第5話:努力は誰がために
「………引きこもりめ、やってくれたわね……」
杖の作成を請け負ったダークエルフはゴミクズだ、ティアナは苦虫を噛み潰すような顔をしながらそう感じた。
杖の製作をする者が術師団の決まりを知らないはずもない、杖が作れなかったと先んじて伝えればよかったのだ。
ヴェイルを絶望させることには変わらない、ティアナが彼を絶望させる役割を押し付けられるのも変わらないだろう。
だとしても、こんな辱めを受けさせるのは話が違うだろう。
「こんな手紙………」
ぐしゃっと、ティアナは手紙を力の限り握りつぶした。
「………こんな場で言わせたらどうなるかなんて…決まってるじゃないの……」
大衆の目の前でヴェイルに屈辱を与えた気分は吐き気がしそうなほど気持ち悪かった。
そして悪い予感が正しかったことがすぐに証明されてしまった。
「………ぷっ…」
「おい!笑うなって!」
「いやいや、笑うしかねえだろこんなの!!」
ふらついているヴェイルの隣、男子2人組だ。
ジトッとした気味悪い憎悪の視線の持ち主がとうとう口を開いた。
「ただでさえ聖術が使えない出来損ないの木偶の棒のくせに、今度は杖を授かれませんでした!?こんなに面白えことがあるかよ!!」
気味の悪い静寂に包まれた会場に笑い声が響き渡る。
彼のことを気遣おう、そんな気など1ミリも見せる気配がなかった。
誰も止められない、何故なら彼の言葉は正論以外の何物でもないからだ。
ズカズカと震えるヴェイルの方へ歩み寄り、下品な笑みで話しかけた。
「おいなに震えてんだよ落ちこぼれ、ほら待ち望んだ授与式だぞ?笑えよ」
ヴェイルの顔を掴むようにして無理矢理口角を上げさせた、彼の目から光はとっくに消えている。
まるで世界が終わったかのような顔だった。
「ほーら、見ろよ」
ヴェイルの顔を掴んだまま彼は手のひらをティアナのほうに広げた、正確には台に置かれた授与される杖に対して広げた。
杖と人は一心同体の関係、彼の意思に応えるように杖が飛来し手のひらに収まる。
「へぇ、俺のはでけえんだな……ほら、お前が授かれない杖だぞ、おい、見ろよ落ちこぼれ」
返事はなかった。
目は虚ろなまま虚空をぼんやりと見つめたまま、理不尽な現実に打ちひしがれたままだった。
反応することができないほど精神が衰弱してしまっているだけなのだが、まるで今も遠く離れた1人の少女だけを見ているかのようで、彼らは面白くなかった。
「……クソがッ!!」
「くるっ!?」
ヴェイルはそのまま力任せに投げられてしまう、服の中で落ち着いていたスルも投げ飛ばされてしまった。
石畳に叩きつけられてかなり痛いはずだ、なのにヴェイルはその反応すらできずにいる。
「あぁ?フェルミアの置き土産か?」
ぴくっと、倒れたヴェイルの指先がかすかに動いたことに誰も気づかなかった。
フェルミアの名前に反応したのだ。
標的が反応のないヴェイルから彼の服から飛び出したスルへと変わった。
ヴェイルを今もフェルミアに縛り付ける楔、その象徴であるスルを見る目が凶暴なものへと変化した。
「いいぜ?お前の目ぇ覚まさせてやるよ、お前が使えない聖術でなぁ!!」
「くるるっ!?」
嬲るように痛めつけるように、杖の先がスルに向けられた。
賢いスルは何をされそうなのか理解し驚いている、しかし石畳に身体を打った痛みで動けない。
杖に光が灯り始めた、その時だった。
「そこまでになさい」
凛とした声が響き渡った。
街の人が止められない中で外の人物であるティアナが止めたのだ。
「それ以上進むのならあたしは貴方を捕縛するわ、ミズガル派の術師として」
聖術師として、そして責任ある「大人」として、ティアナは鋭い眼光で「少年」を睨みつけた。
「……ちっ」
少年は杖を下ろした、今この場で大嫌いなヴェイルを潰せないことを悔しがって、忌々しさを隠せずにいて。
しんとした空気、しかしそれでも会場全体がほっとしたのは言うまでもないだろう。
そうなると再びヴェイルの心配に意識が傾くのは当たり前のことだ。
一連の出来事の中でも未だに倒れたまま目の焦点が合っていない。
「くぅん……」
全員の心配を代弁するかのようにスルが声をかけ頬を突く、しかしヴェイルの意識が戻ってくることはなかった。
スルの聖石の輝きが少しだけ鈍ったような気がした。
「……くっ……」
ティアナは悔しさを隠しきれず手を握りしめた。
ヴェイルの努力と夢をこの手で壊してしまったことがあまりにも悔しかったから。
「あたし……最低よ………」
何もできない歯がゆさがティアナの胸の中をもやもやと渦巻いていた。
静寂を断ち切ったのは観客の一角に紛れていた孤児院の先生だった。
「……ヴェイル」
「………」
返事はない。
だが先生は毅然とした態度で言葉を続けた。
「目を覚ませヴェイル・ノクレミナス!!」
「くん!!」
「……っ!?」
先生の叱責と同時にスルが思い切り頭突きしたのが功を奏した、家族であるスルからの檄が酷くヴェイルの心に沁みた。
そして“ノクレミナス”の名が、彼に一雫だけの光を与えた。
「お前に絶望する暇があるのか!?ヴェイルよ!!」
「………ぁ……」
虚ろな、言葉にすらならない音だ。
「聖術の使えないお前は、何のために努力を重ねてきたのだ!!」
「………ぃ…」
小さく、細い。
しかし紛れもなく彼自身の意思で発した言葉だった。
「フェル…ミィ…の、ために……」
目にほんの少しだけ光が戻ってきた。
「お前は愛する者との再会を諦めるのか!?お前の覚悟はそんなものだったのか!?」
「……う」
「くぅん…」
首から下げた指輪のネックレス、フェルミアからの愛が込められたそれをヴェイルは弱々しくも握った。
「…違う!!そんなわけない!!!」
芯の戻った声、強く握りしめられた指輪、涙に濡れながらも強い光を宿した瞳。
聖術が扱えなかったあの日、自分に親がいないことを理解したあの日、そしてフェルミアとの道が分たれたあの日、幾度となく経験してきた絶望が彼の心を確かに強くしていた。
ヴェイルは生まれたばかりの子鹿のように震えながらも立ち上がった。
握りしめた指輪、そして愛する幼馴染との約束は、鋼のように硬い心に再び火を灯した。
「僕は諦めません!!例え聖術が使えなくても、それが茨の道だろうと!!術師がダメなら学者でもなんでもいい!!!絶対にアレグリアに行って、フェルミィを迎えに行きます!!!」
育ての親である孤児院の先生は知っていた。
実の子同然に育てたヴェイルがどれほどフェルミアのことを愛しているかを。
フェルミアのためならばどんな逆境も乗り越えられるということを。
だが心配しないわけではない。
杖を授かれないと言われたときには頭が真っ白になった、しかし次の瞬間に思い浮かんだのはヴェイルへの激励だ。
あの子ならば必ず立ち直ってくれる、そう信じていた。
ヴェイルの宣言を聞いた彼は、眉間に寄せたシワを緩めた。
その顔は普段の優しい先生に戻っていた。
ぱち…ぱちぱちぱち……
どこからともなく拍手が響いて、伝播して、そしてヴェイルをあたたかく包んだ。
「よく言ったぞボウズ!!」
「そうだ諦めるな!!」
「お前さんなら出来るさ!!」
「くるるっ!!」
粗暴でいながらあたたかい激励が飛ぶ。
街はヴェイルの味方だ、人々はみんなヴェイルが途方もない努力を重ねるのを見ていた。
人は努力する人を応援したくなるものだ。
「……クソが」
憎しみの言葉はヴェイルに届くことはなかった。
「……本当に、強いぼうやね」
ティアナは人々が一体となる様子を見て安堵し、帽子を深く被り直しそう呟いた。
彼は大丈夫、きっと再会まで辿り着ける。
根拠はないが強い確信があった。
長は素晴らしい光景を誇らしく思い、そして懐から一通の手紙を取り出した。
そしてヴェイルに声をかけようとした。
その時、平穏を崩す声が響き渡った。
「うおぉぉぉぉぉぉぉん!!!」
街の外れの方から巨大な遠吠えが響き渡った。
人々がそれを街の危機だと認識するのに時間はかからなかった。
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