第3話:少年の異常な知識
「……ねぇ長、あれが例の子かしら?」
「例の子……ああ、ヴェイルのことですね、おそらく合ってますよ」
着々と授与式の会場準備が進む中、ティアナは会場に走り込んできた黒髪の少年を一瞥した。
短すぎず少しぼさっとした髪に乗ったフェレットの聖獣が可愛らしい。
「ふーん、あの子がニヴルヘイム様の……」
膨大で格の違うほどの知識を有していながら自身は聖術を行使できない少年、ティアナの興味を引くのに十分すぎる噂だった。
「見た目はパッとしない方……聖力もあまり感じないし……ま、そんなことよりも中身よね」
まだ式典までは少し時間がある、直接本人から話を聞いてみよう、そう思ってまだ幼なさの残る背中に歩いた。
ティアナが近寄る気配を感じたのか、ヴェイルは振り向こうとした。
「……へぶっ!?」
「くるっ!?」
そしてヴェイルは何もないところで躓いてすっころんだ。
頭に乗っていた聖獣がティアナの方へ勢いよく飛んでくる。
「わわっ!?」
それをティアナは慌てて咄嗟に胸に抱きとめた。
豊満なティアナの胸がクッションとなり、スルは怪我することなかった。
「くるるぅ…」
スルは胸の中で小さく丸まり、安心したように目を細めた。
「あなたは大丈夫そうね、よかったわ」
つやつやなスルの毛なみを撫でながら、転倒したままのヴェイルのほうへ歩み寄る。
「いてて…」
「あなた、大丈夫かしら?」
「はっ、はい!大丈夫です、いつものことなので…」
声をかけられて慌てて立ち上がったヴェイルは笑いながら返事をした。
しかし額を石畳に強く打ってしまったらしく、眉間からツーっと赤い血が一筋流れる。
「いや血が出てるじゃないの!?」
「え?あぁ、いつものことですよ、それよりもスルをキャッチしてくれてありがとうございます」
「いやそれどころじゃないわよ!?」
慌てるティアナの腕をするりとスルが抜け出してヴェイルの足元へ、くーくー!と怒って彼の足を短い腕でぽこぽこ叩いている。
ティアナは彼の前髪を掻き上げて傷口を確認した。
「ちょっと見せてみなさい、ぼうや…結構強く打っちゃったわね…」
血が溢れる傷口を確認したティアナはすっと腰に手を伸ばした。
正確には腰元に付けたホルダーに手を伸ばし、そこから彼女の杖を取り出した。
ふーっと一呼吸置きながら聖術の術式を頭の中で確認し、その力を行使した。
杖の先が淡い白に輝き、比較的シンプルな幾何学模様と文字の組み合わさった術式が展開される。
それはヴェイルの瞳に大きく映り魅了した。
その瞳は陽だまりのように輝いていた。
「“セン・ヒール”」
呟かれた聖術の名を合図に淡い光が傷口を包み込み、あっという間に綺麗そのまま修復してしまった。
「ふぅ…これでもう大丈夫よ」
治療を終えたティアナは杖をホルダーに戻し、ヴェイルの反応を待った。
しかしヴェイルはうつ向くままでなにも口にしなかった。
「……ぼうや?」
「くるる?」
ティアナはそれを不思議に思い、足元のスルもどうしたの?と首を傾げた。
「………い」
「な、なんて?」
「すごいっ!!」
ぶわっと一気に上がった顔は、まるで奇跡を目撃したかのように光り輝いている。
そして突然そんな目を向けられたティアナは困惑を浮かべた。
「流石は術師様だ!術の発動スピードに術式展開も速い!!それに傷の程度に対する術の選択と込める聖力量も適切そのもの!!」
饒舌な喋りにティアナの驚きも大きくなるばかりだ。
「え、えぇ………」
「杖は小杖型…ですね!コンパクトで機動性重視な型!取り回し重視で術の発動も速いわけだ!」
「は、はぁ……」
(この子…本当に聖術が使えないの?)
ティアナは困惑と同時に驚愕していた。
ヴェイルの話すことが全て正解であり、杖の好き嫌いなど実際に聖術を使っていないと分かるはずもないからだ。
聖術を使えずにこの知識量、驚きが止まりそうになかった。
「やはり早い判断の必要な現場ではそちらが好まれるのですか?ちなみに術師様はどちらの派閥で?あと得意な系統は?」
くすりとティアナは少し呆れたように微笑んだ。
聖術師として、ヴェイルがここまで聖術のことが好きでいてくれるのが嬉しいのだ。
「ちょっと落ち着いてくれるかしら?そんな一辺に言われるとお姉さん困っちゃうわ?」
「おっと、これは失礼しました……」
困惑したティアナに気付き、ヴェイルはまだ聞きたそうながらも落ち着いた。
再び頭に登ったスルはやれやれとした様子だ。
「えっと……取り敢えず、ぼうやがヴェイルくんで合ってるかしら?」
「はい、ヴェイル・ノクレミナスと申します!というよりなぜ僕のことを?」
「街の方から聞いたのよ、面白い子がいるぞー!って」
「なるほど」
「で、あたしは聖術協会術師団、ミズガル派所属のティアナ・ロウよ、今日はよろしくね、ぼうや」
くいっと帽子の鍔を人差し指で押し上げながら挨拶をすれば、ヴェイルの目は再び強く輝いた。
「やはりミズガル派ですか!この広大なミズガル地方一帯を担当する派閥!術師の実力が全体的に高く、地方の広さとは逆に少数精鋭な実力派!」
「あー、うちそんな風に言われてるのね……“少数精鋭”じゃなくて“人手不足”の間違いよ、人員が足りないからこうやって回復術が専門のあたしが出張ってるのよ」
はあ、とため息をついた。
「え?でもこの地方って人口多いし、志願者は多いんじゃないんですか?」
「優秀な子はみーんなあそこに行っちゃうもの」
くいっと親指で遠くを指し示した。
ヴェイルがその先を目で追うと、薄っすらと見える巨大な城が視界に映った。
中央都市アレグリアだ、聖術協会本部のそびえる聖術の総本山だ。
「ああ……確かに………」
フェルミアもスカウトされて直接あそこへ向かったのだ、優秀な人材はアレグリアの派閥が持っていってしまうのだろう。
「ま、そんなわけだからうちはいつでも募集中よ!特に貴方は後で詳しく話を聞きたいわ」
「ええ!フェルミィの事ならなんでも聞いてください!なんせ幼馴染ですから!」
堂々と答えた、しかしそれに反してティアナはくすっと小さく笑った。
「フェルミィ…ニヴルヘイム様のことかしら?もそうだけど、あたしは貴方自身の事を聞きたいのよ?」
「えっ?僕ですか?」
ピシッと指をさしてきたことに対してヴェイルは驚いた。
まさか自分のことが聞かれると思ってなかったのが窺える。
「ええ、聞いた話だと貴方、ニヴルヘイム様と聖術を学んでいたのでしょう?知識も豊富って聞いたし、あたしは是非とも話を聞きたいわ」
ティアナは実際にヴェイルと話し、彼の知識は自己研鑽にうってつけだと感じた。
きっと彼の話を聞けば新たな知見を得ることができる、そんな気がしていた。
「知識でしたらお力になれると思います!術自体は使えませんが、フェルミィの聖術も手伝っていましたから!」
「そうなの!なら、式典の後でまたお話しましょうね」
「はい!是非!」
「くるるっ!」
「ええ、もちろん貴方もよ、可愛らしい聖獣さん」
僕も!と声を上げたスルに返事をした、可愛らしく微笑ましい姿に少し癒された気分だ。
会話に区切りをつけたティアナは長の元へと戻っていった。
授与式の他にも楽しみなことができたヴェイルは嬉しそうな表情だ。
だが、その会話を嫉妬と侮蔑の混じった目で見る数人がいた。
そんなことにも気づかず、ついに授与式が始まろうとしていた。
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