雪山
捜索隊が山に入ってから、ほどなく雪が降り始めた。始めはちらちらと降るだけだった雪は、少しの間に勢いを増し、冷たい雪風となって吹きつけた。
クライブは首巻の縁をはたいて、張り付いた氷の粒を振り払った。彼は今、狩人達と同じ装備を着ている。厚手の服の上に、毛皮のベストとフード付きのマントをベルトで留め、足元は厚みのある硬い中履きの上に、草で編んだブーツ…カンジキというらしい…を履いていた。予想はしていたものの、雪風は思いの外厳しく、装備を借りてきて本当に良かったと思った。
すぐ後ろを歩いているティナは、特に厳重に防寒をしている。わたの入った上着とズボンを借りて、今日はふっくらとしたシルエットだ。背負った棍に巻いている赤い布が、灰色の雪風の中、炎のように浮かび上がって見えた。
本物の炎も、彼らを助けてくれる。シバの椿の油をよく染み込ませた松明は、強い雪風にも負けず燃えている。クライブが松明を掲げると、炎は頼もしくボウと音を立て、降りかかる雪を湯気へと変えた。
捜索するにあたって、皆は間隔を空けて横並びに広がり、山頂に向かって進んでいた。狩人達の間では、山で迷ったら山頂を目指すというのが鉄則だ。オトもそうしているだろうというのがゼトの見解だ。
彼らは林を抜け、開けた斜面に出た。見晴らしは良いはずだが、今は雪に視界が遮られ、向かう先は灰色に沈んでいる。狩人たちの松明だけが、赤い星々のように瞬いていた。
クライブは、隣を歩いていた星の一つが近づいてくるのに気づいた。ゼトだ。彼も皆と同様、目元だけが空いたフードと首巻をしている。目の前まで来ると、眉間と鼻にシワを寄せオオカミのような表情をしているのが見えた。
「妙な天気だ!」
彼は風に負けないよう、唸るように怒鳴った。
「山の天気は変わりやすいものだが、いつもと違ぇ。嫌な感じだ。」
ゼトは白刃山を見上げた。クライブも、雪に目を細めながら見上げる。雪風はいよいよ勢いを増し、吹雪となっていた。その向こうにそびえる霊峰は青く暗く、まるで鋼のようだ。
「こんな日は、山に入るもんじゃねぇんだかな!オトのやつめ、なんだってこんな日によ。」
荒ぶるようにそう言った後、彼は少しだけ黙った。松明の火が風に煽られて暴れ、ゼトの彫りの深い、傷としわが刻まれた顔に明暗の揺らめきを作り出す。クライブはレンデの町で見た武神像の彫像を思い出した。
彼は、二人に鋭い視線を投げやると、低い声で言った。
「この吹雪だ。慣れない者が山を歩くのは危ねぇ。クライブ殿とティナ殿は、先に村に戻っていてくれ。」
彼の言葉に、クライブは驚いて声を上げた。
「そんな!俺達は、まだ大丈夫だよ。オトを助けたいんだ。」
「駄目だ!」
ゼトはぴしゃりと叱りつけるように言った。彼の瞳が、稲妻のように鋭く光った。
「あんた達は村の大事な客人だ。万一にも死なせられねえ。」
そして彼はクライブが何か答える前に、続けて言った。
「正直に言うとな!この吹雪の中を子供を探して歩くのは無理だ!堅剛たる、シバの狩人どもでもな!」
吹き荒ぶ風の中、怒鳴っているのは、風の音に負けない為か、怒りの為か。
「雪壕を掘って、やり過ごしてからでないとこの先へは行けねぇ!吹雪が止まなければ最悪、捜索を諦めるかもしれん。」
クライブは、一瞬その言葉の意味を考えてから、信じられないというように声を上げた。
「そんな!オトを見捨てるっていうのか!」
ゼトは、カッと目を見開くと、叱りつけるように怒鳴った。
「俺は狩長を任されているのだ!一人だけの為に、全員の命は賭けられない!」
彼の迫力は凄まじい。思わず怯んだクライブだが、怒りが恐れを押し返した。
「でも、子供の命を諦めるなんて…!」
負けじと睨み返して、うめくように抗議の声を絞り出す。身体がかつてなく熱くなるのを感じた。この熱で自分の周りの雪は溶けて湯気となってしまうのではないかと思えた。
クライブの握りしめた拳に、そっと触れるものがあった。先程まで数歩後ろで黙っていたティナが、いつの間にかすぐ隣に来ていた。
「クライブ。ゼトさんの言う通りにしよ。そう約束して、ここに来たでしょ。」
ティナはクライブの手を取り、そう言った。クライブは振り返ったが、強く握った手が震えていたので、すぐに何か言えなかった。彼女の紫色の瞳は、松明の炎を宿してルビーのように輝いている。
「アタシ達が頑張ってオトが助かるなら、何だってするよ。でも、そうじゃないでしょ。」
珍しく真面目な顔をした彼女は、クライブをまっすぐ見て言った。その手はまだ震えている。
「オトのことは好きだし、助けたいよ。でも、クライブにも皆にも死んでほしくない。アタシも死にたくない。」
死にたくない。そう思うことを、誰が咎めることが出来るだろう。やみくもに吹雪の中を進んでも、オトが見つかるとは限らない。自分達も命を落とすかもしれない。クライブにも、わかっているのだ。
「言っておくけどね、一人では行かせないから。従者として、勇者だけを死なせたなんてことあったら、村にも帰れなくなるの。」
ティナは、クライブの心を見透かしたように言った。まさに、クライブは一人だけでも行くと言おうとしていたのだった。
相棒に、命を賭けてくれとまでは言えなかった。
クライブは硬く目を閉じた。どうしようもないことは、わかっている。ゼトの言う通りするしかないだろう。でも、すぐに返答することは出来なかった。
怒りを感じていた。誰かにではない。自分自身かもしれないし、この吹雪にかもしれない。何か今、やれることさえあるならば、この怒りを力に変えることが出来るというのに。
その時だった。
ウォォーーン
吹き荒ぶ風に乗って、オオカミの遠吠えが聞こえてきた。




