アンタレス
氷の世界はネルディハをつま先から徐々に凍らせていく。
「人間だけが使える魔導書の一つ、コキュートス・・・。」
吹き荒れる冷気は拓斗の指示一つで空気すら凍結させる。
「昨日の夜出来る限り読み進めてみたんだ。あんまり理解はできなかったけど最後のページに書かれていたのさ、コキュートスってね。」
拓斗がコキュートスと口にするだけで氷の世界は震える。
「まぁ偶然だけど勝ちは勝ちだからな。呆気ないけどここで死んでもらう。」
形勢をたったの一手で逆転された呆気のない戦いにいま終止符が打たれようとしている。
「・・・ナメるな!!」
炎の温度が上昇していく。
「ここで殺されるのだったらお前の魔力をギリギリまで削るまでだ!!」
炎が槍を作り出し数本が拓斗に向かっていく。
「はぁ・・・。」
炎の槍は拓斗に当たる数センチのところで凍り、地面に落ちる。
「炎の槍で牽制しつつ距離をとっても無駄。」
後退りして少しずつ拓斗から距離をとるネルディハを見据える。
「この世界はどこに居ようが全てを・・・。」
嫌な予感を背筋に感じたネルディハは拓斗に背を向け走り出す。
「凍らせるッ!!」
パキンという音ともにネルディバの走っている姿が凍りつき、氷像のようになる。
そんなネルディバの氷像を幾つもの氷柱が襲い原型を留めない無残な姿に変貌させた。
そんな姿を眺めていた拓斗が息を一つそっと吐き出すと氷の世界は一瞬で消え去る。
「ッッ!?」
身体中に鋭い痛みが走り抜ける。
幾ら無尽蔵な魔力を持っていても、魔力を短時間に大量放出すれば身体に異常は現れる。
「クソッ!!早く行かなきゃいけないのに!!」
脚は全く言うことを聞かず倒れこんでしまう。
「動け!動けよ!」
拓斗が汗を流しながら必死に身体を動かそうとしているとアリエッタが進んで行ったところから光が漏れだした。
そして次の瞬間大きな地響きが起きる。
「なんだ・・・何があったんだ・・・。」
地響きが起きてから始まった地下の崩壊に拓斗は焦りだす。
瓦礫が直撃したら怪我では済まないであろう。
そんな中一つの足音がこちらに迫ってくる。
「今すぐ逃げるぞタクト!!」
奥の通路に走って行ったアリエッタが大きな声で言う。
「無理だ!身体が言うことを聞かねぇ!」
拓斗の上から大きな瓦礫が降り注ぐ。
「なら抱えるまでだ!」
拓斗の上に衝撃波を放ち瓦礫を粉砕すると拓斗を背負い走り出す。
地下に向かった道を引き返しどんどん階段を駆け上がる。
「地上に出るぞ!」
背負いながら走るアリエッタは拓斗に声を掛ける。
地下から抜け出したアリエッタは片手で衝撃波を打ち出して壁を破壊する。
崩れた壁から城の外に抜け出すと拓斗は目を見開いた。
「何だよ・・・アレ・・・?」
城の真後ろの地面から現れた巨大な生物、いや生物と言うには禍々しすぎる存在。
四本足で立ち、両手は巨大なハサミになっていて、先が鋭く尖った尻尾を持ち全身が硬い甲羅で覆われた巨大なサソリのような化け物。
「あれが世界を滅亡に追い込もうとした最悪の魔獣の一体、アンタレスだ。」
世界が絶望に包まれる。
時は遡ること数分前。
アリエッタは拓斗にネルディハを任せ一人通路の奥へと進んでいた。
「まだ付かないのか!!」
そんな悪態をついているとアリエッタは大きな部屋に辿り着く。
そこには祭壇が広がりその中心にサリアが眠っている。
「サリア!!」
サリアの方へ向かおうとした瞬間、横から放たれた殺気に構えをとる。
「漸くついたかぁ、待ちくたびれて儀式終わっちゃった。」
脚の付け根についた赤い魔法陣が光を放つ。
「やはり狙いは四魔獣か!!」
祭壇を壊そう衝撃波を放つが、それをシュトルは切り裂く。
「復活の邪魔はさせないよ。復活させたら生贄となって封印されたこの娘は死ぬけど世界更生の為には必要な犠牲だよね。」
衝撃波を幾つも放つが全て涼しい顔で切り裂かれる。
「この世界には人が溢れすぎた。強者だけ生き残る世界にしないと亜人は進化できないんだよ。」
アリエッタは焦りを感じ攻撃が乱雑になる。
「だから四魔獣を召喚して強者だけが生き残る世界を作るのさ。」
アリエッタは入り口付近まで吹き飛ばされる。
「あとは召喚するだけ、守れなかったねこの娘のこと。」
そう言って祭壇に手を乗せ魔力を込めた瞬間、辺りは光に包まれた。
アンタレスは城下町に向かって歩みを進める。
「あいつを!あいつを何としても止めないと!!」
拓斗は漸く動くようになった身体に鞭を打ち走り出すがそれをアリエッタに止められる。
「待て!今行ってもお前じゃアンタレスとあの男には勝てない!!」
「でも行かない訳にはいかないだろ!!」
悲鳴のあがる城下町に一歩一歩進んでいくアンタレス。
「四魔獣には勝てない!封印することで収拾のついた厄災にどう対抗するんだ!」
「あそこにサリアがいるんだ!!逃げ出すことなんてできないッ!!!」
決意の籠ったその目にアリエッタは肩に置いた手を放してしまう。
「よく言った。それでこそ男だ。」
紫電と共に現れたデルベは、普段のようなだらしのない服ではなく軍服で現れた。
「手貸しに来たぜ。生徒を守るのは教師の務めだからな。」
ニヤッとしたその顔にどこか安心感を覚える。
「先生、街の方は?」
アリエッタがそう聞くとデルベは真剣な顔つきになって答える。
「あいつらが避難誘導と兵の取り押さえをしてくれてる。向こうは心配すんな。」
「じゃああいつらは・・・。」
「おう、全員無事だ。」
デルベの返事を聞いて拓斗は安心する。
「んじゃここであれこれしてても仕方ないし、さっさと行きますか。」
伸びをしながら緊張感のない声で言う。
「行くってアンタレスのところにですか・・・?」
おずおずと聞くアリエッタにデルベは答える。
「そうだ。最終決戦といこうぜ。」
最終決戦はあまりにも絶望に包まれていた。




