真の氷
時は過ぎ拓斗とサリアは今自室にいる。サリアが倒れてから早急に運び込んだのである。
拓斗はベッドに横になり安静にしているサリアを見る。静かに寝息を立てるサリアの姿からは先ほどまでの絶望した表情は考えられなかった。
(やっぱり無理してたんだな・・・。)
そんあことにも気づけなかったと自責の念に襲われる。そんな部屋にノックの音が響く。
拓斗はドアに近づき覗き穴を覗くとそこにはイヴとリリアが居た。拓斗は二人を確認するとドアを開く。
「こんばんはタクト先輩。サリア先輩のお見舞いに来ました。」
イヴの小さな手には似合わぬたくさんの果物が入った大きなバスケットが握られていた。
「おう。サリアはまだ寝てるけどお見舞いありがとな。リリアも。」
イヴとリリアに笑みを浮かべてお礼を言う。
「これ、置いておいてください。サリア先輩の許可もなく部屋に入ったら嫌がられるだろうですし、今日はこの辺で帰りますね。」
大きなバスケットを拓斗に手渡し一礼すると部屋から立ち去って行った。拓斗は二人を見届け自室に戻る。
バスケットを机に置き椅子に座ろうとしたその時であった。
「・・・ん。」
サリアがゆっくりと瞼を開いた。
その様子を見た拓斗はすぐさまサリアの許へ駆け寄る。
「大丈夫か?どこか辛くないか?何か欲しいものはあるか?」
自責の念に駆られていた拓斗は必要以上にサリアを心配する。
「・・・そんなに言われてもわかんない。」
弱弱しい今にも消えてしまいそうな声で返答する。
「そうか・・・・何かあったら言ってくれ。」
席に戻り椅子に腰かける。
しばらくの間静寂が部屋を包み込む。物音一つしない部屋は少し寂しげではあったが、どこか安堵できる静けさである。
「ねぇ・・・。」
静かな状況の中聞き漏らすわけもなく拓斗はサリアの声に反応する。
「私の得意な魔法見つかると思う?」
「・・・。」
なんと答えていいかわからない拓斗は黙ってしまう。今のサリアがどちらの答えを欲しているかなどわかるはずもない。
「・・・そう。私も正直わからない。このまま見つかればいいと思うけど見つからないと思うと・・・。」
サリアは少し体を震わせる。得意な魔法が見つからなかった時のことを考えたのであろう。
「見つからなくても俺はサリアの使い魔だ。」
何を言えばいいかわからなかったけどこの事実だけはどうしても伝えたかった拓斗は包み隠さず真っ直ぐにサリアに告げる。
「ふふ・・・。ありがとう。」
拓斗の言葉でサリアが救われたかはわからないが、柔らかな笑みを見て拓斗は伝えられてよかったとだけ思うのであった。
「何でも言えよ。俺はどんなことでも受け入れる。」
少しキザっぽく言うとサリアは嬉しそうな声色で答えた。
「タクトの癖に生意気。」
この言葉を最後にその日にサリアが起きることはなかった。
翌日の朝すっかり体調の復活したサリアと共に拓斗は決闘場に来ていた。
昇格戦の前は上位十人が日替わりで訓練場を一日中使っていいのである。
「ニヴルヘイムを使って。」
「随分唐突だな。」
いきなり奥義を使えと言われたらこう反応するのが当然であろう。
「タクトのニヴルヘイムを間近で見れば何かわかるかもしれないでしょ。」
グリモワールを指さしサリアは言う。
「まぁサリアがそう言うのであれば使うけど。」
ニヴルヘイムを発動させようと思った瞬間二人の前にデルベが現れる。
「落ち着けお二人さん。そんなことじゃ見つかるもんも見つからんぜ。」
今のサリアにとってはこれ以上にない救いであった。
「見るなら限りなく魔術の極致に近い魔法を見た方がいい。」
「魔術の極致?」
聞きなれない単語にサリアは首をかしげる。
「一般的に使う魔法とは一味も二味も違う魔法だ。魔法使いの奥の手とも言えるな。」
腕を組み説明をするデルベ。
「どんな魔法なんですか?」
当然興味のあるサリアはそれが気になるがデルベはバツの悪そうな表情になる。
「言っておいて悪いんだが今使えないんだわ俺。」
サリアはその言葉に呆れのゲージが振り切れ大きなため息をつく。心底失望した顔である。
「待て待て!そんな顔すんな!一応使えるやつにアテはある!」
「・・・誰ですか?」
ジト目でデルベを見るサリア。
「はぁ・・・お前の横にいるよ。」
頭を掻きながら言う。サリアは横を見ると拓斗と目が合う。納得したサリアはデルベの方へと向き直る。
「タクトが使えるんですか?」
「おう、多分な。」
二人から期待の眼差しを受ける拓斗は少し気まずくなる。
「やったことないですよ・・・。」
ニヴルヘイム以上の魔法など使ったことのない拓斗にとっては本当にそんな魔法が自分に使えるか不安がある。
「まぁやってみるのが一番早いかもな。グリモワールには何も書いてないのか?」
指摘された拓斗はグリモワールを開き何かそれっぽい魔法を探すが特にそれらしいものは見つからない。
「うーん見つかんねぇか。ニヴルヘイム以上の氷魔法って何があるんだ?」
「わかんないですね・・・。今のところ俺が読める範囲だとニヴルヘイムが最強なんです。」
「これ以上はないと・・・。」
三人で首を捻る。三人寄れば文殊の知恵とは言ったもののその異世界では通用しないようであった。
「そもそも奥義は簡単に使えるもんでもねぇしな。人間でもそこは亜人と一緒って訳だ。」
何も解決策の思いつかないデルベはそれで話を纏めようとするが拓斗がそれを許さない。
「奥義って大まかに言うとどんな感じなんですか?」
とてもアバウトな質問ではあった。
「うーん、大まかに言うとか。そうだなぁ、詠唱があることと何か大事なきっかけがあることかな。」
「大事なこと?」
引っかかるその言葉を聞き返す。
「何か決意したときでも誰かを失った時でも大切な誓いをした時でも何でもいいんだ。何か大切なことを決めるとその想いと魔力が共鳴して発現するわけだ。」
ピンとはこないが拓斗の中ではできるという自信があった。
「ちょっとやってみます。」
二人から距離をとって深呼吸をする。
(大事なきっかけ・・・。)
昨日の出来事を思い返す。弱弱しくなってしまったサリア。もう二度とあんな思いをさせたくない気持ちでいっぱいになる。
(なんだ簡単じゃないか。俺はこれからもサリアの使い魔のままサリアを助け続ける。)
自分が見えないところで苦しんでいた少女を悲しませたくない想い。
(それが俺の誓い。)
頭の中に言葉と魔法のイメージが流れ込んでくる。白い魔方陣が拓斗の足もとに現れる。
「原初の巨人ユミルが統べる解けることのない氷の世界。凍りついたものは時を忘れ、血肉すら凍結させるだろう。ここは誰もが忘れた氷の極地。永久凍土の世界。」
世界が一変する。辺りは凍り、決闘場の全てを凍りつかせている。雪は降り始め、そこは真の氷の世界であった。
「これが・・・本当のニヴルヘイム。」
サリアは美しい氷の世界に魅了されながら自然と言葉が零れる。
「こうも簡単に成功させるなんてな。なかなかいい決意があったと見るべきかな。」
ポケットに手を突っ込みサリアと同じように氷の世界を眺める。しかし二人の見ていた美しい世界は一瞬にして消える。既に目の前にあるのは先ほどと同じ決闘場の風景であった。二人の許へ拓斗が駆け寄ってくる。
「何か掴めた?」
サリアに聞く。
「・・・わからない。」
わざわざ拓斗が会得した魔法を見ても何もわからないサリアは申し訳そうに返答する。しかし自身の篭った表情で拓斗の目を見る。
「でも、何かいけそうな気がする。」
腕を前に突出し魔法を唱える準備をする。サリアの頭の中に自分の知りうる魔法が駆け巡る。
「レステロイン。」
突き出した手から魔方陣が現れるとそこから三本の鎖が放出される。縛る対象のない鎖はすぐに消えてしまう。
「ほーう。今の射出速度は並の魔法使いより上だな。」
デルベはニヤッとする。
「拘束ってところだな。」
ついに見つかったことに二人は喜びの声をあげるのであった。




