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第10話:杖は待っていた

「よし…ありがとうぼうや、もう大丈夫よ」


足の修復を終えたティアナは気丈に笑い、再び惨劇を演じようとする。


「さ、お姉さんに任せて逃げなさい」


だが、ヴェイルは動かない。


「ぼうや……?」


上げた面は覚悟を決めて、一振りの剣のような鋭さを持ち合わせていた。

紡いだ言葉はティアナの予期せず、驚かせるものだった。



「逃げません」



「あなたっ!?なんで……」




「ティアナさんを見殺しにするやつに、フェルミィの隣に立つ資格なんてありません」



「は……?」


なぜ今ニヴルヘイム様が?ティアナは呆気に取られた。

だがヴェイルは至って真剣だ。



「フェルミィが愛してくれた僕は、優しくて自由な僕なんです」



ああ、滑稽だ。

愛する人の愛する自分でいたい、ただそれだけのために命を投げ捨てようとしている道化だ。

力を持ち得ぬ少年が遥か高みの少女を思い続ける。


ああ、実に滑稽極まりない。



だが、その一途な姿は泥にまみれながらも、実に気高く美しかった。



くすっと、接敵中にも関わらずティアナは笑ってしまった。

そして少年の覚悟を受け止め、認めた。


「なら、杖もないのにどうするのぼうや?」


あの化け物を撃ち倒す力がない、ヴェイルが覚悟を決めたところで2人とも嬲り殺されるオチは変わりっこない。


だがヴェイルの頭はやけに冴えていた。

そして感じ取っていた、そこに《《それ》》があるのを。


「なんで僕だけ杖を作れなかったんだと思います?」


自分だけ授かれなかったことへの嫌味ではなかった。

突然の質問にティアナは困惑した、敵を前に命はまさに空前の灯火、そんなのに答えている暇があるとは思えなかった。

だが気づけば彼女の代わりに質問者であるヴェイルが答えていた。


「杖は、誰1人例外なくひとつだけなんですよ」


ただの常識だ、この世界における不変の定理である。


「それがどうかしたの?」


「あいつに小屋をめちゃくちゃにされたからかな、気づいたんです」


こつ、靴の音がした。

一歩、レスウルフの方へと歩みを進める。


「僕はフェルミィがいないと何もできない」


こつ、靴の音がした。

また一歩、歩みを進める、ティアナは不思議と止める気にはならなかった。


「だからフェルミィの支えになる力が欲しかった」


こつ、靴の音がした。

得体の知れない何かと対峙したレスウルフは認識を改めた。


「でも、それは違った」


靴の音が止まった。


「僕は、僕自身の力でフェルミィの隣に行きたいんだ」


フェルミアが愛してくれた自分は、きっと彼女を支えるだけでなく、自分の足で聖術という荒野を開拓する自分だから。


それを自覚したヴェイルは感じていた。

そして理解した、なぜ自分が式典で杖を授かれなかったのか、なぜ杖の作成が失敗したのか。


「……僕は既に持ってたんだ」


杖は1人にひとつ、不変の定理


「………杖は、主人の呼びかけに応える」


ティアナが彼女の持つ小杖型《ワンド》を撫でながら呟いた。


聖術師と杖は一心同体、相棒であり家族、例え世界中が敵になっても唯一の味方となってくれるもの


スッと腕を小屋の方へと伸ばす、まるでそこに何かがあるのを指し示すかのように


「ずっと、そこにいてくれたんだ」


ガタガタ……


「なんの音?」


小屋の中、レスウルフに崩された床板のその下から音がする。

まるで長年待ち侘びたかのように、有り余った活力を誇示するかのように。


ゆっくりと、そして手のひらを音のする方へと向けた。


「ぐるるるるる………!」


レスウルフの警戒がより強まる。

何かが来る、それも強大で感じたことのない質の何かが。

ティアナもそんな感覚を前にして首筋に汗が伝った。


ガタ……ガタ……ドスン……


音はすぐそこまで近づいている。

肌で感じる重圧、得体の知れない悍ましさと頼もしさのある気配だった。


「…さあ、応えてくれ……」


ヴェイルの視界に映るのは愛おしい彼女の背中


伸ばす手を阻む鳥籠


どうか僕に応えてくれ


キミが、自由を阻むこの檻を壊す力だというなら


キミが、フェルミィの隣に届きうる力だというなら




キミが、僕の力となってくれるなら!!




ガタン!!ひゅん!!!



瓦礫を押しのけた音、そして空気を切り裂いて飛来する音


「な、何っ!?」


突如ヴェイルの元へと飛来するそれをティアナは目で捉えられなかった。


まるでそれが当たり前かのようにヴェイルの手のひらに収まり、そして甲高い金属音を鳴らした。


「そう……ありがとう……」


ぎゅっと、右手でそれの柄を握る。


剣など振ったことのない少年には見えなかった。


白金のように輝く刀身、対象的に黒曜石のような輝きでありながら黒樫のような重厚感を宿した柄。

真ん中に、埋め込まれた聖石は夜空のような藍色だ。


「杖………?それも長剣型《ブレード》……?一体どこから?」


自身の3分の2ほどの長さをした長剣型の杖は、この時を待ち侘びていた。


主人が自身に打ち込まれた楔から解き放たれる瞬間を。

自分自身の力を求める瞬間を。




そして、新たな主人が名を呼んでくれることを。




「ノッテ…ブレッダ……」



それは、主人《ヴェイル》の目覚めを待っていた杖の名前だった。


読んでいただきありがとうございます!!


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