお嬢様は俺に内線をかけてこられた。
俺が館林家の人間だと久我理事長は承知済みなので、履歴を辿られたところで痛くも痒くもない。
盗聴対策も万全だ。
事情を知ったお嬢様は驚かれていたが、すぐに理解されていた。
一時は短縮も検討された留学期間も当初の予定通りとなり、お嬢様の吹月生活はもうしばらく続きそうだ。
その決定を、想像以上に喜ばしく思ってしまった。
己の感情を滲ませるなんて、秘書としてまだまだ未熟だと痛感するとともに、これからはじまるお嬢様との学校生活に思いを馳せて、今日の日記は終了する。
………任務に感情を混ぜることはご法度だが、せっかくの機会だ、俺も、お嬢様と同級生でいられる時間を楽しませていただこう。
そうしないと、勿体ない。
どうか彼女の二度目の高校生活が、有意義で、穏やかで、平和で、そして同年代の生徒達と対等で、普通でありますように………




