色褪せた記憶
イヴの事件があった日から数日が経過した朝のこと。いつも通り人数の少ない教室でそれぞれが雑談や自習をしていると、唐突に教室に扉が開かれた。
扉を勢いよく開けて入って来た人は、髪はボサボサでネクタイは緩み、やる気のない表情をした30代程の男であった。
男は教卓までノロノロと歩いて行くと手を二回叩き教室にいる全員から注目を集めた。
「はいみなさんちゅうもーく。これから授業を始めるぞー。」
唐突に現れたこの男は教師であった。身だしなみに問題のあるこの男を教師と思えない者たちは驚愕するが、とりあえずそれぞれの主人の元へと控える。
使い魔たちが主人の元に移動したのを確認すると男はチョークを持ち黒板の名を書いていく。
「俺の名はデルベ・カーン。お前ら上位十人の担当教師を任されたー。上からの命令だから渋々受けただけだから質問等は一切受け付けない。」
場が静まり返る。教師としてありえない発言に誰も言葉が出ないのだ。そしてそんな唖然とする者たちを気にせずデルベは教科書とまったく同じ文を淡々と黒板に書いていく。
「まったく話しにならんな。行くぞメロナ。」
バルターは席を立ちメロナに声をかけ、教科書を纏めて教室から出て行く。そんな姿をデルベは見ようともせず黒板に文字を書いては消してを繰り返している。
(さてさて、ウチの主人はどうするかね〜。)
立ち去るバルターを見てから拓斗はサリアをちらっと見る。サリアは呆れ切った表情をしていて、今にも教科書持って教室から出て行きそうである。
そしてとうとう折れたサリアはため息をつくと教科書を纏めて立ち上がる。
「行くわよタクト。」
もうここに用は無いと言った顔で拓斗に声をかけ、扉の方へと歩き始める。しかし拓斗は授業を続けるデルベを見ている。
(あの教師・・・。なんか違和感を感じるんだよな。)
拓斗は自己紹介の時から感じていた違和感について考えようと思うが、サリアは既に扉の前まで移動していたので、深く考えるのはやめてすぐにサリアの元に行く。
サリアは拓斗が自分の元へと来ると扉を開けて教室から出て行くのであった。
教室を出るとまだ日差しが差し込んでいて明るかった。眩しい廊下には誰一人といなくて物静かであった。
そんな誰もいない静まり返った廊下では当然話し声は響く。
「なんなのあの教師?やっと教師が来たと思ったらあんなやる気のない教師を寄越すなんて学園長は何を考えてるのかしら。」
本格的な授業を期待していたサリアにとってあの授業は失望に値するものであった為、残念そうな表情をしている。
「まぁそう言うな。学園長も何か考えがあるんだろ。」
サリアの残念そうな表情を見て苦笑いをしながら答える。
「タクト先輩の言う通りです。」
いつの間にか拓斗たちに追いついていたイヴとリリアが足を止めたサリアと拓斗の元へと歩いて来る。
「それはどう言う意味?」
自然な感じで拓斗に近寄るイヴを睨みながらサリアは言う。イヴは少し勝ち誇った笑みを浮かべると先程の話しを続ける。
「あの教師デルベ・カーンは、知る人ぞ知る魔法使いです。戦争の絶えないノール出身で、軍人をしていたのみたいです。なかなか功績も上げていて戦場の迅雷なんて呼ばれているみたいです。」
拓斗は元軍人であることに驚く。こんな平和そうな世界であっても戦争は存在するのである。
イヴはデルベ・カーンが元軍人であったことしか知らなかった為それ以上は何も話さなかった。
時は過ぎて、お昼時。カフェテリアでサリアは自習を、拓斗は昼寝、イヴは寝ている拓斗を眺め、リリアは読書とそれぞれな時間を過ごしていた。
カフェテリアは昼時を回ったので人がどんどんと入って来てガヤガヤと煩くなる。当然そんな中を寝れる訳のない拓斗は起きて、少し散歩をすると三人に告げてカフェテリアから出て行く。
カフェテリアを出て暫く歩いているとデルベが廊下の角を曲がるのが見える。拓斗はその後を追うと、デルベはバルコニーのような場所に出るところであった。
デルベがバルコニーに出たことを確認すると拓斗もバルコニーに出る。
そのバルコニーは校門までを見渡せる景色の場所でデルベは煙草を喫いながらもたれかかっていた。
「何の用だ人間?」
薄ら笑いを浮かべたデルベは拓斗を見つけるなり声をかける。
「俺が人間だって知ってるんですね。」
「それりゃ人気だからなぁ。タクトだったか?何の用だ。」
デルベは煙草の灰を持ち運び式の灰皿に落とす。その目は真剣なものであった。先程の自己紹介のような覇気のないいい加減な感じはなく、ただ真剣に質問をしている。
「いえ、用って程のことでもありませんよ。ただ先生がバルコニーに出る姿が見えたので。」
「・・・そうかい。」
少し沈黙を挟むと煙草を喫い、ふぅっと煙を吐き出す。そして煙草を喫い終わると持ち運び式の灰皿にぐりぐりと押し付け、新たな煙草を吸い始める。
「なぁ・・・・・・・お前は魔法をどう思う?」
間を開けて質問をするデルベの姿はどこか悲しそうであった。
そんな質問の意味をうまく理解できない拓斗は無言のままである。
「まぁそんな簡単には答えられないよなー。価値観は人それぞれだ。」
そう価値観なんてものは人それぞれなのである。今の拓斗にとっての魔法とは、サリアと共に最優秀生徒を目指すために使う力という認識だ。
「だがな、いろんな価値観がある中俺はあえて魔法を否定させてもらう。こんなものはもうこの世界にいらない。そしてお前ら使い魔もいらない。」
悲しみと怒りの入り混じったデルベは吐き出すように言う。
「なら何故教師なんてしてるんです?」
「上からの命令だって言ったろ。」
デルベの感情が乱れているせいかその言葉が嘘だと拓斗はすぐに見抜いた。
「嘘ですね。そんなわかりやすい嘘を軍人がつくなんて驚きですよ。」
自分が元軍人であることを指摘されデルベは拓斗を睨みつける。
「俺が軍人だったってよく知ってるな。博識だな人間。」
「それほどでも。」
デルベの皮肉にあっさりと返す拓斗。
「それで、先生は何故魔法なんていらないと?」
「決まってるだろう。魔法なんて使えるようになっても意味がないからだ。」
「でも先生はそんな意味のない魔法を使えますよ、しかも軍人クラスで。」
痛いところをつかれたのかデルベは黙る。
暫く黙り続けると新たな煙草を喫い始め、悲しみに満ちた目で語り始める。
「昔、魔法を使い人々を助ける父親に憧れた一人の少年がいた・・・。」
色褪せてしまった記憶。消してしまいたいと願う記憶をデルベは思い出すのであった。
「その少年は父親と同じ魔法の道を行くために魔法をひたすら勉強しました。魔法が少年の全てだったから。そんな少年はある日魔法学校の卒業が迫っていると軍の人間からスカウトされたのです。人々を救えるチャンスを得たのだと思った少年は二つ返事で軍人になるのでした。しかし少年を待っていたのは血に塗れた現実でした。誰かを救うために誰かを殺しの繰り返しの毎日、一番好きだった魔法に裏切られた少年はそれから何人も殺しました。機械のように無慈悲に何人も・・・。そして殺し続ける毎日の中少年はようやく気づいたのです。もう少年と呼べるような歳でもなくなった彼は答えにたどり着いたのです。」
煙草の煙がゆらゆらと上がって行く。
「魔法なんて無い方が良いのだと・・・。」
喫いかけの煙草を持ち運び式の灰皿に押し付け吸い殻をしまう。
「気づくのが遅すぎた。そいつはただ・・・心のどこかで認めたくなかったのさ・・・・・。」
もたれかかったまま空を見上げる。
バルコニーが静寂に包まれる。お互い言葉どころか物音一つ立てることない。
そんな静かな空間を壊したのはデルベが先であった。
体制を起こしバルコニーから出て行こうと拓斗の横を通ろうとする。
「俺はその少年に間違いはなかったと思います。」
デルベは拓斗の信じられない言葉を聞き、拓斗を横切る寸前で止まる。
「どう言う意味だ?」
答えを求めるデルベには少し怒りが見えた。
「言葉通りの意味です。」
二人は真剣に見合う。怒りが見えるデルベと冷静な拓斗。
「そうか、なら決闘だ。一対一の真剣勝負。俺が勝ったらその間違った思想を訂正してもらう。お前が勝ったら何でも一つ願いを聞いてやる。」
教師と生徒の使い魔の決闘なんて前代未聞ではあるが、そんなこと拓斗が知る由も無い。
「いいですよ。その決闘受けます。」
昼の日差しが差し込む中、教師の間違った思想を止める為に一人の人間が立ち上がる。




