第44話 死闘は想定外の方向へ
多くの人々が住んでいたスラムを瓦礫と灰塵へ化し、暴れまわるアイアンゴーレム。
わたしの策による水蒸気爆発と爆発による上空への打ち上げからの墜落で、大ダメージを受けている。
左手は失い、右腕と両足も大きく歪む。
そのため歩む速度は非常に遅く、きしみ擦れる異音を立てながら、優先攻撃対象と見なしたわたしとエッタに迫る。
「エッタ! 今度は温度差による熱膨張と金属脆弱化で攻めます。まずは足止めも兼ねて、わたしがゴーレムを凍らせます!」
「分かったわ、ティア! わたくしも、大技は残り一発がやっと。ここで勝負決めますわよ」
足にケガをして思うように動けないリッカ、彼女を守る騎士のセリーヌを守るように、二人から離れる方向へ絶えず移動しながらゴーレムからの攻撃対象になるように魔法攻撃。
それなりにはダメージが通っているようだが、トドメにはまだまだ遠い。
「行きます!! <永久凍結棺>!」
わたしが残る魔力を駆使して行使した風・水系混合の特級魔術。
それは対象物の周囲にある空気を魔力で一旦圧縮したのち、対象物を急速に冷却する魔術。
断熱圧縮された空気は一旦高温となるが、これを魔力で急速に冷却したうえで、圧縮していた圧力を一気に解放する。
断熱膨張によってさらに温度が低下し、マイナス二百℃近くまで冷却された空気中では、窒素や酸素の一部が液化する。
そして生み出された超低温の液体空気を対象へとまとわせながら、さらに冷却。
やがて液体空気そのものまで凍りつき、対象を分厚い固体空気の棺へと封じ込める。
風と水の魔術を組み合わせた、対個人戦闘魔術としてわたしが使える最大級の拘束術だ。
……周囲の空気の分子運動をコントロールするのは、我ながらすごいよね。生物相手に使ったら、殺さずに永久封印ということにも使えるらしいけど。
「はぁ、はぁ、はぁ……。も、もう魔力が無いわ……」
聖女として多大な魔力量を誇るわたしでも特級魔術<津波>を二発、更に細々とした術を行使した上に<永久凍結棺>を使えば、体内魔力も空になる。
大きく息が切れ、立っていられずに膝をついてしまう。
「ティア、すごいわ! これで倒せたのかもですわね」
「ふぅふぅ。え、ええ。これで閉じ込めに成功していたのなら、それはそれで充分成功ですの」
極低温では、金属の靱性が低下して脆くなるものがある。
これだけ損傷したゴーレムなら、無理に動けば弱くなった部分から砕ける可能性がある。
更に、これまでの破損で強固な「棺」を壊せるほどの熱量も怪力も、もう出せないだろう。
事実、巨大な青き氷の棺に閉じ込められたゴーレムは、ぴくりとも動かない。
「やったわよね……」
「エッタ。さっき、わたしにフラグ発言はダメだっていったじゃないの……、え!?」
エッタの「フラグ」発言を聞いたからか、氷の「棺」にぴしりと亀裂が入る。
永遠に閉じ込めるはずだった檻がビシビシと音を立て砕けていく。
そして、棺の中のゴーレムが自らの身体を壊しながら這い出てきた。
「ひぃ!」
「今度はわたくしの番ですわ! <火災旋風>」
恐怖で腰が抜けて怯えるわたしを庇うように、前に立ちはだかるエッタ。
もはや立ち上がれずに這い寄るしかできないゴーレムを、炎で出来た竜巻に巻き込んだ。
…わたしの冷却魔術とは逆ベクトル。分子運動の活性化と断熱圧縮による急激加熱ね。
「うわぁ、熱い!」
「こ、これ。わたくしの最大攻撃魔術ですものぉぉ!」
炎からの輻射熱で、少し離れたわたしたちすら火傷しそうになるくらい熱くなる。
なら火炎竜巻の中心は、どこまで温度が上がるのか。
……これだけの温度変化で壊れないはずないわ! 確か実際に火炎旋風が起きたら、中が千℃くらいまで上がるって何処かで聞いた覚えがあるの。
上下数百度の温度差、それは金属であっても無事では済まない……はず?
「むむぅ。そろそろ限界ぃ!」
必死に炎の竜巻を維持していたエッタ。
彼女もわたし同様に魔力切れを起こし、ぺたりと地面にしゃがみ込む。
「……まだ、動くの!?」
ピカピカに輝いていた機体は黒く焼け焦げ、きしむ音を立てて動くたびにパラパラと破片が崩れ落ちる。
しかし、なおも顔の中央にある鮮血の色に輝く眼は、わたしとエッタをにらみ、這いながら徐々に迫りくる。
「ティア、一旦避難しましょ! あれだけ破損していたら、わたくしたちの方が逃げ足が速いわ。リッカやセリーヌを回収し、城塞の中に逃げましょう」
「そ、そうね、エッタ」
なおも自壊しながら這い寄るアイアンゴーレム。
魔力切れの上、非力で何もできないわたしたちは、この場にいること自体が危険。
既にスラム郊外にまでおびき寄せ、城塞の中ーー市街地からはかなり遠い。
ここまで削り切ったのなら、後は騎士団なりに対応を任せようと立ち上がり、ゴーレムから視線を離さないようにしつつ小走りで数歩前に進んだ。
「このまま、刺激しないように逃げれば……」
「え、エッタ、危ない!」
背筋にすさまじい悪寒を感じたわたしは、少し前を歩くエッタの手を握りぐいと引っ張る。
すると、わたしたちが数秒後に居るはずだった先を光線が走り、地面を斬り裂く。
……あのまま進んでいたら、死んでたかも! まさかオゾン臭がするほどのビームなんて、どうして今まで隠し持っていたの?
周囲の空気が生臭く感じ、ビームにより電離した酸素がオゾンになったであろうことが実感される。
「……ま、まだ悪あがきをするのかしら? どうしましょうか、ティア?」
「うかつに動けなくなりました……」
まるで動くなとばかりに、深紅の眼でにらむゴーレム。
遅々としたスピードだが、徐々に迫ってくる。
「これ、動いたら……! きゃ」
「どうやら、確実になぶり殺したいみたいね」
エッタがジャンプして逃げようと動きを見せるも、その未来位置へとビームを撃つゴーレム。
なぜ、今ビームで射殺しにこないのか?
そこが不明だが、動かなければビームは撃たず、機体を自壊させながら這い寄ってくる。
「エッタ。わたしが囮になるから……」
「絶対、ダメよ! みんなで帰ってご飯を食べようって言ったのはティアでしょ? セリーヌも動いてはダメです。あなたでは、今のゴーレムでも近づくのは危険すぎますわ!」
恐怖に震えながらも、必死に王女として皆を守ろうと宣言するエッタ。
エッタが制止しなければ、死んでも構わないと突撃しそうになったセリーヌ。
泣きながらわたしを見守るリッカ。
絶体絶命の危機の中、わたしは必死に全員で助かる方法を探す。
……あと少し、物理攻撃を叩きこめば勝ちなのに……。でもセリーヌさんの剣じゃ、簡単に折れそう。わたしの魔法も弾切れ。石を投げて……。わたしが投げられるくらいの石じゃ適うわけないよぉぉ!
迫りくる死、もうダメかと天を仰ぎ見たとき。
「え! あれは!?」
視線の先、王都を囲む城塞の上。
そこには朝日を浴びて輝く白銀の鎧姿の人物がいた。
「……まさか!?」
エッタが悲鳴じみた声を上げた時、戦場に大きな声が響く。
「見つけた! うちの可愛い娘たちに何するの!?」
そう声を上げた鎧姿の女性。
司祭長さまが、なんと城塞の上からわたしたちに向かってダイブした。
「うそぉぉぉ!」




