第31話 経済発展には想定外の闇もある
王都の下町、スラムにほど近い場所にある場末な酒場。
そこでは、今日も景気が良い話が聞こえてくる。
「それでな、オレは聖女さまのお情けに頼る事にしたんだ。毎日メシをくれて、十日ごとに金までくれるって言うからよぉ」
「俺んちの息子も、聖女さまんとこに入りびたりだよ。メシ喰えて、字まで教えてくれるって言うんだから、ありがたいぜ」
誰もが水の聖女フォンティーアの事を褒めたたえている。
「最初は、何ガキが甘ちょろい事言っているのかよぉって思ってたけど、聖女さまはなぁ。ちゃんとオレたちスラムの住人をヒトとして見てくれたんだ」
「ああ、そうだな。聖女さまのお付き、オマエも見ただろ。綺麗な恰好をしてたけど、獣人族の娘だった。聖女さまだけでなく王女殿下も、その獣人族の娘と直接話していた。こんなこと、今までなかったぞ」
「そうだそうだ! 俺の嫁は獣人族で娘も獣耳がある。そんな娘を聖女さまは、可愛いと頭を撫でてくれた。そして、俺に道作りの仕事をくれた!」
これまで人扱いされていなかったスラム住人。
彼らにとって、フォンティーアは真実の聖女。
救い神であり、希望でもあった。
「おう。誰の話をしているのかと思えば、聖女の嬢ちゃんの話かよ。ああ、あの子は俺の。いや、俺たちの希望の星さ」
薄暗い店、誰もが薄汚れた格好をしている中。
高級な服を着るも、その粗野な様子に似合っていない男が、安酒を飲みながら話し込んでいる男達の輪に加わった。
「アンタは、水番の!」
「そう。今や聖女さまの右腕……。ってえ程じゃねぇが、それなりに重宝されてるガルダさ」
元、スラムにおける水マフィアだったガルダ。
今や、外国船に水を売る仕事も手がけており、スラムでは一番の出世頭だった。
「アンタ、上手い事やって聖女さまにコビ打ったんだろ? 羨ましいぜ」
「コビっつうか、向こうの方から筋を通してきたから、こっちも筋を返しただけさ。あの嬢ちゃん、見た目に騙されそうになるが、すげぇ知恵ものさ。そりゃ、お子ちゃまらしい、甘い考えもあるが、俺たちスラムの人間をちゃんと見てくれるのは確かだよ」
周囲の男たちはガルダをうらやむが、ガルダは筋を通しただけという。
彼自身、最初は小娘の戯言、ただの聖女ごっことティアを舐めていた。
しかし、スラムのマフィアである自分にすら頭を下げ、なおかつ損をしない取引を持ち込んできた。
「あの嬢ちゃんもそうだが、王女殿下もタダもんじゃねぇ。そんな二人が組んで『会社』ってのを作り、今や俺やギルド長らを従え、色んな事を始めてる。オマエらには想像も出来んだろうが、あの嬢ちゃんらは、星の世界。空に浮かぶお月さんに行くって言ってる。普通は、そんな夢物語。誰が信じるかよって思うが、あの二人ならやりかねねぇ。それに、そのおこぼれでスラムだけじゃねぇ、王国全部を住みやすくするって言い切った。そんな事、お前らは、あの歳で出来たか? 俺には無理だったよ」
ガルダは己の幼い頃、必死に残飯を漁り、人から金を盗み、怪我をさせた過去を思い出す。
人殺しは絶対にやらなかったが、それ以外の悪事を全部やってきた。
「そんな訳で、俺は嬢ちゃんに賭ける事をした。スラムの子どもたちが笑っているんだぞ? それだけでも、俺は嬉しいぜ」
周囲と同じ安酒をあおり、天を見上げるガルダ。
自分だけでなく、スラム全体の笑顔が増えた。
それが、かつての自分が救われたようで、彼はとても嬉しかった。
「今日は、全部俺のおごりだ。店中の奴ら皆で聖女さまを褒めようじゃなぇかぁ。仕事がないヤツは、俺んとこ来い。真面目に働くんなら、メシと給金をちゃんと支払ってやる!」
「おう! 聖女さま、ばんざい!」
「オレも仕事くれ! スラムに住んでねぇが良いだろ?」
我も我もとガルダの元に、男たちが集まる。
そして、場末の酒場は祝いの声で盛り上がった。
◆ ◇ ◆ ◇
しかし、そんな酒場から逃げるように飛び出した男が居た。
「ちきしょぉ。どうしてアイツらだけ、良い思いしてるんだぁ!」
男は酒場から聞こえてくる声からも逃げるように、路地の隙間に逃げ込む。
「誰も彼も小娘のいう事をハイハイと聞きやがって、恥ずかしくないのかよぉ」
男は、かつてスラムに存在していた女衒の顔役だった。
女が男に身を売るのは、スラムでは手っ取り早い金儲け。
男は、貧しい家からめぼしい女を買い、女たちから売り上げの大半を奪っていた。
「女を買う男がいる上に、女も喜んで身を売るんだから、何が悪いのかよぉ!」
しかし、スラムに新たな街道が出来、人の行き来が盛んになったころ、騎士団や警備兵がスラムに入り、違法の商売をしていた娼館を摘発していった。
「なんで、ギルドの息がかかった女衒は良くて、俺んとこはダメだったんだぁぁ!」
「春」を売る女衒であったが、俗にいう「盗賊ギルド」の後ろ盾があり、女たちの健康管理まで気をつけていた高級、中級店は営業の継続が認められた。
「盗賊ギルドなんてのに、筋通して金払ってたら懐に金が残るはずねぇじゃねぇかぁ! それに、女を使い潰して何が悪い! 俺の母ちゃんも使い潰されたんだぞ」
しかし、女を商品としても扱えなかった男の店は摘発後に潰され、女たちは開放。
男はいくばくかの罰金で釈放されたが、商売のタネを全て奪われた。
「ちきしょぉぉ! 聖女が道なんて作らなきゃ!」
路地にしゃがみ込み叫ぶ男。
しかし、繁華街を歩く人らは彼の事を存在しないかのように扱う。
「あら、珍しいわね。この町で聖女さまの悪口を言うなんて」
そんな男にフードを深くかぶり顔や姿を隠した人物が話しかけた。
「あぁ? 見せもんじゃねぇ。黙って去れよ」
「そう。せっかく貴方に美味しい話を持って来たのに、そんな態度で良いのかしら? ねぇ、あそこの宿でゆっくり『お話し』ないかしらぁ?」
男から邪険に扱われた人物は、顔を隠すフードをまくる。
そこから現れたのは褐色の肌を持つ妙齢の美女。
フードの隙間から、女の色香が周囲にあふれ出る。
彼女は甘い吐息を男に、ふぅとかけながら、宿へと誘う。
「え!? お、オマエは?」
「うふふ。詳しい事は、しっぽりとベッドで話しましょう」
男の腕を取り立たせる褐色美女。
彼女は、わざと自らの豊満な乳房を男に押し付け、妖艶な笑みで誘う。
「あ、ああ。話ってのを聞かせてくれ」
二人の男女が向かう先は、男女の睦事が行われる安宿であった。




