第12話:弱者の意地
聖術が発達した現代において、新たな聖術を作ることは誰もが夢見る偉業だ。
「………本当に、できるのかしら?」
そんな神の御技に等しい奇跡を信じて、本当に良いのだろうか、命を預けても良いのだろうか。
そんな葛藤が生まれ、立案した少年にその真意を問う。
投げやりか、自信過剰か、はたまた確信か。
ヴェイルの出す答えは揺るぎなかった。
「はい、やってみせます」
力強い光を宿した瞳にはティアナを納得させるだけの確信が秘められていた。
ああ、この子ならきっとできる、もう一度奇跡を起こせる
そんな確信がティアナの中に生まれた。
「…わかったわ!お姉さんに任せなさい!」
彼女の相棒である杖をギュッと握り直し、隻眼となったレスウルフに向かって走り出した。
手負の大狼はもう片方の目を潰されることを危惧して自ら仕掛けてくることはなかった。
一方でヴェイルは杖を手にした時と同じように奇跡を手繰り寄せるために全力で頭を回す。
「セン・ウィンド!!」
最終ラウンドが幕を開けた、ティアナが残った目を狙って風の刃を放つ。
ひゅん!と空気を切り裂いて進む刃は黄色の瞳に届く前に阻まれた。
「ぐるるるる……!!」
だがレスウルフはもう油断しない、この女を壊れない人形だとも煩わしい羽虫だとも思わない。
なにより、自身の片目を奪ったこの聖術師を叩き潰せなければ気が済まない。
「さあ…来なさい、ワンちゃん!」
「ぐるるぁっっ!!」
レスウルフが動いた、今度こそティアナの命をすり潰すために。
「さあ…!行くわよ!!」
できるだけ広く、敵の半分になった視界を遮るかのように
杖はティアナの意思に応え、展開した赤い術式から火球を生み出す。
「セン・フレイム!!」
大きく、それでいて薄い歪な火球だ、ただでさえダメージを与えられないのにこんなものではかすり傷すらつくはずもない。
レスウルフは臆することなく火に飛び込んだ。
予想通り薄く広げられた火は痛くも痒くもなく、レスウルフはすぐさまティアナの腹に爪を突き刺してやろうとした。
「ぐ、ぐる…?」
しかし、そこにティアナの姿はなかった。
炎の先にいるはずの女の姿がない、どこだ、どこに消えた。
レスウルフは困惑する。
「こっち……よっ!!」
困惑したレスウルフに強烈な衝撃が走る。
強い痛みはない、しかし鈍く重い感触が失った視界の方から伝わってくる。
「ぐるぁっ!?」
すぐに声と衝撃の方を向くとティアナが握り拳を振るった後だった。
痛みなんかよりも、圧倒していた女に1発殴られたという屈辱が何より悔しくて仕方ない。
群れを仕切ったものとしてのプライドが砕け散った気がする。
「っつ!?硬すぎよ!?」
振り抜かれた拳もダメージを受けている、硬い筋肉と体毛をぶん殴った手は無事で済むわけがない。
与えたよりもよっぽど重い痛みが拳に残っている。
レスウルフの切長の瞳にはティアナに対する憎しみと恐怖が満ちていた。
「ぐあぁっ!!!」
「がふっ!?」
反転しながら繰り出された後ろ蹴りがティアナの腹に刺さる。
硬い体毛が衝撃で吐き出された血に染まる。
蹴られたボールのようにティアナはまた吹き飛ぶことになる。
「ごぼっ!!」
めきゃっ!!と骨が折れる嫌な音を立てて木に衝突した。
痛々しい、あまりにも無惨な姿だが、血に濡れたティアナの口はにんまりと笑っていた。
残念、あたしのこと殺せなかったわね
「っゔっ!!」
そんな煽りを言われたかのような苛立ち、レスウルフはティアナに勝利したはずなのに強烈な敗北感を感じることとなった。
自分自身の生き様を笑われたかのような苛立ち、こいつだけは何がなんでも殺さないと気が収まらない、そう感じている。
そして、ニヒルな笑みを浮かべたティアナが問いかけた。
「いける、かしら?」
ティアナが一矢報いた功績は、少年に引き継がれた。
「ええ、完成しました」
ぞわり
毛が逆立ち、気持ち悪い悪寒が全身を支配する。
まるで自分自身の死がたった今確定したかのような感覚をレスウルフは感じる。
感覚だけでわかる恐怖の象徴を見たくない、そこに何がいるのかを知りたくない。
だが見なければ回避することも叶わない。
いうことを聞かない首を無理やり回して隻眼で捉えたものは、巨大な術式を2つ重ねた黒髪の少年の姿だった。
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