手紙にしたためられた恋慕
幼いころの夢を見た。
黒髪の少年が私との別れを惜しむ夢だ。
___…うんっ、ぜったいに、絶対に、フェルミィのことを迎えに行くよっ…!___
彼は涙ながらにそう言ってくれた。
ああ、嬉しい
私もあなたのことをいつまでも信じてるよ
___うんっ、いつまでもヴェルのことを待ってるから!___
___いつかもう一度、フェルミィの隣に行ってみせるから!___
そう、だから私はただ待ち続ける。
彼がいつの日か必ず私のことを迎えに来てくれるその日まで、私は待ち続ける。
例え何十年も経っちゃって、私がおばあちゃんになっても、来世になってしまったとしても、私は待ち続ける。
これが永遠の別れだなんてほんの少しも考えたことはない、だって……
ヴェルなら、きっとできるもの
「_____」
そう、だから私はこの部屋から空を眺め続ける。
彼もきっと同じ空を見上げているから。
「____ア」
そう、だから私は指輪を握る。
彼もきっとこの指輪のネックレスを握り、勇気をもらうから。
「___ミア」
そう、だから私は………
「フェルミア!!しゃんとなさい!!!」
怒鳴り声が部屋に響いた、あまりの煩さにフェルミア目をつむってしまう。
声の主である白髪の女性は眉間にしわを寄せていた。
「フェルミア!!ぼさっとしてないで手を動かしなさい!!」
書類の束を持ちながら彼女はフェルミアを厳しく叱った。
それに対してフェルミアは露骨に嫌そうに大きくため息をついた。
「はぁ……せっかくいい夢だったのに…ばぁばって融通が利かないなぁ…」
「どうせあの子の夢でも見ていたのでしょう?まったく……寝ても書類の量は減りませんよ」
むしろ増えます、と女性は付け足した、そんなのフェルミアからすれば聞きたくもなかった。
扉の前で使用人がまたやってるよと言わんばかりの呆れ顔を見せている。
「ばぁばが片付ければいいじゃん、私はやりたくないよーだ」
椅子の上で藍色のローブごと膝を抱えていじけて見せる。
「あなたしかできない仕事だから言ってるのです」
「この紙全部?」
当たり前だと頷いた、聞かなければよかったとフェルミアは後悔した。
机の上には書類の塔が4つほど建築されている、なんならまだまだ建設途中だ。
上にある紙を一枚手に取り、机に寝そべりながらフェルミアは内容を見た。
「………これ本当に私の仕事?」
「そうだとさっきから言ってますよ」
「こんな判子押すだけの仕事だよ?」
「あなたしかできませんが?」
「いや誰でもできるくない?」
「あなたしか使えない判子だからです」
左手でぷらぷらと遊ばせていた長方形の判子を一瞥する、彫られているのは雫に乙女の横顔の紋章、聖術協会ニヴル派のものだ。
「ばぁばがやればいいじゃん」
「残念ながら私はもう“四聖《アルヴ=マナス》”ではないので」
ぼやきながら書類を追加するその姿はフェルミアには最も恐ろしかった。
うへぇ、とうなだれる姿を見て女性は今日一番大きなため息をついた。
「しっかりなさい、四聖フェルミア・N・ニヴルヘイム」
史上最年少の四聖は顔を上げなかった。
まだ少女の範疇の彼女にふさわしくない仕事量に対するせめてもの反抗だ。
「フェルミア…」
「………」
返事をしない、こうなっては梃子でも動かないのを女性は熟知していた。
使用人の方を一瞥するも、さあ?と肩をすくめるだけで解決はしない。
ため息をつきながら仕方なく、奥の手を使うことにした。
「今回だけ特別です、フェルミア」
まだ顔を上げない、前に似たことを言われて顔を上げたら書類が飛んできた経験があるからだ。
「……もうすぐ、杖の授与式がありますね」
ぴくっとフェルミアの体が反応した。
これはいけると踏んだ女性は畳みかけることにした。
「あなたも本来なら今年杖を授かる予定でしたね」
ちらりと壁に立てかけられた立派な白色の長杖は神秘的でフェルミアと似た雰囲気を纏っている。
「………つまり、今年の授与式は…」
「ヴェルが杖を授かる!!」
いじけ具合が嘘だったかのようにフェルミア飛び起きた。
彼女は幼馴染について話されると誰よりも活発になるのだ。
普段ならここで顔に書類を叩きつけているが、今回だけはしなかった。
「そこで、書類を片付けたあなたにひとつだけご褒美をあげましょう」
「なに!?ヴェルを連れてくるの!?それとも私がヴェルに会いに行っていいの!?」
「いやそれはだめです」
目に見えてショックを受けている、勝手に期待して勝手に意気消沈して、見ているだけなら本当に面白い女の子だ。
長いブロンドをくるくる指に巻き付けていじけはじめた。
「けちんぼぉ…後期高…」
「ご褒美をなくしましょうか?」
後期高齢者など彼女の前で言おうものならば書類が少なくとも5倍にはなるだろうことは目に見えている。
あまりの圧にフェルミアは口をつぐむ。
黙って怯える顔を見て、女性はもう一度大きなため息をついた。
「…ご褒美に、彼に手紙を出すことを許可します」
そう告げた瞬間、部屋の中が濃密な霧に一瞬にして満たされ、数秒後には霧が消え去った。
「終わったわばぁば、はやく便箋をちょうだい」
あまりに一瞬の出来事に女性は呆れることしかできなかった。
ちゃんとやればすぐ終わるのに、ため込むから怒られる羽目になるのだ。
試しに山の真ん中から書類を何枚か引き抜くと、すべて完璧にこなされている。
「いったいどうやったのですか」
「書類分の《《人数揃えて》》判子押しただけ」
「たったこれだけのことに超高難度聖術を使わないでください…」
まったく奇想天外なことをするものだ、この天才は。
女性はあきらめたように笑い、懐から一通の便箋を手渡した。
「なんてかこうかしら……」
すぐに羽ペンにインクを付けて彼女の思いの丈をどう綴ろうか考え始める。
ついさっきとんでもないことをした四聖とは思えない、年相応の顔だった。
女性の目には恋する乙女なフェルミアが世界で一番可愛らしく映った。
まるで孫を見る祖母のような眼差しにフェルミアは気づかなかった。
「それで、何と書くのですか?」
人差し指を唇の前に移動させ、フェルミアは満面の笑みを浮かべた。
「ひみつよ」
ちりん、指輪のネックレスが揺れた。
たった一文の愛情を綴るのに、5日間はかかった。
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