第7話 泣き虫王女は想定外
「お茶が冷めましたので、入れ直してきます。お二方、しばしお待ちを」
「あ、城内は分かりにくいでしょうから、ワタクシがリッカについて行きます。フォンティーアさま、姫さまをお願いしますね」
王女殿下の寝室から、従者が二人出ていく。
王女殿下とわたしだけになった部屋。
わたしは、魔法灯に照らされた王女殿下の幼くも端正な顔を見る。
……わたしと王女殿下の二人だけなんて。かなり信用してもらえたのね。普通は、守護者が守るべき存在から離れるなんてあり得ないもの。
「二人だけの今なら話せることがありますわ。ティア、貴女とわたくしの間。同じ日本に生まれていたのに、わたくしが貴女を知らなかった理由を。一応、念のため、前世のお名前を教えていただけますか? わたくしの前世での名前は……」
王女殿下が話す言葉は、全て日本語。
久しぶりに聴く母国の言葉に、わたしの心はじんとなる。
「……。やっぱり聞き覚えは無いわ。なら、もう一つ。貴女の最後の記憶の年代は? 年号でも西暦でも良いわ」
わたしが自分の前世名を語ると、知らないというエッタ。
更にわたしの没年について尋ねてきた。
「確か、あの年は西暦2030年代後半だったはず」
「やっぱり!! わたしが亡くなったのは2020年代半ばよ。それでティアの事を知らなかったのね。納得だわ!」
わたしの答えを聞き、にんまりしながら自分の前世没年を語る王女殿下。
その答えに、わたしも納得をした。
「つまりわたしが亡くなったのは王女殿下よりも十年くらい未来だったのですね。なら、わたしが宇宙飛行士になる前、学生時代からNPO活動に参加し始めた辺り。それで知られていないのも納得です」
「うんうん。何処かおかしいと思っていたんだけど、これで理解できたわ。そうか、転生でも時間差が生まれるんだ。あ、そういえば仮想戦記で未来から転生したら、どうとかという物語もあったっけ?」
久しぶりの日本語で会話する二人。
どうやら王女殿下も、日本語が通じる相手が今までいなかった様で、とても楽しそうに話している。
「でしたら、今後も二人の間での秘密会議や秘密文書のやり取りは日本語にしたら良いですよね、王女殿下。この世界人からすれば、間違いなく暗号ですし」
「うん、そうしよう、ティア! あー、日本語で話せるのが楽しいー」
「あら、何をお話ですか、姫さま。えらく盛り上がっていましたし、何か聞き慣れないお言葉に聞こえましたが?」
二人で話し込んでいたところ、リッカを案内していたセリーヌがドアをノックして寝室に戻ってきた。
「うふふ。二人だけのナイショ話ですわ。あ、でも今のはティアとの個人的な話。これから話す世界の話とは無関係ですの」
言語を現地語に切り替え、セリーヌに説明する王女殿下。
わたしはリッカに入れ直してもらった茶を、毒味のために先に口へ含む。
そして先程まで日本語を話して嬉しそうだった王女殿下の様子を思い出し、笑みを浮かべた。
「では、改めてお話致しします。この世界が前世にて作られた『同人』系『乙女ゲーム』と同じというのが、わたくしの推論です。あ、『同人』というのは、普通の個人が作ったという意味ですわ」
ベッドに正座し、真面目な顔で話し出す王女殿下。
この世界が『乙女ゲーム』と同じだという、先ほどの話をもう一度繰り返す。
「わたしは、この世界が『地球』と類似している事を観察で分かりましたが、王女殿下はどうしてゲーム世界と同じだと気が付かれたのですか?」
「ティア。わたくしのことはエッタと呼びなさいと言いましたわよね。前世の生まれた国も同じなのですから、名前……、いえ、愛称で呼ぶのです!」
なぜか愛称呼びに拘る王女殿下。
しかし、流石に恐れ多くて名前で呼ぶのすら、簡単には出来ない。
「フォンティーアさま。姫さまの望むようになさってください。せっかく全てをお隠しせずにお話できる友達が出来たのですから」
「あ、もう恥ずかしいです、セリーヌ。でも、わたくしは、と、友達にずっと憧れてたの。この世界で王女として生まれ、誰もが遠くからしか見てくれなかった。お母さまも弟と一緒に亡くなって、お姉さまもお兄さまもお忙しいし、父さまもお悲しそうで……。一人で秘密を抱えて、誰にも話せなくて。世界がこのままじゃ壊れるのが分かってても、自分一人じゃ何も出来なくて……」
しかし、セリーヌは王女殿下の望むようにしてほしいと語り、王女は大粒の涙をこぼしながら、ぽつぽつと語りだす。
自分がずっと孤独だったと。
「ちょっと、待って。え、エッタ。な、名前なら何度でも呼んであげるから。それよりも世界が壊れるってどういう事なの?」
「ティア。もっと、もっと名前で呼んでよぉ。わたし、もう一人ぼっちは嫌なのぉぉ!」
わたしにぎゅっと抱きつき、幼子のように激しく嗚咽しだすエッタ。
「うんうん。もう、一人じゃないよ。わたしだけじゃない。セリーヌさん、リッカも一緒だよ」
わたしもエッタを抱きしめ返す。
セリーヌとリッカは、二人顔を見合わせ、わたし達に微笑んでくれた。
◆ ◇ ◆ ◇
「ごめんなさい。これでは王族として失格ですわね。つい、感情が溢れてしまいましたの。これまで辛抱していたのが、全部溢れてしまいましたわ」
「いえいえ、エッタ。わたしは気にしてませんです。これまでずっと一人で抱え込んでいられたのでしょう?」
落ち着くまで半刻ほど必要であったが、やっと泣き止んだエッタ。
部屋に置いてあるゼンマイ仕掛けの時計は、もう十二時を過ぎてしまった。
「あら、すっかり夜が更けてしまいましたわね。詳しいことは、また明日で良いですか、ティア?」
「世界の破滅というのは気にはなりますが、もう深夜。そちらの方がいいですわね。急いだ話ではないんですよね、エッタ」
「ええ。世界の破滅には、まだ数年は余裕がありますが、対策は早い方がいいのです。で、ティア……。出来ましたら、わたくしに協力を……」
これまでは王族として、凛として立派な姿を見せていたエッタ。
しかし目の前にいるのは、今にも泣きそうで気弱な年相応の小さな女の子にしか見えない。
……こんなの、放っておけないよね。それに、世界が崩壊するってのを聞いたら、黙っていられないわ。
「はい、喜んで協力させて頂きますわ、エッタ」
「ありがとぉぉ、ティア!」
わたし目がけて飛びついて、また抱きつきに来るエッタ。
「はいはい。ずっと一緒ですから、安心してね」
その晩、わたしはエッタに抱き枕にされて、そのまま眠った。
……もう一人じゃないから大丈夫だよ、エッタ。
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