第35話 医療行為は想定外
「ど、どうしたら……」
深夜の医務室。
そこに向かったわたしは、衝撃的な場面に出くわして立ち尽くす。
……どうしてリュカくんが、そこにいるの。どうして、背中に刃物が刺さったままで……!?
姉と懐いてくれていた少年リュカが、血の気の無い顔で治療台に転がるショッキングな映像が目に飛び込んでから、わたしの心は凍り付いていた。
「何、ぼうっとしているの!? ティア、貴女がしっかりしなきゃ、リュカくんを助けられないよ!」
「ティアちゃん、しっかりして!!」
エッタに身体を激しくゆすられ、リッカに声をかけられて、パニックを起こしていたわたしは正気に戻る。
「あ! ご、ごめんなさい、エッタ」
「わたくしに謝る前に動いて! 皆さま、貴女の指示を待っていますのよ!?」
「ええ。殿下のおっしゃる通り、私どもは司祭長さまから聖女さまのご指示に従うよう命じられています。今のところ、患者は呼吸は弱いもののありますが、このままでは命の危険があると思われます」
おもわずエッタに謝ってしまったが、彼女の言う通り。
わたしは、周囲の医務神官からの報告を受け、自らの手で頬を叩く。
「! ここでしっかりしなきゃ、リュカくんを助けられないわ。皆さん、絶対に彼を助けます。協力をお願い致します!」
腕まくりをしたわたし、石鹸で袖をまくった手を上の方まで丁寧に洗いながら指示を飛ばす。
「まず、医務神官の方々。室内を清潔にします。机や作業台、器具のアルコール消毒を。エッタや他の人は、わたしに続いて手を洗って! あと、お湯を急ぎ沸かして下さいませ」
「傷口からの感染予防ね。分かったわ。セリーヌは部屋の入口に待機して、敵の侵入を警戒。リッカは……。もう動いているわね」
前世世界の科学知識があるエッタ。
わたしの指示の意味を理解してくれ、追加指示を出してくれるのは心強い。
「リュカくん、聞こえますか!?」
「う……。ね、ねぇ……」
耳元で尋ねると、微かに返答が聞こえる。
……まだ意識はある。なら、刃物抜きつつ、血圧コントロールしつつも、縫合か治癒魔術ね。大丈夫! NPO時代には、もっと酷い怪我人を助けられたわ!
わたしは、急ぎ脳内で治療プランを組み上げる。
前世で見た銃で撃たれた人を思えば、まだ助かる可能性は十分だ。
「そういえば、刃物を抜かないでくれたのには助かりました。もし抜いていたら、大量出血からのショックで死んでいたかもしれません」
「この処置ですが、司祭長さまのご指示です。聖女さまが来るまでは死なないようにする以上の処置を止められていました」
石鹸で洗った上にアルコールで手を消毒したわたし。
口元をリッカに布マスクで覆ってもらいながら、医務神官から説明を受ける。
……司祭長、そこまで分かっているなら全部治癒してくれても良かったのに? でも、リュカくんから聞いたことが大変だったのかな?
いくらでも思い浮かぶ疑問はあるものの、今は時間との勝負。
少しでも早く治療を始めなくてはいけない。
「お湯来ました!」
「では、患者の服をハサミで切って脱がせて、患部を露出させてください」
沸騰したばかりの水が持ってこられたので、そこに<聖水>魔術で作った無菌な超純水を加えて温度を下げる。
そして、服を脱がせたリュカの背中をお湯で洗い出した。
「……う!」
「リュカくん。ごめん、痛いよね。もう少し辛抱して」
痩せて肉が薄い少年の背中。
その右側に細い刃物、おそらくは投げナイフの類が刀身の半分ほどまで刺さっている。
……これだと、肺まで達している可能性があるの。刃物を抜いたら肺の中にも吹き出して血液で溺れちゃうわ。
NPO時代や宇宙飛行士時代、みっちり教えられた医学知識を一生懸命思い出しながら、わたしは治療方法を考える。
「すいません。お湯の追加をお願いします!」
「は、はい」
手が空いている神官に指示を飛ばすが、パニックしているのか動きが遅い。
「もー、わたくしがやりますの。お湯を沸かすのなら、水に最大本気の<電離極熱球>をぶち込めば……」
そんな時、焦ったのかエッタが、とんでもない事を言い出す。
「あ、危ない!」
視界の端で、水を溜めた木樽の中に赤色から紫色にまで色温度を変化させた火炎の球を放り込むエッタが見えた。
……紫!? プラズマ化しているわ。水蒸気爆発する!? 壁を!!
じゅっという音と激しい蒸気が上がった次の瞬間、轟音と共に樽が弾ける。
「<水壁>!!」
しかし、間一髪間に合った<水壁>魔術により、爆発で発生した木片や超高温の蒸気が医務室内に飛び散るのを阻止できた。
「な、なに!?」
突然の轟音で耳を塞ぎ、ぽかんとした顔で腰を抜かすエッタ。
しかし、その様子にわたしの怒りが燃え上がった。
「何じゃないわ!? 火山がどーやって爆発するのか、知らないの!? 水の中に色温度が紫色になるまで加熱されたプラズマ入れたら、水蒸気爆発するに決まっているじゃない。おまけにアルコールに引火したら大変! エッタ、忙しいときに怪我人増やす様な事しないで!!」
頭に来たわたしは、軽率な行動をしたエッタを日本語で怒鳴りつける。
もし、わたしの壁が間に合わなければ、死人が出たかもしれない。
こみあげる怒りをエッタに吐き出し、すぐに視線をリュカに向けた。
……何やってるんだろう、わたし。怒って怒鳴って……。
自己嫌悪が心の中で激しく渦巻く中、わたしは追加で来たお湯で患部付近を洗浄した。
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