第4話:期待、そして暗転
ざわつきの収まらない会場の真ん中に初老の男性が出る、長だ。
それに気づいたヴェイルはごくりと唾を飲んだ、とうとう式典が始まると理解したからだ。
「静粛に!!これより杖の授与式を執り行う!!」
ビシッとした芯のある大声と共に場が静まり返る、長の後ろでティアナも出番を待っている。
長は続けた。
「今年はこの街より7人の若者が成人となる!ただし、1人は今回出席しない!」
出席しない7人目が何者かなど、この場に集まった全員が言わずとも理解していた。
「その7人目とは先日、中央都市アレグリアに位置する聖術教会の頂点!四聖が一角、ニヴルヘイムの名を継いだ!フェルミア・N・ニヴルヘイムである!!」
おおっ!と場が少しざわついた。
みんな知っている事実だが、雰囲気優先というやつだ。
「10歳にして特例で杖を授かった彼女と同じように、君達は今日杖を授かる!それは大人になることと同時に責任のない行動は許されなくなるということである!」
大人になる、その言葉がヴェイルの心にずしんと重くのしかかる。
そして今日は大人になる第一歩に過ぎない。
「それでは杖を授与する!!」
ついにくるぞ!観客もヴェイル達も高揚感が最高潮に達する、スルの目も輝いている。
誰がどんな杖を授かるのだろうか、ヴェイルはどんな杖だろうか、そんな高揚感で浮足立つ。
スーッと、ヴェイルの頬に涙が一筋伝った。
本人すらも気づかないが、ヴェイルは確かに泣いていた。
あぁ……ついに……やっと僕はスタートラインに立てる………
脳裏によぎるのは幼い頃からの思い出。
2人で聖術を学び始めたあの日、何度も失敗しては笑い、そして成功を喜んだあの日々。
2人で同じ名を名乗ることを誓ったあの日。
そして離れ離れになった五年前のあの日、そしてそこから1人で努力を重ねてきたあの日々。
その全てが…ついに報われる………!
涙に濡れた顔はまっすぐ誇らしげで、笑顔だった。
「それではティアナ殿!杖の授与を!」
しかし、現実は残酷だった。
「…………長」
この場で唯一、顔が青ざめた人物がいた。
杖をこの街へと運ぶ任務を遂行したティアナだった。
彼女が背負ってきた杖の入った袋、それを開封して彼女は言葉を失いそうになった。
「………これが、中に」
一枚の手紙が取り出された。
封蝋の紋章は、この世界で杖の製作を請け負うスヴァルト地方のダークエルフのものだ。
任務を請け負ったものは荷物を授与式まで開けてはならない、その掟を守ったティアナが知らないのは当然だった。
背筋を走るぞくりとした悪寒に、涙がぴたりと止まった。
「そ、それは……?中にはなんと………?」
慎重に開封した手紙を、ティアナは震えた声で手紙をそのまま読み上げる。
「……6本の杖の依頼、大変申し訳ないが異常が起きた」
会場中がざわついた。
杖の製作で異常が起きるなど今まで聞いたこともない、杖とは成人の証であり誇りだ、異常などあってはならない。
「……いただいた触媒のうち、1人のものが杖の素材と反発し、製作が不可能であった」
つまり、この場で1人、杖を授かれない者がいる。
会場中の視線が一点に集まる。
その一点にいるのは少年だ。
今日という日を誰よりも待ち侘びた少年だ。
「…え……?」
少年の頭は 不可解な現実を理解することを拒否していた。
しかし、その心は事実を重く受け止めてしまっていた。
杖を授かれないのがこの中の一体誰なのか、それを直感してしまっていた。
「…ヴェイル………」
会場に来ていた先生の小さな呟きがこだまする。
やめてくれ、それ以上もう言わないでくれ。
彼はもう充分すぎるほどに苦しんできたというのに、世界はまだ試練を与えるというのか。
お願いだから、無垢な彼をもう解放してあげてくれ。
そんな絶望に対する願いが込められた、一言では言い尽くせない言葉が零れた。
だが、ティアナは止めることができなかった。
聖術師がゆえに、止まることができなかった。
「その者の名は………」
読み上げたくなかった、こんな不条理を少年に押し付けるだなんてしたくなかった。
だが、ティアナはその少年の名を呼ぶしかなかった。
「………ヴェイル…ノクレミナス………」
この世は聖術が全てだ。
聖術に始まり聖術に終わる、この世界はそうできている。
そして世界は、誰よりも努力を重ねたヴェイルを見放した。
声が出ない、出そうとしても喉がひゅうひゅう鳴るだけで言葉にならない。
なんだ?何があった?なんで視界がぼやけてきたんだ?
まるで精神が体と分離してしまったかのように頭が冴え渡っていて、周りの声すらもはっきりと聞こえない感覚がヴェイルを支配した。
なぜだろうか、そんなの理由は一つしかない。
自分自身の夢が、フェルミアとの約束が全部全部壊れてしまったからだ。
「…あ………あ…………」
___いつかきっと、立派な聖術師になって、私のことを迎えに来てくれるって、信じてるよ___
ぴしっ
___愛してる___
ぴしり
思い出に亀裂が走った。
フェルミアと笑い合った思い出が。
迎えに行く約束が。
その全てに深く、修復困難なひび割れが生じた。
自分は聖術師にはなれない
つまり、もう2度とフェルミィに会えることはない
喜びの涙が今度は絶望に塗れたのは、言うまでもなかった。
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