第1話:聖術を使えない少年の噂
昔々、それはもう悠久の時を遡るはるかな昔のこと。
世界は闇に覆われており、地上には強大な魔物が蔓延っていました。
人々は怯え、壊され、奪われ、争う術もなく滅びを待つしかなかったのです。
ですがやがて、雨は上がり、潮目は変わり、転機が訪れました。
とある4人の聖術使いが現れたのです。
彼らはその力で怯える人々の未来を照らしてみせました。
人々を救い、街を再興させ、聖術という身を守る術を教えたのです。
そして、強大なる魔物たちを闇の箱に封じ込めたのです。
強大な魔物が封じられたことで、人類は光を取り戻したのです。
人々は彼らを“四聖”と呼びました。
「………で、その誉ある四聖様に、ついこの間15歳の女の子が就任したのよ」
黒地に金の線の入ったローブ、聖術師の女性は同じ馬車に乗り合わせた男の子に昔話をしていた。
「へぇー!それってすごいの?」
「すごいなんてもんじゃないわよ、そもそも杖を授かれるのが15歳よ?その四聖様はその段階をすっとばしちゃったんだから、これは最初の四聖様と同じぐらいすごいことよ」
「そうなの!すごーい!」
男の子は目を水たまりに反射した陽のように輝かせて驚いた。
「下の子たちにどんどん追い越されちゃって、お姉さん悲しくなっちゃうわ」
「でも、お姉ちゃんも「じゅつしさま」なんでしょ?お姉ちゃんもすごいね!」
「あら嬉しいわ、ありがとう、ぼうや」
「ぼくもおっきくなったら「じゅつしさま」になるんだよ!」
男の子の隣に腰掛ける母親は苦笑しながら抱えた赤ん坊をあやしていた。
「あらそうなの!じゃあお姉さんは坊やのこと待ってるわね」
その時だった。
「うわっ!?」
ひひーん!!と馬が嘶き、馬車が急停車した。
乗客は体制を崩し、特に大きくバランスを崩した男の子は堪えきれず女性の太ももに飛び込んだ。
「ぼうや、大丈夫かしら?」
「う、うん…何があったの?」
「うーん、ちょっとお姉さんが確認してくるわね」
男の子が起き上がったのを確認してから女性は大きな帽子を持って勢いよく馬車を飛び降りた。
先頭の方へ行くと御者が困ったような怯えたような表情をしていた。
三角帽子を深く被り直し、女性は声をかけた。
「何かあったの?」
「術師様!ええ実はあれが道を塞いでまして……」
話しかけられた御者は進行方向にいるそれを指差した。
「ああ、レスウルフね、一匹ということは“はぐれ”かしら」
白と灰色の毛並みをした、大人ほどの大きさの魔物、レスウルフだ。
本来群れで行動するが、一匹だけなのははぐれた個体なのだろう。
「……一匹でよかったわ」
魔物と対峙した彼女の首筋に一滴だけ汗が見える。
「任せてちょうだい、あたしは回復が専門だけど、一匹ぐらいならなんとかなるわ」
「あ、ありがとうございます!」
今にも飛びかかりそうなレスウルフに対して女性は腰元のホルダーから杖を抜き、すぐに頭の中で行使する聖術を浮かべた。
「グルルルル………!」
女性から敵意を向けられている、そう感じたレスウルフは毛を逆立てて威嚇を始めた。
御者はより怯え、馬もたじろいでいる。
杖が思考を読み取り、術式を展開する。
美しい幾何学模様の術式が空中に浮かび、淡い緑色の光が灯った。
「グルゥァッッ!!!」
「危ない!!」
レスウルフが飛びかかろうとしてきた。
鋭い爪と牙、小さい子どもならばひとたまりもないほどの硬さと鋭さだ。
だがそのどちらも女性に届くことはなかった。
完成した術式が光り輝いた。
「“セン・ウィンド”」
術式から現れた風の刃がレスウルフをいとも容易く切り刻み、沈黙させた。
その場に倒れ込み動かなくなったのを確認してから女性はふう、と一息ついた。
「なんとかなったわね……一匹だけで助かったわ」
何一つ無駄のないその動作に、御者は感嘆した。
そして気づけば女性に尋ねていた。
「じ、術師様…貴方はどちらの……」
「ん?あたし?」
くるっと振り向き、三角帽子の鍔を小さい杖でくいっと持ち上げた女性。
帽子の影から現れた美しい顔に、御者は言葉を失った。
「ティアナ・ロウ、ミズガル派の回復術師よ」
こっそり見ていた男の子は、将来の夢の姿を見た。
大通りだけでなく、街中はどこもかしこも賑わっていた。
子どもたちは駆け回り、大人は酒を酌み交わし、あたりに香ばしい香りが漂っている。
「おう!術師の姉ちゃん!持ってきてくれたのか!」
「ええ、仕事だし、ちゃんと持ってこなきゃ困るでしょう?」
くいっと背負った荷物をアピールした。
「ちげえねえな!ガッハッハ!!」
昼間から酒が回ったドワーフの男性は凄く陽気だった。
「それにしてもすごい活気ね、他の街も見てきたけどここは特段活気よ?」
「そりゃそうだ!なんせ小僧どもが杖を授かるだけならまだしも、孤児院の小娘が大出世したんだからな!!」
「1人の出世でここまで騒ぐの!?住人同士ずいぶん仲がいいのね」
ティアナはたったそれだけで街全体がここまで騒ぐのが驚きだった。
「なんだ姉ちゃん知らねえのか!?おいみんな!この姉ちゃんに、ここが誰の街か教えてやんな!!」
「なんだ知らねえのか!そいつはびっくりだぜ!」
「術師様だから知ってるもんだと思ったぞ!」
酔ったドワーフの声に多くの人が驚きを隠せずにいた。
「街の外れにある孤児院の小娘!フェルミアがこの間“四聖”サマになりやがったんだ!」
「なんですって!?ここ、ニヴルヘイム様の出身地なの!?」
ティアナは顎を外すほどに驚いた。
史上最年少で“四聖”に就任した規格外の少女、フェルミア・N・ニヴルヘイムがこのような辺境出身だなんて思いもしなかったからだ。
「あのお転婆娘が“四聖”サマになっちまったんだからな!騒ぐしかねえべ!!」
「昔は木から落っこちてた小娘が今や“四聖”さまだぜ?まだ信じらんねえよ!」
「そうだそうだ!!向こう1月はずっと祭りじゃあ!!」
流石に一月は長すぎだと思うが、それほどまでに素晴らしいことなのだ。
酒飲みはそういえば、とニヤリと笑った。
「もしかしたら、嬢ちゃん並みのやつが今年出るかもな!!」
「あのボウズのことか?それは無謀ってもんだぜ?」
「なあに?ニヴルヘイム様ぐらいすごい子がいるの?」
聞けば酒飲みたちは微妙そうな顔をする、何かワケがあるのだろう。
ティアナは聞き逃したら仕事に支障が出てしまうぐらいには気になった。
「あー…なんだ、ボウズはすげえやつさ、街で1番聖術に詳しいさ」
「なんせ、嬢ちゃんと幼馴染だからな!」
「そうなの!じゃあまさしくニヴルヘイム様並の才能じゃないの?」
「あー、知識に関してはそうなんだが……その……」
だが、酒飲みたちの言葉は歯切れが悪く、ティアナは眉を顰めた。
「その………実はな?ボウズなんだが………聖術がまるっきり使えねえんだ」
「そう、聖術が使えないのね………使えないの!?」
ティアナは言葉を失ってしまった。
聖術が使えない。
そんな人なんて、ティアナは見たことも聞いたこともないからだ。
「本人は「杖さえ貰えればきっと!」ってはしゃいでたが、どうなることやら」
「あいつは使えるようになったら間違いなく逸材だからな!!術師の姉ちゃんも面倒見てやってくれや!」
「そうね、授与式で会うだろうから、話聞いてみるわね」
「おう!あのボウズを頼むぜ!」
そう言い残し、ティアナは再び街の中心へと歩き始めた。
背中に背負った荷物がなんだか少し軽い気がした。
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