第38話 社会の闇は想定外
「ちきしょぉ! どうして俺の思い通りにならないのかよぉ」
「そりゃ、アンタの手際が悪いからに決まってる。最初から逆恨みだし、相手は多人数。それに、ガキにまで手を出すのは、アタイは聞いてないよ!」
スラムの最奥、倒壊寸前の廃屋に潜む男女。
お互い肌をあらわにしてむつみ合うが、男の機嫌はとても悪い。
「ガキを殺して何が悪い! それに逆恨みというのも違う! 俺には、国を。そして小娘どもを恨む理由がある。俺は王国に裏切られ、アイツらに店を潰され暮らしを奪われた。それを恨んで何が悪い。それに、ガキには俺たちの顔を見られているんだぞ? オマエだって、男を魔法で殺したじゃないか」
「アタイは殺気を向けてきた相手を殺しただけ。無意味なガキ殺しは嫌だね。第一、目撃っていってもスラムのガキが神殿や騎士団に言うはずないだろ? 考えすぎだ」
豊かな胸元を薄汚れた毛布で隠し、壊れかけたベッドに座る褐色肌の女性。
緋色の眼を持つ彼女の耳は、横に長く伸びる。
「もう遅せぇ。クソ塗り短剣を刺したんだ。ガキも間違いなく死ぬ。だが、これからどうするんだ。警備とガキを殺しちまったら、今度は間違いなく騎士団が出てくるぞ。オマエには魔法があるかもしれんが、俺にはどうにもできん」
かつて女衒の娼館を仕切っていたその男は、腕に抱く褐色肌の美女の甘言に操られ、聖女が行う慈善活動に対し女と共に妨害活動を始めた。
最初は何の問題も無く、工事の邪魔を出来ていた。
矢板の破壊に放火、放置されていた工事道具の盗難などなど。
だが、もっと大きな破壊活動を行おうとしていた時、男と女の行動が警備員と少年に目撃されてしまった。
「しょうがない。本当ならもっと後になって、王都を混乱させてから出すつもりだったけれど、魔王さまからお借りしたアレを使うわ」
「俺も、もう後には引けん。だが、オマエと一緒に魔王の配下になるのも面白れぇ」
魔法を使った事で、明らかに普通の殺人でないと王国側にバレたと判断した魔族帝国の女工作員は、混乱に乗じて王都から逃亡する算段をする。
このまま潜伏を続けていれば、自分の目立つ容姿から身元がバレかねない。
こと、以前のスラムであれば隠れる事も容易であったが、今のスラムで隠れ続けるのは危険と判断した。
「しかし、あの男はタダもんじゃなかったな。足手まといなガキがいなきゃ、俺も危なかった」
「ええ。アタイも魔法を使わなきゃ、ヤバかった。だから仕方なく殺したが、もう引き時だ。王都での諜報活動も限界さ。最後にひと暴れした後、一緒に帝国に来るかい、アンタも」
魔族帝国の諜報員だった女は、妖艶な笑みを浮かべながら男を魔族帝国に誘う。
「ああ、ずっと一緒にいよう。一緒なら外道になるのも悪くねぇ」
「もうガキ殺しの外道じゃないか、アンタは。女に騙されて落ちてゆく馬鹿な男だねぇ。でも、嫌いじゃないよ」
口づけをして抱き合う二人。
彼らの物理的距離はマイナスとなった。
◆ ◇ ◆ ◇
「ルナールさんのところから派遣してもらっていた方が亡くなったのですか、司祭長さま!?」
「ええ。リュカくんから、オジサンに庇ってもらって逃げてたけど、投げナイフで刺されて、命からがら神殿まで逃げて来たって、治療する前に聞いたの」
「それで、大慌てで出て行かれたのですね。まだ犯人が近くにいるかもと」
司祭長から、事件のあらましが話される。
警備役の人に無理を言って付いていっていたリュカくんが話すには、とある工事現場で放火をしようとした二人組を発見。
誰何の声を掛けると襲われたとの事。
「ええ。まだその時点では戦闘中の可能性があったので、リュカくんの治療を放置して出陣してしまったのよ。でも、……」
「間に合わなかったのですね、司祭長さま」
「しかし、魔法攻撃をする敵とは、驚きですわ。これまでの事件は、せいぜい嫌がらせレベル。魔法を使うような高度な組織のものとは犯行が一致しませんですわね、司祭長さま」
現場に司祭長が到着した時点で、すでに犯人は逃亡。
魔法攻撃で身体が焼かれていた警備員の遺体が残されていた。
「そうなの。だから、リュカくんの家族を先に保護したの。敵の規模や動きが全く分からないですからね。敵は火炎系の魔術を使うみたい。ご遺体が酷く焼け焦げていたわ」
「さすが、司祭長さま。敵からリュカくんの生死すらも隠すのと、家族含めての保護を謀ったのですね。しかし火炎系の術者ですか……」
司祭長とエッタが情報交換をし、お互いの推理を話し合う。
理系は得意だが、こういう人間心理が絡むことは正直苦手だ。
……リュカくんが生きている敵に知られたら、家族込みで口封じされるかもしれないから、義母さまは先手を撃ったのね。
「今後、どうしましょうか、司祭長さま。魔法を使うような高度な敵では、工事をこのまま続けるのは……」
「事件が解決するまでは、一時停止の方が良いですわね。リュカくんが元気になれば、もう少し敵の状況が分かりますので、犯人に近づけると思いますし」
「わたくし、絶対に犯人を許せませんです。ティアとわたくしの願いを邪魔し、人を殺し、傷つける。容赦しませんですわ!」
わたしが始めた工事が、ここまで大きな事件になるとは想定外だった。
しかし、このまま立ち止まる訳にもいかない。
……でも、犠牲が出るのは嫌だなぁ。




