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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第五十八話 色めくミルカ


 タイア達が医務室で話していると、執事のテンが姿を見せた。

 扉を開けたテンは、この場の人の多さにきょとんとした表情を作る。


「ずいぶんと人が多いですね。何かあったのですか?」

「たまたまみんなのお見舞いのタイミングが被っただけだよ。テンこそ、アークロイナと一緒じゃないのかい?」

「今は陛下に伝令を頼まれてまして。ミルカ様と、それにタイア様に」

「ん、あたしにか?」

「はい。陛下が一度部屋に顔を出すようにと仰せです。

 ――というかバンケツ、昨日陛下が直々にお前に伝えていたはずだぞ?」

「お、おお! そうであったな!? がっはっはぁ!」


 テンにジロリと睨まれると、バンケツは笑って誤魔化した。

 タイア自身、その話は犬の姿の時に聞いてはいたが――忘れていたというよりも、ずっとアークロイナの腕に抱かれていたのでとっくに顔合わせを済ませた気になっていた。


「それと、ミルカ様にはお茶会の許可がでたことをお伝えしておきますね。明後日ならば問題ないそうです」

「本当に!? やった!」

「ミルカ、お茶会にわざわざお母様の許可はいらないんじゃないのか?」

「ううん、せっかくタイアも来たんだし、薔薇園で家族全員でのお茶会をしたいってお母様にお願いしてたのよ。今回の事件で駄目になったと思ってたんだけどね」

「薔薇園でか……」


 ミルカはチャコの呟きにハッとして、ロアードの方へと視線を向ける。

 それに続くようにして、その場の全員がロアードの顔色を伺った。


 十人分の視線を集めたロアードは、苦笑混じりに肩をすくめる。


「あ、あの、ロアード様。私どうしてもタイアと薔薇園でお話しがしたくって……」

「構わないよ。というより、誰も薔薇園を立ち入り禁止にはしてないのに、みんな気をつかって近づかないだけさ。

 それじゃあ手入れしている庭師も虚しいだろうからね、ミルカが率先して使ってあげてくれるかい?」

「ありがとうございます!

 それであの、今回は家族みんなでやりたくて、できればロアード様にも参加してほしいんですけれど……」

「あー……さすがに女の子ばかりのお茶会に参加するのは辛いかなぁ」

「そ、そうですよね。無茶なお願いしてすいません」

「ううん、こっちこそごめんね」


 ロアードに参加を断れ、ミルカは一瞬寂しそうな顔をみせた。

 しかしすぐに笑顔に戻り、張り切った様子でその場の姉妹達に声をかけ始める。


「タイアはそれでいいかな?」

「お、おう! 任せろ!?」

「任せろ?」


 タイアのやや上ずった妙な返事に、ミルカは不思議そうに首をかしげる。


 コクリさんに参加せよとのお達しがあるが、しかしどう考えてもタイア抜きでは成立しないお茶会で、加えてさっきのロアードとミルカのやりとりを見ては断ろうにも断れない。


 ――もうこうなったらコクリさんは死んだことにしてしまおう。


 そんなヤケクソな結論を出して、タイアはこくこくと頷いた。


「あとはチャコとヘリーシュと、もちろんクリンミルも参加してね。特にヘリーシュ、今回ばかりは参加してくれないと承知しないから」

「……そのお茶会って、お母様とレモナも呼ぶのかい?」

「え? ええ、もちろん」

「そうか……わかった。それなら小生も参加するとしよう」


 誰もが嫌がってごねると思ったヘリーシュは、何故かあっさりと引き下がる。

 

「テン、お母様に会えるかな? 詳しい時間とか決めたいのだけど」

「いまなら大丈夫だと思いますよ。

 ――それと、できればタイア様もいまのうちに陛下に会って貰えませんか? これから戴冠式に向けて忙しくなるので」

「ん、わかったよ」

「ありがとうございます。それでは行きましょうか」

「あ、じゃあ私も」


 部屋を出ていくテンに、タイアとミルカ、それにチャコが後ろに続く。


 タイアは一応、部屋を出る前にロアードの様子を伺ってみたが――父はとめる様子もなく、苦笑いのまま頷くだけだった。




「タイア様は随分と堂々としてらっしゃいますね」

「え?」


 タイアは医務室を出て階段を登り、二階の装飾を眺めながら歩いていたところでテンに話しかけられる。


「いえ、私が言うのもおかしな話ですが……陛下に初めて謁見する人は、皆さんガチガチに緊張しているので。

 『むすっとして怒っている様に見えますが、実はあれで普通なんですよ』と言って面会者の緊張をほぐすところまでが私の仕事なんですよ。タイア様には必要なさそうですけれど」

「はは……確かに、別に怖くもないな」


 言われてみれば、いきなりアークロイナに会うことになっても特に抵抗のない自分がいる。

 犬の状態で一緒に居たのが大きな理由ではあるが、ここに来てからアークロイナへの印象が大きく変わってきていた。


 スミルスもアキもセルフィーも、事ある毎に女王を敵視していたので危険人物かと思っていたが、会ってみれば普通の人間だなぁというのがタイアの率直な印象である。


 動物に懐かれず、その反動でタイアのことを撫でくり回し。

 若い彼氏には二股をかけられて(?)、娘が倒れたら焦って自ら医務室へと運ぶ。


 そんな普通の女性こそが女王アークロイナの正体なのだ。


 もちろん母を殺した犯人かもしれないということは忘れてないが、冷徹な殺人鬼とはかけ離れているし、他に怪しい人物がいるという。

 それならもう少しくらい歩み寄っても良いのではないか、タイアはそう感じていた。



 *   *   *   *   *



 甘かった。


「まったく、敬語が全然できてないではないですか。やはり、野蛮な傭兵になど預けるべきではなかったのです」

「で、でもあたしは別に……」

「『あたし』ではない、『わたし』と言いなさい。立ち方も悪い、顎を引いて胸を張りなさい」

「ぎゃう」


 アークロイナに丸まった背中をぐいっと押され、タイアは変な声が出る。


 てっきり母が死んだ時の話でもされるものかと思いきや、部屋に入るなり始まったのはアークロイナによるマナー講座だった。タイアは入室時のノックの仕方から注意され、あーでもないこーでもないと延々と指導され続けている。


「あた、私は別に表に出ないんだから、こんな厳密なマナーなんて覚えなくってもいいだろ!?」

「ええ、確かにロアードとの約束がありますから、あなたに王女として演説させたり、他国に無理矢理嫁がせたりすることはありません」

「だったら……」

「しかしそれとは別に、私はブリジストに頼まれています」

「え、お母様に?」


 突如出てきた母の名前にタイアはひるむ。


「そうです。もしもの時は娘を頼む、と。

 ロアードの意向もありますし、たいした介入はできませんが――それでも人生何が起こるかわからないのですから、貴族のマナーぐらいは覚えておきなさい。

 ……わたくしにせよロアードにせよ、自分が王になるとも、なりたいとも思っていなかったのですから」


 そう吐き捨てた時のアークロイナの顔を見てしまっては、タイアはもう駄々を捏ねることができない。


「テン、午後は誰かにタイアのテーブルマナーをチェックさせなさい。

 ……ああ、ついでにヘリーシュにもやらせますか。嫌がるようなら、ヘリーシュの部屋で行うように」

「わかりました。ですがヘリーシュ様は、午後も自室ではなく医務室にいるかもしれません」

「午後も? 今はミルカの見舞いですか?」

「それもあるとは思いますが……どちらかというと、例のフィロフィー嬢の所に遊びに行っている様です。なんでもヘリーシュ様を昨日のパーティーに参加させたのも彼女だそうで。

 それと、クリンミル様からはそのフィロフィーさんを自分の助手として登録するとの報告がありました」

「また、その娘か……一体どんな娘なのです?」

「それは、そこにいるタイア様が詳しいかと」


 アークロイナに視線を向けられるが、タイアは何といったらよいかわからず言葉に詰まる。


「えっとぉ、フィーは魔物の――」

「人に説明するときには愛称を避けなさい」

「――フィロフィーは魔物の専門家で、魔法や魔物のことにかなり詳しいん、です」


 とりあえず魔石が造れることなどは隠し、いつもの設定を持ち出した。

 もっともただの設定だったはずなのに、いつの間にかフィロフィーは本物の専門家並みの知識を持ち合わせていた。古文書が読めた事などとあわせて、タイアにも不思議でしょうがない。


 フィロフィーが一体何者なのか? 

 その質問に的確に答えることはタイアにだってできないし、むしろ教えて欲しいくらいである。


「魔物の専門家……それだけですか?」

「陛下、何か心配事でも?」

「いえ、母親が変わり者だったので気になっただけです。……そうですね、ヘリーシュと仲が良いなら、その娘にもヘリーシュの説得を手伝わせなさい。なんなら一緒に参加させても良いです」


 テンにそう指示を出すと、アークロイナは再度タイアの方に集中する。

 どうもこのマナー指導はまだまだ続くらしい。その事実にタイアは軽く目眩を覚えた。


「お母様、ちょっとお茶でも飲んで休憩しませんか? タイアも疲れてるみたいですから」


 そんなタイアに助け船を出したのは、実はずっと部屋にいたミルカだった。

 ミルカとチャコの双子はお茶会の日程を決めるために来たものの、唐突に始まってしまったマナー講座のせいで、ずっと部屋の隅で所在ない思いをしていたのだ。


 ミルカはお茶と言っていたが、それは暖かい紅茶ではなく、冷たいハーブティーだった。トレーの上にガラスのコップが乗っていて、一つ一つのグラスの中には大きな氷が浮いている。


「この氷はミルカ姉が用意したのか?」

「そう、魔法でね。お母様が猫舌だから冷たくしたの」


 タイアはアークロイナをちらりと見る。特に止める様子がないのを確認してトレーからグラスをとった。

 口をつけると甘酸っぱく、さわやかな香りが鼻を通る。


「あ、氷をガリガリ食べるのは行儀が悪いから、お母様の前ではやらないようにね」

「それはさすがにわかる」


 声をひそめて注意してくるミルカに対し、タイアもそこまで馬鹿じゃないからと首をふった。


 ミルカはアークロイナとチャコ、それにテンにもトレーを差し出す。三人がそれぞれグラスを取ると、ミルカはトレーに最後に残っていたグラスを冷気の魔法で凍らせた。


「あれ、ミルカ姉は飲まないのか?」

「私も飲もうかと思って入れたんだけど、やっぱり喉乾いてないから。お母様、良かったら寝る前にでも飲んで下さい。よく眠れますよ」

「ああ、ありがとう」


 ミルカはそう言って、部屋の隅に設置されていた白い箱のなかにグラスをしまった。

 その白い箱にどこか見覚えがあり、タイアは自分の記憶を探る。


「あれ、これけんぺ……じゃなくて、お父様の研究室で見た気がするな」

「そりゃあ冷気ボックスはロアード様の発明品だからな。詳しい原理は知らないけど、少ない魔力でもこの箱の中をずっと低温に保てるんだってさ。便利だよなぁ」

「そうだな、行商人とかに便利そうだな」

「え、行商人?」


 かつて大量のバーバヤーガを退治した時、タイアはアキやケニーと交代しながらその肉を凍らせ続けたことがあった。その甲斐(かい)あって浮遊の魔石は大量に確保できたのだが――バーバヤーガばかり食べ続けたフィロフィーも含め――相当苦労した覚えがある。

 タイアはそんな経験から便利そうだと思ったのだが、チャコにはピンとこないらしい。


 これは実際のところチャコが正しく、冷気ボックスを使って遠くの街まで行商に行っても、リスクやコストに対して割に合うまい。基本的には家に備え付けて使う魔道具である。

 もちろん、フィロフィーの様な例外がいれば話は変わってくるのだが。

 

 タイアもそのことにすぐ気づき、失言を誤魔化すようにハーブティーをすすった。


「これ、初めて飲んだけど美味しいな。なんとなく体に良さそうだし」


 タイアの素朴な感想に――アークロイナとチャコ、それにテンがギョッとした表情でタイアの方へ振り向いた。



「そうでしょうそうでしょう!? これはキャニッグオレンジっていう柑橘類の皮を乾燥させたものを抽出してるの。皮に含まれる精油に心を落ち着ける効果があって、緊張をほぐしたり、不眠症の改善にもいいのよ? 香りがいいし気分が落ち着くから私もジゴ薬を飲むときによく使ってるんだけどね、最初はリスティ周辺に植えられている一般的な柑橘類の皮のを使ってたんだけど、それだと渋みが強いからわざわざキャニッグ家から取り寄せて……」



 直後、ミルカが火がついたように説明を始める。

 他の三人がげんなりしているのを見て、タイアは自分がミルカの触れてはいけないスイッチを入れたのだと悟った。


「ミルカは健康マニアなんだけど、特にハーブ関係にはこだわりがあってさ……」


 語り出して止まらないミルカを遠い目で眺めていると、チャコがタイアにそう耳打ちする。

 犯人かどうかを別にすれば、一番まともな王女はミルカだと思っていたが……どうやらそうでもなかったらしい。


「……ローズヒップと混ぜるとすごく健康にいいんだけど、ちょっと酸味が強くなるかな? あ、香りを楽しむんならミントを少し混ぜてもいいかも! ここにあるものだと紅茶と配合しても美味しいんだけど、紅茶そのものには目を覚ますような作用があってお母様に寝る前に飲ませるには向かないから、あえて単独で抽出したんだけどね、そのを抽出する時に重要なのが温度管理で……」


 渋みのないハーブティーを飲みながら、タイアは渋い顔で語り続けるミルカを見つめていた。

 

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