第30話 魔法も量子力学なんて想定外
「では、魔導モーターを起動してくださいませ。ルナールさん、どうぞご覧あれ。アンベル先生、お願い致します」
河川敷で行われています、新開発の機器「魔導モーター」の稼働プレゼンテーション。
既に機械に組み込んで動くことは見せている。
今から見せるのは、川に浮かべた船型模型の両側に設置した水車を回す事。
「了解いたしました」
魔術師ギルドから派遣されているアンベルが、魔導モーターに銀線を繋ぎ、魔石からの魔力を流す。
「ほほう、水車が回っているな。だが、これだけでは……」
「うふふ。驚くのはこれから。接続した縄を外してくださいませ!」
「おうよ」
ドワーフ族の鍛冶ギルド長が、船型模型を岸とつなぐ縄を解く。
すると船型模型は、川の流れに逆らい、上流へと動き出した。
「そ、そんな! 川の流れに逆らうだと? そんなことは乗り手が漕がねば不可能のはず!?」
「すげぇ。船があんなに早く進むなんて! ねーちゃん、本当にすげぇぞ」
「これぞ、外輪船。水車が水を掻き、前に進むのです!」
声を上げるものは数少ないものの、誰もが驚きの表情。
水車を推進機に使うという概念がない世界で、初めて外輪船を見れば、誰もが驚くだろう。
……江戸時代の黒船を見て、民衆は驚いたそうね。でも、十年ちょいで技術コピーしちゃうのが、日本人らしいの。火縄銃も同じだったし。
外輪型船模型、それはどんどん加速して上流へ遡る。
そして、上流にあらかじめ設置しておいた網に引っかかり、そこで停止した。
……ずっと川をさかのぼられても困るから、網を準備してもらっていたの。
「どうですか、ルナールさん。今回は模型レベルでしたが、川の流れに逆らうほどの推力。前に進むことが確認されましたわ。まだ改良の余地は沢山ありますが、船の動力源として十分実用に耐えうると考えています」
……本当はスクリュー式も考えていたんだけど、シャフト部分の止水とかの問題があって、先延ばしね。ベアリングや歯車は、鍛冶ギルドに頑張ってもらったの。
「う、うむ。これは恐るべし技術革新。フォンティーアどのの英知は何処まで広がるのか!?」
「そんなの、星の海原まででございますわ、ルナールさん。おほほ」
「ええ、わたくしとティアは必ず星の世界にまで向かいます。その為の技術革新に王国は全面協力致します!」
何かと人員配置にお世話になったルナールへの意趣返し&お礼の技術公開。
気に入ってもらえたのなら幸いだ。
……北方への物資輸送も、陸路だけでなく海路も使えば、圧倒的に優位に働くわ。しかし、エッタもノリノリね。
「さて、皆さま。『魔導モーター』の秘密は、魔力を使いモノを動かす動力のみではありません。もう一つの役割を開示いたしますわ。アンベル先生、魔力が空の魔石をご準備くださいませ」
「分かりました。しかし、本当にフォンティーアさまのおっしゃる通りになるんですか?」
そして、わたしは怪訝そうなアンベルに話を振る。
既にモーター試作零号機にて、わたしの想像通りの「現象」は確認されている。
それが偶然なのか、同じ魔法陣を使う同型機で同じ現象が見られるのか、目撃者の前での実地試験だ。
……アンベル先生が不安なのも分かるの。わたしだってファラデーの法則を知らなければ、こんな事は思いつかないもの。わたしの仮説、『魔力量子力学』が正しければ……。
「ティア、いよいよだよね」
「ええ、エッタ。これが成功すれば、また一歩。ロードマップの頂点に近づきますわ」
わたしの側に来て、小声の日本語でつぶやくエッタ。
彼女の手をぎゅっと握り、わたしも日本語で答える。
目指す未来への第一歩だと。
「では、もう一度。川岸に逆向きで船を繋いでみます。こちらに準備した魔石ですが、魔力が全く込められていません。このように魔導モーターに繋いでも動きません。アンベル先生、お願いします」
「ええ」
アンベルが魔力導線である銀線でモーターと空の魔石を繋ぐも、モーターは、まったく動かない。
水車は川の流れでゆっくり回るが、それだけだ。
「それでは、しばしこのまま放置しておきます。休憩を挟みますので、あちらでお茶などをどうぞ。リッカ、お願い致しますわ」
「はい。フォンティーアさま」
わたしは、皆を茶会の用意がされた臨時テントへと案内する。
「聖女ねーちゃん。あれはどうやって動いてるの?」
「そうですわねぇ、リュカくん……。説明はアンベル先生の方が確かだと思いますわ。アンベル先生、ちょうどいい機会ですので、皆さまのご説明をお願い致します」
わたしは説明したがる癖をぐっと我慢。
アンベルに説明を頼んだ。
……わたしが説明しちゃうと仮説まで話しちゃいそうなの。これは正直、世界を大きく変えるかもしれない秘密。どうして現象が起きるかまで理論化できるのなら、大変な事になりそう。
「今回の発明品、『魔導モーター』は聖女フォンティーアさまが水の女神さまから頂きました英知から生まれています。原理としましては、既に存在しますゴーレムを動かす魔術回路。魔法陣を応用したものです。ゴーレムを動かすほど複雑なものではなく、魔力を回転力に変換し、モーターから出ている棒を回すだけの仕組みです」
わたしはアンベルが説明するのを聞きながら、頭の中で考えを纏める。
この世界の物理法則は、前世世界と同じ。
惑星の地磁気や重力、惑星半径や「太陽」との公転半径・周期、「月」の大きさまで前世と同じ。
なら、量子力学的な効果も同じだろう。
……この世界で唯一、前世世界と違うのは魔力。なら、魔力も量子力学的解釈が出来るはずなの!
「ファラデーの法則だったっけ? わたくしも、なんとなく覚えていますけれど、あれと魔力が関係あるのですか、ティア?」
「おそらくは。磁場の変化から電気が生まれるのがファラデーの電磁誘導。なら、魔力場にも同じような現象があるんじゃないかというのが、わたしの仮説。『魔力量子力学』ですの、エッタ」
流石に誰かに聞かれると怪しまれるので、エッタと日本語で仮説を話す。
これが正しいのなら……。
「聖女の嬢ちゃん! 上手くいったぜ」
心配で茶会なのに、お茶もお菓子も喉を通らなかったわたし。
鍛冶ギルド長の喜ぶ声を聴き、即時返答する。
「ありがとう存じます、おやっさん。皆さま、実験が成功した様ですの。お茶会を休止し、再び現場に伺いますわ」
……鍛冶ギルド長さんのこと、おやっさんって呼んでいるの。ニコっと破顔した顔が特徴的だし、わたしの事も可愛がってくれるの。
まだ砂糖菓子が食べ足りなそうなエッタを引っ張り出し、わたしは川沿いに向かった。
「今まで水車が川の流れによって回っていました。そうすることで水車の回転が魔導モーターの軸を直接回し、その回転によって何が起きるのか。水車からモーターと魔石を外します。鍛冶ギルド長、アンベル先生、お願いします」
船から外された魔導モーターは、最初に置かれていた台座に戻される。
「ここに先程まで魔力が空っぽでした魔石をもう一度繋ぎましょう。この魔石が入れ替えられていないのは、皆さま。ご確認済みですね」
……魔石を入れ替えられないよう、魔石にはアマニ油製のペンキで印を付けているの。それに誰も『充電』中の魔導モーターに近づかなかったのは、茶席からも見えるようにしていたわ。
「では、空だった魔石を繋げます。アンベル先生、どうぞ」
「ええ……。そ、そんな馬鹿な!」
アンベル先生により魔力が空だったはずの魔石を繋いだ魔導モーターは、ゆっくりとだが回転を確実に始めた。
「やったー! これで現象の再現性が確認できた! エッタ、やったよぉ!」
「そうね、ティア。これで、魔導革命の始まりよー!」
エッタと両手を繋ぎ、ぐるぐると踊るわたし。
その様子に、アンベル先生以外の人たちは、更に困惑をした。
「ま、魔法における不変の法則。魔力が生き物以外から生み出されるなど、予想すらしませんでした。水の女神さま。貴女さまは、とんでもない英知を幼子に授けてしまわれましたよ」
アンベルがぶつぶつと何かを呟くのを聞きながら、わたしとエッタは踊りまくった。




