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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第五十七話 病室にて


 タイアはようやくヨシュアと別れ、人間に戻って医務室を訪れる。



 ――そこに謎のコロニーができていた。



「ふむふむなるほど。ようは水車や風車の回転エネルギーで雷を作って、それをあらゆるものの動力にしていたのか。これは蒸気ポンプの研究者達が泣くね」

「いえ、その蒸気機関を組み合わせて発電する装置の方が主流だったようですわ。無駄にはならないかと」

「水車と言ってもこの図を見ると、リスティの工場で使ってるものとは違うようですね。河川の上流を丸々()き止めているのでしょうか?」

「そうみたいだね。うちの砦みたいに治水利水も兼ねていたんじゃないかな? まったく規模が違うけど」


 フィロフィーのベッドを中心に、ヘリーシュとシェパルドルフ、ロアード、それにクリンミルが円になり、頭を付き合わせて話し込んでいた。


 よくわからないメンバーでよくわからない話をしているのを、スミルスとバンケツが濁った目をして見つめている。

 隣のベッドにはミルカとチャコの双子もいる。彼女達はコロニーの会話を興味深く聞いている――ように見えて、その頭にはハテナマークが浮かんでいる。


 異様な熱気を放つコロニーには近づき難く、ミルカに話しかけるのは躊躇われ、タイアにはスミルスとバンケツの所に合流する以外の選択肢はなかった。


「おお、戻られましたなタイア様」

「ん、ただいま。……で、あれは?」

「クリンミル様とヘリーシュ様が書庫に保管されていた古文書を持ちだしてきましてな、それをフィロフィーが解読してるのです。その内容が古代の科学技術に関するものだったようで、団長やシェパルドルフ先生も食いつきましてなぁ」


 タイアが改めてコロニーを見ると、彼らの中心になっているベッドの上に、古びた本が置かれている。

 クリンミルはフィロフィーの翻訳した内容を書き写しているようで、フィロフィーが話すたびにノートにペンを走らせていた。


「あー、なるほどフィーが……って、フィーが!?」

「本人はセルフィーに習っていた、と言っています」

「セルフィーって古文書が読めたんだ。でもいつ習ってたんだろ?」

「さぁ……」


 タイアの質問に答えつつ、スミルスの方が何倍も不思議に思っていた。

 いろいろと疑問は尽きないにしても、現にフィロフィーが目の前で古文書の解読をしているのだから、本人の主張を信じるしかない。


「おいおい、自分の嫁と娘だろうに」

「そう言ってくれるなバンケツ。セルフィーは何かと隠し事が多かったからな、フィロフィーにだけ託したものがあってもおかしくはないさ」

「……ああ、確かにそういう奴だったな」


 そう言って遠い目をしているスミルスとバンケツは、昔を懐かしんでいるらしい。

 セイレン領でのセルフィーしか知らないタイアも、二人と一緒に懐古に混ざる。



 タイアの知っているセルフィーは、妖艶さの中に茶目っ気とたくましさがある……と言うよりも、それらを器用に使い分けるような人物だった。


 艶っぽい声でケニーを誘惑してからかい、それに嫉妬したスミルスがケニーに猛特訓をつけ――戻ってくるなり疲労で玄関に倒れこんだ二人を両脇に抱え、笑いながら風呂場に放り込む。

 そんな滅茶苦茶なことをするという点では、間違いなくフィロフィーの母親だった。


 ドミ大陸出身の彼女はドミ訛りが強く、それがとても色っぽく聞こえた。

 それはタイアの母ブリジストも同じだと聞いている。


 そういえばフィロフィーは昔、セルフィーの影響で自分のことを「うち」と言ったり、ゆで卵のことを「ニヌキ」と呼んだりしていたハズだ。

 それがキャスバインに違和感だらけと評されたデスワ口調に変わったのは、セルフィーが病に倒れた直後だっただろうか?



「おや、そこにいるのはもしかしなくてもタイアかな?」


 タイア達が物思いにふけりながらコロニーを眺めていると、ヘリーシュがその視線に気が付いた。そのヘリーシュの声に、他の人間もタイアに視線を向ける。ロアードが笑顔で小さく手を振っているが、抱きついて来ないのは人前だから自重しているのか。

 ヘリーシュはクリンミルの袖を引いて、タイアの元へと歩み寄る。


「パーティー会場でも見ていたけれど、領主達に囲まれて話かけられる状況じゃあなかったからね。ここで改めて自己紹介させてもらうとするよ。

 私が第五王女のヘリーシュで、こっちが第七王女のクリンミルだ。血縁は薄いが、まあ王女の年少組同士仲良くしていこうじゃないか」

「……あの、クリンミルです。よろしくお願いします」

「タイアだ、よろしくな」


 タイアはヘリーシュと握手を交わす。

 その右手をそのままクリンミルに向けると――彼女は一瞬驚いたような表情を見せ、それからタイアの手をおずおずと握った。


「ところでチャコ姉様とミルカ姉様は自己紹介は済んでいるのかい? こっちに絡んでくる様子がないけれど」

「えーっと……そうよね、改めて自己紹介しましょうか。私がミルカ、妹の方ね」

「私が姉のチャコだ、よろしくな」

「ん、よろしく」


 タイアはミルカの手も握り……そしてチャコの 右手は全力で叩いた。

 周囲の人間はぎょっとするが、『お手事件』を知るミルカは苦笑いを浮かべる。

 叩かれたチャコも、痛そうにしながらも笑っていた。


「それで、みんなで古文書を解読をしてるんだって?」

「ああ、古文書の中にフィロフィーが読むことのできる文字があってね。

 この内容がまさに古代の叡智の結晶とも言うべきものでね、ここリスティには沢山の水車を利用した工場があるけれど、古代では水力を一度全て雷に……」

「いや、内容の説明はいらないんだけど、勝手に書庫の本を持ち出しちゃっていいのか?

 この城の書庫には貴重なものが多いから、許可された人間以外は入れないって聞いてるけど」

「その通りだけれど、一部の機密文書以外は持ち出し許可も降りてるよ。タイアも入れるから、興味があるならバンケツに連れて行って貰ったらどうだい? バンケツは執事バトラーだから一人では入れないけれど、王族と一緒になら入れるからね」

「んー、また今度暇な時にでも行ってみるよ。

 それで結局、持ち出した本は部外者に見せてもいいんだな?」

「はっはっは……中々痛い所を突いてくるじゃないか」


 場に生暖かい風が吹く。

 フィロフィーは手に持っていた古文書を、そっと閉じてベッドに置いた。


「わたくし、何も見てはいませんわ」

「いや無理だろ」


 微笑みとともに平然と嘘をつくフィロフィーに、タイアが間髪いれずにツッコミをいれる。


「私も別に憲兵に言いつけたりはしませんが……そもそもフィロフィーさんに見せないと解読できないですよね」

「別に誤魔化す必要なんてないさ。素直に古文書が読めることをお母様に伝えればいいよ。

 この本の内容を解読するだけでも、何か称号をもらえるくらいの功績じゃあないかな。普通に書庫への入室許可が貰えるハズさ」

「いや、それはやめておいた方が……というより、よく考えてからの方がいいかな」


 ヘリーシュの気軽な提案に、今度はロアードが待ったを出す。


「確かにフィロフィーの書庫への入室許可は降りるだろうし、称号を与えられる可能性もあるけれど……そのまま司書か研究員として召し上げられて、セイレン領に帰れなくなると思うよ。古文書が読める人間は貴重だからね。

 まあ監禁されるわけじゃないし、かなりの好待遇で迎え入れられると思うから、フィロフィーが考古学者になりたいんなら悪くない話かな?」

「いえ、それは困りますわね。領地に戻ってやらなければならないこともありますので」

「ちっ」

「『ちっ』て……ヘリーシュ、お前確信犯か」


 タイアがじろりと睨み付けると、ヘリーシュは悔しそうにそっぽを向いた。フィロフィーをこのまま城に留めてしまうつもりだったらしい。

 昨日会ったばかりの相手に、何をどうしたらこんなにも気に入られるのだろうかと疑問に思い、タイアはフィロフィーの顔を見る――が、フィロフィーには笑顔ひとつで返される。

 どうやらヘリーシュも変人のようだし、奇人変人同士で妙なシンパシーを感じあったのだろう。そんな風に考えて、それ以上気にするのはやめた。


「それでしたらフィロフィー嬢を、ロアード様かクリンミル様の助手として登録してはいかがですか?」

「そうだね。それなら書庫には入れないけれど、持ち出した古文書を見る名目にはなるかな?

 ただ僕は古文書は専門外だから、登録するならクリンミルだね」

「私、ですか?」

「うん。表向きはクリンミルが古文書の解読に挑戦して、フィロフィーが古文書の複写作業でも手伝ってることにでもすればいい。ま、いざとなったら僕が適当に誤魔化すさ」

「でも、それだと私がフィロフィーの功績を横取りすることになるんじゃ……」

「もし困らないのであれば、クリンミル様が解読したことにしてください。わたくしは王都から出してもらえなくなるほうが困りますので」

「……わかった。ありがとう」


 クリンミルは小声でフィロフィーにお礼を言う。

 功績の横取りを気にしたあたり、悪い奴ではないのだろう。そう感じたタイアは本当にミルカが毒を盛ったのかと気になって、ミルカの方を盗み見る。


 ミルカは優しく見守るような表情で、フィロフィーとクリンミルのやりとりを見つめていた。

 そこには敵意の類は全くないように見えるが、それも演技のうちなのだろうか?


「いえいえ、わたくしは考古学者になるつもりはありませんが……お母様に教わった古文書の読み方を披露しないのも寂しいと思ってましたので。どうせ戴冠式まで暇なので、ここにいる間だけでもお手伝いさせてください」

「ありがとう。それじゃあ続きは研究員棟の私の部屋で……」

「いえ! その、できればここで行いたいのですが」


 フィロフィーは急に焦りをみせて、医務室を離れることを嫌がった。

 そんな娘のわがままに、外野で傍観していたスミルスが口を開く。


「フィロフィー、ここは城の医務室なんだから迷惑だろう」

「別に構いませんよセイレン卿。何より私が古文書の解読に興味がありますからね」

「で、ですがシェパルドルフ先生、ここにはミルカ様も居るわけですし……」

「私もフィロフィーちゃん達が居てくれたほうが嬉しいですよ。今は落ち着いてますし、にぎやかで楽しいので」


 昨日の夜と似たようなやり取りの末、今回もフィロフィーは医務室に居座る。

 昨晩はもっとごねたスミルスも、ミルカの穏やかな様子を見たからか、ため息一つで了承した。


「小生もここにいて貰えると助かるね。研究員棟まで行くのは面倒だし」

「混ざる気満々か」

「もちろんさ。いっそ医務室の床と天井に穴を開けて、梯子でもかけてしまいたいくらいだよ。ここの真上は小生の部屋だし、ここの真下は書庫だからね」

「んな無茶な……」


 ヘリーシュと喋りつつもフィロフィーを眺めていたタイアは、フィロフィーが一瞬「真下は書庫」という言葉にピクリと反応を示したことに気づく。


「ん? どうかしたのかフィー」

「……別に、ナンデモナイデスワ」


 フィロフィーの妙な反応が気になったが、タイアにはその理由はわからなかった。

 

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