第3話 お姫さまは想定外
「今日は、お忙しい聖女さまにご無理を申してしまい、謝罪いたします。緊張なさっているご様子ですが、大丈夫ですよ。今日は無礼講。楽しいお話を聞かせてくださいませ」
城内の歓談室に案内されたわたし。
机の向かい側に座る第二王女殿下は、笑みを浮かべながら気楽にして欲しいというのだが、その幼くも鋭い視線はわたしを射貫くように感じる。
……確か、わたしと同じ歳って聞いているけど、しっかりしていらっしゃるよね。宮廷学者や女家庭教師さまから教育もしっかりと受けていらっしゃるに違いないわ。
金髪・縦巻き毛という典型的な令嬢スタイル。
蒼穹のように透き通った碧眼。
聡明な彼女が、わざわざわたしを名指しで召喚した理由。
それが非常に気になるも、王族からの正式な召喚であるなら、平民のわたしはそれに従うしかない。
「は、はい。宜しくお願い致しますわ」
緊張で喉が渇く。
背後に待機しているリッカに入れてもらった茶を一口飲んで、わたしは話し始めた。
……謁見の間では、リッカは別室待機だったの。獣人族というのもあるけど、側仕えの身では王族の前には出られないから。
「まずお聞きしたいことは、わたくしと同じ年齢。十一歳なのですよね。フォンティーアさまは?」
「は、はい。わ、わたくしは聖女などと呼ばれていますが、平民であり、孤児です。王女殿下から『さま』などと呼んで頂けるような身分などではございません。フォンティーアとお呼びくださいませ」
「では……。ティア、貴女は何処でそのような高度な知識を得たのですか? 先程、父の前では、水の女神さまに頂いたと申していましたが、わたくしの知る範囲において過去にその様な事例はありません。更に貴女の身辺調査をさせて貰いましたが、神殿養育院から外に学びに出たという事も確認されていません」
先程までは、薄くでも笑みを浮かべていた姫様。
詰問するようにわたしの「秘密」を尋ね出した時より、笑みが消え、真剣な表情に変わった。
……姫さま、一瞬背後の女性騎士に視線を向けたわね。ということは、女性騎士さまがわたしの過去を調べたの?
凛とした佇まいで、王陛下よりも圧が高い質問。
いや、事情聴取をしてくる姫。
その本気な表情にわたしは、恐怖を覚えた。
「王女殿下。貴女さまは、何処までわたくしの事をお調べになられたのですか? 聖女などと呼ばれておりましても、たかが小娘一人に……」
やっと引いた背筋の汗が、再び滝のように流れるのを感じる。
王陛下に対しては上手く取り繕えたが、この王女殿下に対しては、一切通じていない。
「質問に質問で返すのは愚策ですわよ、ティア。それでは、先程父に答えた理由が、嘘だと自白しているようなものですわ」
……しまった! この子、見かけと違い尋問の技術がある。ど、どうしよう。
二コリとしながらも、冷たい視線と言葉でわたしを追い詰める姫。
絶体絶命の危機に陥った事を、実感してしまった。
「あら、お顔が真っ青ですわよ、ティア。お身体大丈夫かしら? あ、なるほど。王族の前で嘘をついて罰せられるとでもお思いなのね。後ろの従者のお姉さまも御安心して。わたくし、真実が知りたいだけですの。ちゃんとお話くだされるのなら、父には何も言いませんですわよ」
少しの時間と僅かな会話で、わたしを射貫く王女殿下。
わたしが何も話せなくなったのに対し、罰は与えないから本当の事を言えとイタズラ娘の表情で促す。
そして背後で茶器を落としそうになっていたリッカにまで、笑顔で心配するなと告げた。
「わたくしには、どうしても確かめたいことがありますの。だから、貴女が何者か知りたい。善人であるのは既に分かっていますわ。だから貴女の英知の出どころ、それに関係しそうな事を聞きます。『Do you understand this word?』」
「え!? ど、どうして王女殿下が、その言語を!?」
わたしの「正体」を知りたいという王女殿下。
なんと突然、異界の言葉である英語を話しだした。
驚きの展開に、わたしは彼女が話している異世界の言語を自分も理解している事を思わず漏らしてしまった。
「やっぱり。ふぅ、ティア。貴女は迂闊すぎます。いくら予想外の展開になっても、鉄面皮でいないと貴族の中では生きていけないですわよ」
一瞬、大きく目を見開いた王女殿下。
先程までの強面の表情が崩れ、苦笑しだした。
しかしわたしは、まだ状況が理解しきれず、困惑状態だ。
「まだ、完全に理解していないようですわね、ティア。わたくし『も』貴女と同じ様な立場なの。あ、警備の騎士。セリーヌは口が固いから、貴女の『秘密』を言いふらしたりはしないわ。貴女の側仕えも、大丈夫よね」
王女殿下は背後の女性騎士を一瞥し、この場での会話を秘密とするように命じる。
「御意、姫さま。騎士の名と命に誓って、ワタクシはお二方の秘密は絶対に死守致します」
長い銀髪を高い位置のポニーテールに結った女性騎士。
軽装備。
胸甲と籠手、腰に剣のみではあるが、その佇まいには剣を振るう者の覚悟といった感じを覚える。
そんな彼女は手を胸に添え、誓いを立ててくれた。
「ありがとう存じます、王女殿下。リッカはわたくしの大事な側近であり、姉とも呼べる者です。なので、『王女殿下の事』も他言はしません。いいですわよね、リッカ」
「はい、フォンティーアさま。決して皆さまの秘密は他言致しません」
薄々だが、状況を理解してきたわたし。
リッカにも、他言無用と命令を下した。
……王女さま、英語を知っているし、自分『も』って事は……。
「もうお察しの通り、わたくし『も』貴女。ティアと同じ異世界転生者。貴女のこれまでの行動と今日の話で確信しましたのよ、おほほ」
「そうだったのですね、王女殿下。ええ、わたくしも同じく異世界から転生をした存在です」
表情をとても柔らかくして安堵の表情になる王女殿下。
わたしも、まさかこんな場所で自分と同じ異世界転生者と出会うとは思わなかったが、彼女が真剣に問い詰めた理由を理解した。
「その一言が聞きたかったのよ、わたくしは。はぁ、良かったですわ。しかし、ティアは警戒心が薄すぎますわよ? この世界で『ダム』なんて存在しない言葉を使ったら、異世界出身の知識者にバレてしまいますのよ。それに例え、異世界人とバレなくても、その知識を悪用しようとする者が現れてもおかしくない。先に同じ転生者のわたくしが発見して良かったですわ」
「悪用のご心配に関しては、ある程度事情を知っています司祭長さまが対応してくださっていました。わたしが聖女に祭り上げられましたのも、神さまから直接神託を受けられるものとして、神殿全体で守ってくださるためと聞いてます。しかし、ご心配頂き、感謝致します」
……敵は、わたしが危険なんて教えてくれないものね。そりゃ、王族として利用価値があるとは見ているんだろうけど。でもね、異世界転生みたいな非科学的なことが二度も起きるなんて想定外だよぉ!
「ね! 言ったでしょ、セリーヌ。絶対ティアは異世界転生者だって」
「姫さま。お言葉がお崩れすぎです。同じ『夢の世界』出身者にお会いできてうれしいのは御理解しますが、油断しすぎです。ずっとお寂しかったのでしょうが」
「良いじゃないの。同じ異世界人の上に悪意を全然感じない、お人好しで同い年の可愛い女の子よ。こんな奇跡を喜ばなくてどうするの! もう、悲劇に悩まなくて良くなったわ」
年相応の幼い笑みで女性騎士と微笑ましく言い合う王女殿下。
その様子から、わたしは目の前の可愛い王女殿下が敵で無い事にようやく気が付き、すっと身体から力が抜けた。
まだ呆然としているリッカに向かい、わたしは言葉をかける。
「もう大丈夫だよ、リッカお姉ちゃん。姫さまたちは、わたしの味方だよ」
わたしは、王宮に来て初めて自然な笑みを浮かべることができた。
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