第14話:見送りと贈り物
レスウルフが街を襲撃して数日が経った。
街はすでに活気を取り戻し今日も多種多様な人々が賑やかに働いている。
そして一番の被害を被ったヴェイルの小屋も街の人たちの手により壁がきれいに修復されていた。
割れた写真立てや破れた書類はどうにもならなくとも、ヴェイルとフェルミアの研究小屋に変わりない。
ゆらゆらと、ランプにともされた火が揺れる、埃っぽい部屋の匂いは居心地が悪い。
療養を終えたヴェイルは小屋の隠された地下室にいた。
「………ん」
小さい机に立てかけた杖、ノッテ・ブレッダが隠されていた部屋には未知の資料が眠っていた。
研究者気質のヴェイルにとってこれほどまでに心躍る場はないだろう。
現に今も椅子に座って未知の研究とにらめっこの最中だ。
……ぱちぱち
僅かな隙間風が火の粉を散らす音だけが小さく響いた。
喰いつくように文字列と挿絵を注視する、ただそれだけに集中するように。
「………あー…」
ぼやっとした呟きののち、彼は顔を上げて頭をぼさぼさと掻いた。
そして数日間読み込んだ末にひとつの結論を出した。
「……なにこれわかんないよぉ………」
地上の研究とは次元が違った。
言語も挿絵も、ヴェイルの頭脳を持ってしても理解不能だった。
「くーん!!」
上からスルが呼ぶ声がする、どうやら時間が来てしまったらしい。
「今行くよ!」
パタンと冊子を閉じる、きっと戻ってきた時には少しはわかるようになっているだろう。
立てかけたノッテ・ブレッダを手に取り、ヴェイルは地上に戻る。
小屋の書類も実験器具も綺麗に片付けられていた。
机の上に置いてあった透明な大粒の聖石を手に取り、ヴェイルは強く握りしめた。
綺麗になった机を見て、幼い日の光景が浮かんだ。
_____これがこうじゃないヴェル?______
_____ええ!?なんで!?_____
_____なんかそんな気がするの!!_____
_____やっぱりフェルミィはすごいね!_____
追いつこうと必死に羽根ペンを動かす少年と、その姿を見て微笑む少女の姿が見える
_____うん!できた!_____
_____うん!やっぱりヴェルなら………_____
指輪のネックレスをぎゅっと握った。
「僕なら、きっとできるよ」
そうだよね、フェルミィ
にこっと少女は満面の笑みを浮かべた。
「行ってきます」
泣きたくなるほど優しい光景にそう告げて、成長した少年は小屋を出た。
_____行ってらっしゃい_____
そう言われた気がした。
街の中心から遠いというのに、外にはいろんな人が集まっていた。
街の大人に子どもたちに先生まで、大勢がヴェイルを待っていた。
予期せぬ人の数にヴェイルはたじろいでしまう。
「来たかボウズ!!」
「にいちゃんだ!!」
「皆さん!!なんでここに!?」
「そんなの決まってんだろ?」
ドワーフの男性がニヤッと笑う、周りも似たような顔をしている。
「にいちゃんを見送りに来たんだよ!!」
今日はヴェイルが旅立つ日だった。
街を救った彼を皆であたたかく送り出そうというのだ。
ティアナが少し離れたところで笑ってこちらを見ている、馬車に荷物も乗っている。
「みなさん……!」
話をするためにノッテ・ブレッダを地面に突き刺した。
「兄ちゃん!これ!」
襲撃の際、ヴェイルに守られた少年が前に出てそれを差し出した。
写真立てだ、木製の枠に綺麗な石がいくつも散りばめられている。
「これって……」
「写真立て、割れて悲しんでたからさ…俺たち頑張ってつくったんだぜ!!」
石の位置は少しずれていたり接着剤の跡が見えていたりする、子どもの手製だとよくわかる少し雑な出来だ。
だが、暖かみのあるそれがヴェイルには嬉しかった。
「…ありがとう、すごく嬉しいよ」
「おれたちこそ、助けてくれてありがとな!」
「どういたしまして!」
こつんと小さい握りこぶしにこぶしをぶつけた。
少年のまぶしい笑顔が移ったように、ヴェイルは自然に笑っていた。
「じゃあ次は俺たちからだぜボウズ!」
それを見た大人たちが寄ってきた、彼らの手には各々が選んだ祝いの品がある。
「ほらヴェイルくん!これ移動中にでも食べなさいな!」
奥様方からは一人では食べきれない量のご飯が。
街を出た後、しばらくは食べられないであろうふるさとの味だ、味あわせてもらおう。
「俺たちからは…こいつだ!!」
男たちが取り出したのは灰色の皮で作られた鞘とだった。
その皮を見てヴェイルはとある魔物を思い浮かべ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「これって……」
エルフの男がずばりと言った。
「ああ、先日のレスウルフのものであるぞ」
ヴェイルの前に立ちはだかった隻眼の大狼、その皮が素材として扱われていた。
「すごい……」
感嘆したヴェイルの目は輝いていた。
「ボウズの杖、長剣型なのはいいが鞘がねえだろ?」
視線がノッテ・ブレッダに向けられた、裸の刀身は呼んだか?と日の光を反射して輝く。
「ええ、向こうに行ってから探そうと思ってました」
「でもそれじゃあ背負ったら背中がずたずたになっちまうぞ!がっはっは!!」
「加工するのも大変だったのだぞ?」
鈍い艶と獣特有の重厚さを兼ね備えたそれはヴェイルの心を奪うのには十分すぎた。
だが、すぐに受け取れるほどヴェイルは図太くなかった。
「そんな申し訳ないですよこんなすごいもの!お金払います!!」
「がはははっ!!良いってことよ!祝いの品つったろ!?」
バシバシと遠慮するヴェイルの背を叩く。
傷が治ったばかりの背にはよく響いて痛い。
獣人族の男が腕を組んで言った。
「我が部族では、初めて仕留めた魔物の素材の装備を作るんだ、これは俺の仕留めた獲物だってな」
「僕の仕留めた獲物……」
自分1人で仕留めただなんて到底思えない、あの化け物はティアナが耐え抜いてくれたからこそ倒せたものだ。
彼女の方へと目線を向けた、その顔は誇らしく微笑んでいる。
帽子の鍔を指で押し上げて「貴方の功績よ」と言わんばかりにウィンクした。
ならば、ヴェイルは譲り受ける他なかった。
「ほら!受け取れボウズ!」
押し付けるように差し出されたそれを、ヴェイルは重く受け止めた。
黄色の隻眼に見つめられているような、そんな気配を感じた。
地面に刺さったままの剣を引き抜き、貰った鞘に収めた。
まるでそれが今まで通りだったかのように、その姿はヴェイルにとってしっくりきた。
ノッテ・ブレッダも喜んでいる、そんな気がした。
「ありがとうございます!大事にしますね!!」
付属のベルトを肩から回し、杖を背負った。
「傷だらけになっても捨てんじゃねえぞ?」
「捨てられたら、我々は泣いてしまうからな!」
そうだそうだ!がはははは!!と、まるで授与式の日のように大人たちは大笑いをする。
自身の旅立ちがそこまで喜んでもらえるのが嬉しく、胸がじんわりとあたたかくなった。
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