第23話 官僚の反発は想定外
「これがスラムだった場所ですの! おどろきの綺麗さですわ、フォンティーアさま」
「アリエッタ王女殿下にそのようにお褒め頂き、嬉しく思います」
夏の中頃。
スラム再開発計画の第一歩、道路建設がほぼ完成に至った。
「王女殿下におほめ頂き、協力した我らギルドも誇らしく思います」
「様々なギルドが協力し一つの事業を完遂するという初めての偉業。これからも王国の為に働いてくださるのを、わたくしも楽しみにしていますわ」
道路完成直前になり、エッタの都合がついて視察が行われている。
スラム中央を走っていた、ぬかるみと穴ばかりだった道。
それは周囲の家屋よりも十センチほどかさ上げられ、両側には幅十センチ弱の陶器製U字側溝が埋められており、道路横の排水穴からの水が絶えず流れている。
石灰と「にがり」によって叩き固められた路面は固く、馬車の轍や足跡が残らない。
……側溝は陶器製だから割れやすいのは難点ね。馬車が脱輪したら壊れちゃうだろうけど、レンガとか瓦風に焼いてもらったから、それなりには強度はあるわ。互い違いに組み合わせて、隙間は漆喰で固定したの。
「この造りなら馬車が通行しても大丈夫そうですわね。それに土の道ですが水はけも良さそうですの。道路地下からの排水もうまくできていますわね」
「はい、殿下。道路表面は中心部を少し高くし、表面は石灰などで突き固めております。道路基盤も、叩いて固めました土嚢がしっかりと保持しており、簡易型の石畳舗装よりも耐久度が高くなっております。更には道路中心から両側へ斜めに。魚の骨のように規則的に水抜き管を埋設しております」
……土嚢の下に素焼きの配管を埋めて側溝まで繋げたの。これで排水も完璧ね。
エッタの質問に対し、丁寧に回答をするわたし。
道路の構造について、彼女にはパジャマパーティ中に説明済み。
しかし今回は、エッタに同行している事務方貴族や官僚らに道路のすごさと有用性を示すために、茶番劇として知らぬふりを演じてもらっている。
……どんだけ説明してもいいんだから、わたしも幸せなの。
「聖女どの。この道の優秀さは理解しました。ですが、こんな立派な道をスラムに引く意味が今もって理解できません。どうして、ここなのでしょうか?」
「良いご質問ですわ、事務次官さま。一つは試験場として。今回の工事方法、短距離でしたら実施した例もありますが、百メトル以上の距離を工事した事例はありませんでした。実験的に行うのに、未舗装でしたスラムが最適だった訳です。もう一つは労働力。スラムの方々に自分たちが使う道路を工事してもらうことで、経費が節減できましたし、彼ら自身で修理も可能。手に職を持っていただくことにも成功しましたの」
まだ若いだろうブルジョア階級上がりの事務次官が尋ねてきたので、わたしは得意になって今回の工事理由を朗々と説明した。
「しかし、聖女どの。費用対効果が薄いのではないか? 失礼ながら、こんな場所よりは王都の下町で同じ工事を行えば……」
なおも経済的な面から、こんな工事は無意味と言い放つ事務官。
その様子に水マフィア。
もとい、スラムの水関係の顔役であるガルダは顔をしかめている上に、遠巻きの人ごみの中にいる少年リュカは大声で文句を言う。
……『俺たちの恩人な聖女のねーちゃんに何言うんだ』って怒ってくれるのは、嬉しいよね。さて、エッタ仕込みの反論タイムと参りましょうか。
「確かにおっしゃる事は理解致します、次官さま。現在のところ、スラムよりは下町の方が利益。より多くの税金を得ますから。ですが、逆に言えばスラムが下町化すれば損失が減り、将来利を生む場所になる。そうとも言えないでしょうか?」
「それはあまりに長い目で見すぎではありませんか? 王国の金庫には、さほど余裕もありません。このような稚事に使う余裕など……」
わたしの反論に、なおも言い返す事務次官。
その言葉は非常に刺々しく、いうに事欠いて「おままごと」と言い放つ。
「次官さま。その言い方は……」
流石に頭にきたわたしが言い返そうとした瞬間。
「あら、まだお若いのにそんなに頭がお固いとは、困ったお方。まるで龍の化石みたいですわ。おーっほほ!」
それまで、貴族令嬢らしい薄い笑みを湛えていたエッタがブチ切れ。
事務次官に向けて、「宣戦布告」をした。
「か、化石ですと……」
「今回の慈善事業の意味が分からないのでは、古代の遺物以下ですわよ。わたくし、自ら説明いたしますわ!」
まさか王女殿下自ら言い返すとは思っていなかった次官。
一瞬顔を怒りで赤くするも、喧嘩相手が王女殿下と知り、青くなる。
……あーあ。もう知らないの。でも、これで表立ってわたし達のプロジェクトに喧嘩を売る相手はいなくなりそうね。
「まずスラムがあることで起きる問題。衛生状態の悪化による疫病のまん延、過密かつ簡素な家屋による火災など災害時の被害甚大化、更にはスラム住人の悪事への誘惑、違法組織のアジト設立などなど。これらを放置しておくのは、王国としても大きな損失ですの!」
その後、エッタの独壇場となり、事務次官はおろか他の官僚らも青くなりながら彼女の演説に圧倒され、スラム住民らからも「王女殿下、ありがとうございます」など感謝する言葉が多く聞かれたのは、相棒としてとても嬉しかった。
「つまり、これはただの慈善事業ではありませんの。将来の税収を生むための投資ですわ! 分かりまして? 石頭の事務次官さま?」
「王女さまって、聖女のねーちゃんと一緒で、変だけどすげぇ! 俺たちのことも見てくれているんだ―!」
……リュカくん、それ褒めていないよぉぉ!




