第36話 命はいつも想定外
「では、刃物を抜きます。わたしが出血を術で抑え込みますので、抜く作業をお願いします」
心中に巻き上がる焦りと怒り。
深呼吸でぐっと飲み込み、リュカの患部に集中する。
……既に患部周辺は洗浄できている。出血は刃物の刺さった隙間からにじむ程度。まだ意識はあるから体内で大量出血はしていないはず。
うめき声がかすかに聞こえるため、呼吸も意識も薄いが確かにあるのを感じる。
「ティア……。ご、ごめんなさい……」
「エッタ。今はリュカくんを救うのを優先。怒鳴ってごめん」
か弱いエッタの声が耳に入る。
思わず怒鳴ってしまい、自分の弱さに自己嫌悪していたわたし。
視線をリュカから外さないまま、怒鳴ってしまった事をエッタに謝罪した。
「ほ、本当にごめんなさい。あんな事になるなんて……」
「エッタが善意でやってしまった事は分かっているわ。だから、次からは注意して。あなたって、案外火力あるんだからね」
術野を追加でアルコール消毒。
涙声のエッタに、わたしは優しい声をかけた。
「う。うん」
「さあ、お手伝いお願い、エッタ。口元をマスクで覆って、メスとか針の火炎消毒を頼みます」
一瞬、エッタの顔に視線を向ける。
涙に濡れていたエッタに微笑み、彼女に役目を与えた。
……ごめん、エッタ。貴女が全部悪いわけじゃないものね。悪いのはリュカくんを傷つけた犯人!
「では、お願いします」
わたしは、水魔術の準備をする。
神聖術の奇跡による治癒術は苦手、水系魔術による治癒補助は出来るので、今回はそれを用いた出血・血圧コントロールを行うつもりだ。
「では、抜きます!」
医務神官がリュカの背中に刺さった刃物をすっと抜く。
すると、傷口から血が噴き出した。
「うぉぉぉ! 止まれぇぇ! <水芸>!」
血管からでた血液は、いわば生命から離れた水分。
なれば、わたしの術式でコントロールできるはず。
「ティア! 頑張れぇ!」
「ティアちゃん!」
エッタや他の人々の声援を聞きながら、体外に流れ出たり、肺に入り込もうとする血液の動きを抑え込む。
……直接圧迫法の応用。体外に出ようとする部分を抑え込めば、自然な血液凝固で止められるはずよ!
「ぐぬぬぬぬぬぅ!」
必死の念は通じたのか、体表に出てくる血液量は徐々に減っていく。
このまま止血するまで抑え込めば、助かる可能性は上がる。
「術野を開いて、大きな血管の縫合を頼みます。わたしは、このまま出血を抑え込みますわ!」
手先の器用な医療神官が、エッタが火炎滅菌をした器具で作業を開始する。
開創器で広げられた傷の中に見える血管を縫合したり、鉗子で止血をしたり。
もちろん作業をする神官も周囲で手伝う人も、全員の手は念入りに洗浄されている。
……ゴム手袋は無いし、逆性石鹸もポビドンヨードも無いし、空気を消毒も満足には出来ないの。アルコール散布はしているけれど。
「聖女さま、処置を終えました」
「分かりました。確認しますね」
広げられた傷口を見ると、出血はじんわりと滲む程度。
後は、傷口の洗浄だ。
……倒れていた時に身体が泥で汚れていたし、ナイフに毒が塗られていたり、泥で汚れていたら大変になるものね。
「リュカくん。まだ痛いけど、もう少しの辛抱よ。ごめんね」
<聖水>魔法で生成した無菌水を傷口に流し込み、念入りに洗う。
……あれ? リュカくんの反応が薄い? 気絶したのかな?
気になってリュカの顔を見ると、顎だけを動かして呼吸をしている。
「え!? これ、『死戦期呼吸』じゃない!! リュカくん、しっかりして」
傷口から一旦開創器を外して、清潔な布で覆う。
急いでひっくり返して仰向けにするが、リュカの呼吸はしゃくりあげる感じだ。
……もう満足に呼吸できていない! 心臓も止まりかけているわ。
「脈は……、弱い。『心臓マッサージ』と『人工呼吸』をしなきゃ! でも……」
周囲を見回すが、わたしの話している内容を理解している人が……。
「わたくし、心臓マッサージのやり方を知ってますわ。指示をして、ティア」
そう、わたしには大事な友。
エッタが居てくれた。
「では、今から先に心臓マッサージしますので、交代をお願いします、エッタ!」
リュカの痩せた胸の中央部。
胸骨の上に手を置き、ぐっと体重を乗せて垂直に数センチ押し込む。
1分間に100回程度、あるアニメソングのテーマのリズムでぐいと押し込む。
三十回ほどマッサージをしたら、口元に息を二回吹き込む。
……ぐぅ。肋骨が折れたかもしれない。でも、このまま何もしなきゃリュカくんが死んじゃうよぉ。
わたしとエッタは交代しながら、リュカを救う戦いをしばし続けた。
「ま、まだ心拍が戻らないの、ティア?」
「じゃあ、ちょっと休憩して。確認します」
エッタにマッサージを一旦休んでもらい、リュカの胸の動きや首から脈を見る。
しかし、まだ呼吸も心拍も完全に戻らない。
「くぅ。いちかばちか! AED代わりに雷撃魔術を撃ちます。微調整しますから、しばしマッサージをお願いします」
エッタに再びマッサージをしてもらう間、わたしは念を込め水系である雷撃魔術を準備。
電圧を高く、電流も高く、一瞬で撃ち込むイメージをする。
「エッタ! いきます。離れて!!」
「はい。どうぞ」
リュカの胸、右鎖骨の上に左手。
左わきの下に右手を置き、魔術を起動した。
「<雷撃>!」
びくんっと、リュカの身体が跳ね上がる。
「もう一回、マッサージと呼吸を継続して」
「まだまだ頑張りますわ」
晩秋の深夜遅く。
わたしとエッタは、汗まみれになりながら交互に心臓マッサージと人工呼吸を続ける。
命との闘いは、まだまだ続いた。
「リュカくん、帰ってきて!」
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