一つの誓い
この世に生きる生物は、自分の行動が全く相手に通用しないと恐怖を感じるものだ。鍛えられた者であれば話は違うと思うが、何の特訓もされていない一般人であったら少なからず恐怖を感じるものだ。
そしてサリア・ルシュレは今まさに恐怖を感じている状態であった。
サリアの得意とする拘束魔法はティーリアを捕らえるどころか掠りもしない。
さっきまでいた場所にティーリアはもういなくなっている。そんな摩訶不思議で現象にサリアは恐怖を覚え始めているのだ。
ティーリアにサリアの攻撃は通用しないが、ティーリアの攻撃はサリアに当たるという一方通行な状態にサリアは息切れを始める。
(そろそろ打開策を見つけないとマズい・・・。)
ティーリアの攻撃は別段特別な魔法ではないが、特別で無くても相手にダメージを負わせることは容易い。
「あらあらもう限界ですの?呆気ないですわね。」
余裕の笑みを崩さず向けるティーリアは獲物をじわじわと甚振る狩人のようであった。
「レステロイン!!多重展開ッ!!」
サリアは無理に魔力を使って、自分の全方位に鎖を射出する魔法陣を展開する。
「これなら逃げられないッ!!」
一気に放たれた鎖はサリアの周囲360度を飛び回る。
(これで捕らえる!)
放たれた鎖は伸びれる限界の距離まで伸びていく。やがて限界点まで行くと鎖は光の粒子となり消えていった。その間放たれた鎖が触れたものは何もない。
「嘘・・・でしょ・・・。」
全身全霊で放ったレステロインを容易く避けられたのだ。
その避けた当人はレステロインの射程外に立っていた。
「今のが全力ですか?」
心底がっかりとした表情でサリアを見つめるティーリア。
「もっといい戦いを期待していたのですが、残念ですわ。」
終わらせようとティーリアはするが、その瞬間教師たちが拓斗を取り押さえる。
その後気絶させられた拓斗は控室に連れていかれ、サリアは敗北を宣告されるのであった。
サリアは納得がいかなかったがどっちにしろこのままであったら自分はティーリアに負けていたと思うと、無様な敗北した姿を晒すよりかはマシだと思えた。
その後拓斗の後を追い、控室に向かうのであった。
深い夢を拓斗は見ていた。
それは異世界に行く前の自分の姿であった。何の変哲もない日常、代り映えしない世界にどこか退屈さを覚えていた日々。
そんな日々を過ごしていくうちに彼は思う。もう今となっては思い出せなかった淡い願い。
特別でありたい。
誰しもが一度は思う願い。周りより何かが秀でているとそれだけで賞賛得られる。人に褒められるのは心地よくて甘美なるものだ。だから誰もが求めてしまう。
しかし拓斗にそんなものは存在しなかった。求めても求めても得られなかったものにとうとう諦めがついていた。でもそれは校門を潜り異世界に行った日から変わったのだ。
自分だけが読める魔導書。人間という特別な存在。信頼してくれる仲間。世話が焼けるが憎めない先生。現実ではあり得なかった日常に、現実ではあり得なかった周りからの扱いに毎日が楽しかった。
でもそれもここまでの話。
ただ負ける分には良かったのだが、自分の判断ミスが起こした反則負けで二回戦敗退となったのだ。彼女はもう許してはくれるだろうか?
(あぁ・・・このまま起きたくない。)
起きれば自分が招いたミスを咎められるだろうか?彼女に見捨てられるだろうか?先輩と慕ってくれた女の子に幻滅されるだろうか?
(もう少し寝ていよう・・・。)
深い夢は終わらない・・・。
「起きなさいッ!!」
深い夢はサリアの怒号で存外早く終わるのであった。
驚きで飛び起きるとそこは控室ではなく保健室であった。飛び起きたせいでベッドから転げ落ちだらしない姿になっている。
「いつまで寝てんのよ。さっさとご飯食べに行くわよ。」
そう言って保健室の扉を開けて出て行ってしまった。
状況整理が追い付いていない中デルベが保健室に入ってきた。ノックを一応する当たり律儀である。
「ようタクト、起きたか。体調はどうだ?軽い電流だから特に異常はないと思うが?」
自分を止めた時とは大違いで真面目な雰囲気などまるでなかった。気楽な感じはいつも通りと言うべきだろうか。しかしそんな雰囲気など今の状況整理が追い付かない拓斗にとってどうでもよかった。
「特に異常はないです・・・。」
ぎこちない返事をする。
「そいつは良かった。それはそうとなんでそんなに落ち込んでんだ?やっぱり負けたからか?」
いきなり単刀直入で聞いてきたデルベにやや表情が引きつるが、変に余計なことを織り交ぜないのはデルベのいいところなのであろう。
「いえ、ただ・・・サリアに申し訳が・・・。」
拓斗は俯くがデルベはそれを見て不思議に思う。
「何だ?自分が原因で負けたから申し訳なく思ってんのか?」
図星を突かれた拓斗はゆっくりと頷く。するとデルベは声を上げて笑い出す。
「そいつは考えすぎだぜタクト。サリアの奴ならむしろお前が思いつめないか心配してたぞ。」
その根拠のない言葉に拓斗は反論をしようとするが、それよりも先にデルベがそれを制した。
「お前がうなされてるから無理矢理起こしたみたいだしな。まぁ起こしてから恥ずかしくなって照れ隠しをするようじゃ意味がないけどな。」
デルベの言葉に嘘はなかった。確かにサリアは控室から保健室まで拓斗が移動するときからずっと一緒に居たのだ。心配そうに横でずっと見ていたのだ。
「いい主じゃねぇか。さっさと後を追ってやれよ。」
拓斗の肩に手を置きそう告げると、拓斗はすぐさま保健室を飛び出すのであった。
走る。ただひたすら走る。しかしサリアの背中は見えない。時折すれ違う生徒に鬱陶しさなど感じないほど急いでいた。
自分は少女の目標の手助けを上手く出来なかったけど、それを咎めるどころかぎこちない優しさで受け止めてくれた少女に伝えなくてはいけないことがあり走るのであった。
そして廊下の角を曲がると金髪のツーサイドアップを揺らしながら歩くサリアの後ろ姿が見える。
「サリアッ!!」
予想外に大きな声でサリアの名を呼んでしまう。当然その声に驚いたサリアはビクッと体が揺れるが、立ち止まりゆっくりと振り返る。
「もう負けない!!俺はここに誓う!もう二度と、絶対に負けない!!」
単調で誰もが言葉にできそうなセリフだが、拓斗の言葉には覇気と想いが確かに込められていた。
だからこそその言葉にサリアは嬉しそうに笑みを浮かべ答える。
「期待しないで待ってる。」
ここに居ない者が聞けば酷く相手を打ちのめすような言葉に聞こえるであろう。しかし拓斗はこの言葉を聞いたとき、彼女の表情を見たとき、この言葉がサリアなりの激励の言葉だと知る。
だってそんな言葉を吐きながら屈託のない笑顔を浮かべられる者なんてこの世には居ないのだから。




