第19話 工事現場は、想定外であってはならない
「皆さま、おはようございます。本日より工事を開始します。これから、スラムを住みよい街に変えていけるよう、一緒に頑張りましょう!」
「おー、聖女さま。ばんざーい」
「本当に聖女が、一緒に仕事するのかよぉ」
「俺たちの暮らす場所を荒らしに来たのか?」
早朝のスラム。
わたしは、港湾ギルド長に斡旋してもらった人たちの前。
踏み台代わりの木箱の上に立ち、拡声魔術具で人々に声を伝える。
……ざわざわしているけど、わたしの姿を見てびっくりしているわ。まさか、聖女本人が工事現場に直接出てくるとは思わなかったのね。一部、きつい視線はあるけど、しょうがないの。自分たちの縄張りを荒らしに来たんだものね。
因みにエッタは、お城でお留守番。
聖女だけでなく王女殿下が、スラムで工事に参加というのは流石に前例がなく、警備上の問題も大きいためだ。
本人は現場を見たいと何度も話していたので、工事が安定化した後に機会を作って一緒に見ようと説得して、納得してもらった。
……神殿騎士団を警備に貸してもらったけど、盗難防止の監視も含めてだから、わたし一人の警備でも大変みたい。これで王女殿下まで来たら、王国騎士団も出張って、工事現場が警備だらけになっちゃう。
まだ徒歩での任務にも慣れている神殿騎士団だから良いが、主に騎馬での任務が多い王国騎士団に、これ以上負担をかけるのも悪いだろう。
「今日の工事ですが、こちらから皆さまにシャベルなどの道具をお貸ししますので、見本の方を参考に穴の開いた道路を一旦掘り下げてください。土は一旦、こちらの荷車に積み込んでくださいませ」
土木ギルドの人たちが、不思議そうな表情のスラムのひと達に道具を配る。
そして見本として、スラムで一番太い道。
そこのぬかるんだ地面へ刃の上のステップに足を乗せてから、ぐっさりと突き刺していた。
「こ、こうやるのかな?」
「このシャベル、すげぇ。すっと地面に入るぞ」
恐る恐るシャベルを使っていた人たち。
地面を切り裂くように簡単に突き刺さるシャベルに驚いていた。
今回のシャベルに関しては、土木ギルドに準備してもらったが、わたしの要望と同じものがこの世界にも既にあって助かった。
……シャベルとスコップ、NPO時代に違いを教えてもらったのよね。掘るときに体重が乗せやすいように金属部分にステップがあるのはシャベル。すくって運ぶためにステップが無いのはスコップね。大抵、シャベルの方が先がとがっている印象かしら?
スラムの住人、とりわけ子ども達が興味深そうに大人たちが地面を掘っているのを見ている。
「あら、貴方たちもお手伝いしたいんですか?」
今のところ、やることがないわたしは、スラムの子ども達に声をかけてみる。
……警備の方、ごめんね。でも、未来を考えたら、この子たちには、幸せになれる方法を知って欲しいの。
「お、おまえ。まだ小さいのに、大人たちを使って何をやってるんだ? 穴を掘って何が面白いんだ?」
「そうですわねぇ。貴方は道路が使いやすくなったら嬉しくないですか? 雨が降る度にぬかるんで足が濡れますし、転びそうになる道路と、穴もなく馬車が通っても大丈夫な道。どっちが良いですか?」
警備の方は、薄汚れた服の小さな男の子が乱暴な言葉をわたしへぶつけるのに渋い顔をして何か言おうとするが、わたしは一旦制する。
そして膝を降ろし、わたしの肩口くらいの背の男の子と目線を合わせ、道の事を問いかけてみた。
「そ、そりゃ綺麗な道の方が良いけど……。おまえは、道を綺麗にできるのか?」
「はい。その為に、今日。わたしはここに来ましたの!」
わたしは、自慢満々にドヤ顔で答えた。
◆ ◇ ◆ ◇
「皆さま、お疲れ様でした。お昼休憩にしましょう。こちらで昼食を準備しましたので、お手を洗ってから各自受け取りに来て下さいませ」
太陽が真上まで昇り、王都神殿の時を告げる鐘が四の音を鳴らす。
そこで、わたしはパンと手を叩き、拡声器魔道具から声を上げる。
昼食が準備出来たと。
「え!? 働いて、昼飯がでるのか?」
「そんな日雇い、聞いた事ねぇぞ」
わたしの声に、働いていないスラムの人々からも声が上がる。
「ええ。真面目にお働きになられた方には、女神さまからのお恵み。食事を提供致しますわ。更に、これとは別に十日ごとにお給金もお支払いします」
「……いいなぁ。俺も……」
わたしの近く。
工事をじっと見ていた男の子が口に指を入れながら、羨ましそうな姿を見せる。
……こうなるのは、想定内ね。ちゃんと準備していたよ。
わたしは、食事準備をしてくれたリッカに目くばせをする。
するとニッコリ笑みを返してくれた。
……今日のお昼ごはんは、少し塩が多めのベーコンと野菜のスープ。そして黒パンなの。汗かいた人には塩分補給ね。良い匂いが広がって、宣伝効果は抜群ね。
「しかし、皆さんの前で自分たちだけ食事をするのは、心苦しいですわね。そうですわ、お昼から少しでもお手伝いをしてくださる方には、先行投資でお食事を支給しましょう。しかし、これは今日限り。明日からは、朝からお仕事をしてくださった方のみですよ」
わたしは、予定していた言葉を聖女っぽい表情で、スラム内の人々に告げる。
これぞ、「飴と鞭」作戦の「飴」。
今日の食事にも困る人たちは、目の前の食事を求めて働く。
それを期待しての事だ。
……エッタや司祭長さまとも相談して決めた作戦なの。甘いだけじゃないわ。
「なお、お貸しした道具を盗んだり、働いていないのに食事を食べる、更には工事の邪魔をなさるなら、女神さまが天罰をくださることでしょう。少なくとも、二度とこの現場で働く許可は出ません。そこのところは、是非に覚えておいてくださいね」
そして「鞭」を提示する。
こう宣言しても、犯罪が起きる可能性はある。
ただ、あらかじめ宣言しておけば、食事を目当てにしばらくは大人しいだろう。
「お、俺も食べても良いのか?」
「はい。そちらの子達もどうぞ。ただし、お昼から土を運ぶのをお手伝いしてね」
驚きを隠せない男の子の頭を軽く撫で、しゃがみ込んで近くの小さな子達にも、わたしは微笑んだ。




