第18話 お小言は想定外……じゃない
「フォンティーアさま。わたくしが何を言いたいか、分かりますよね」
「は、はい、司祭長さま」
ギルド長たちに技術開示を行った数日後。
わたしは、司祭長の職務室に呼び出された。
「セリーヌどの経由で王女殿下から苦情を頂いておりますのと、リッカからも報告を受けております」
応接セットの上座に座る司祭長。
優雅に茶を嗜んでいるのだが、彼女からは圧倒的な威圧と恐ろしいほどの魔力を感じる。
かつて、数百人を超える魔族の軍勢を、たった一人で押しとどめたという伝説を持つ聖母。
魔族の返り血で真っ赤になったその姿から「深紅の戦巫女」と血なまぐさい異名で呼ばれた司祭長。
幼い頃は、義母の語る英雄譚に、わたしもそんな立派な人になりたいと思ったものだ。
その彼女が今、わたしに対し全力の威圧を放っている。
……ああ、やらかしてしまったわぁぁ。司祭長さまが、怖いよぉぉ。
視界の端にいるリッカ。
彼女は、とてもばつの悪そうな顔をしているが、悪いのは考えもなしに何でも話してしまったわたし。
業務として司祭長に報告をした彼女を責める気など、毛頭ない。
……リッカお姉ちゃんには後で謝るのと、義母さまに報告したのは当然の仕事だから、気にしないでって言わなきゃ。
「あら、余所事を考える余裕がまだありますのね、ティアちゃぁぁあん」
「ひぃぃぃ! ご、ごめんなさぁい」
「さては、わたくしに事態を報告したリッカお姉ちゃんは悪くないから、後で謝ろうとでも思っているのかしら?」
……思考が読まれてるぅぅ! 不味いわ、怖いよぉぉ。
「ぐはぁぁ! か、義母さまは、以心伝心の魔術をお使いになられるんですか?」
「そんな訳あるはずもないですわ。わたくしが使えますのは神さまより授けられました奇跡。神聖術のみです。貴女みたいに、節操もなく様々な魔術を嗜めるほど、才能も時間もありませんでしたわ、おほほほ!」
「暇してて、ごめんなさぁぁい!」
「それに本当に言うべきことも言わず、余計な事を話す許可は出しておりませんよ、ティアちゃん? わたくしが聞いている事を話してね」
「ひゃい!」
もはや、余所事を考える余裕などなく、必死に謝ることしかできないわたし。
まるで子連れの獰猛な母熊そっくりの司祭長を前に、指一本動かせない。
その圧倒的なまでの威圧に、わたしの普段着にしている神官着が、流れ落ちる冷や汗で濡れ、びっしょりとなって酷く重く感じた。
……死ぬ、死んじゃうぅぅ!
「ティアちゃんは、考えていることが顔に出すぎなのよ。それに、誘導尋問にも弱すぎですの。王女殿下にも上手く嵌められたと聞きましたし」
再び、リッカに給仕してもらった茶を優雅に飲む司祭長。
ようやく周囲に放っていた殺気を消し、にっこりとわたしに微笑みかけてくれた。
「とまあ、過ぎてしまったことを、くどくどと必要以上に責めても何も得るものはありませんですの。失敗を生かして、今後に繋げましょう。で、最初にわたくしが貴女を叱った理由は分かっていますよね、ティアちゃん?」
ようやく金縛りが解け、わたしは温くなった茶で喉を潤して大きく息を吐いてから言葉を返した。
「はい、義母さま。今後の社会への影響も鑑みず、考えなしに情報開示をしてしまったことですね」
「分かっているのなら、宜しいですわ。貴女には、幼いころから自分が知っていることを周囲に説明したがる癖があります。そして、誰かを助けるためには、相談する前に動いてしまう癖も。そう、洗礼式以前からでしたわね」
昔を思い出すかのように視線を上に向ける司祭長。
わたしが、幼少期から「やらかし」まくっていた事を懐かしそうに語る。
……あれ? わたしの説明癖って洗礼式前からだったっけ? じゃあ、この癖って前世の影響以前。生まれつきなのね。馬鹿は死んでも治らないっていうけど、その通りだったわけだわ。
「貴方が持つ情報や技術、それは世界を大きく変える可能性がありますの。くれぐれも安易に開示せぬようにしなさいね。で、工事の方は上手く始められそうかしら?」
「はい、工事の段取りは土木ギルドから、資材などは鍛冶ギルドや陶器ギルドから、準備して頂きました。スラム内からの人材は港湾ギルド長から、あちらで荷役の実績があって『それなりに信用がおける人』を向こうのお仕事の邪魔にならない程度の人数、斡旋してもらうようにしました。いきなり素性の分からない人を現場に入れたら、悲しい事が起きてしまいますもの。後は工事警備と食事準備に神殿の協力を願いたいのです」
いくらお人好しのわたしでも、スラムの人がいきなり真面目に働いてくれるなんて思っていない。
働くように見せてサボるなんてのは当たり前、仕事に使う道具を盗んで何処かで売る、働いている人同士でケンカをする。
しまいには、せっかく作った物の価値を分からずに破壊したり、他所の立派なものを嫉妬から破壊する。
彼ら全てが悪人ではない。
悲しい事に、何も知らず力も持たないから、このようにしないと生きていけない環境だったから。
……全部、前世でNPOで途上国に行ったときに見た事ばかり。その上、宗教や迷信じみた事を理由にして、教育を受けているはずの偉い人が私欲を肥やすために仕事の邪魔をしてきて、流石にキレたの。
「では、どうやって働いてもらうの? これまでまともに仕事なんてしたことない人ばかりよ。文字も読めないし、教育も受けていない。ティアちゃんの話す事なんて全く分からず、小娘と馬鹿にしてくるわ」
「なので、神殿の方々に少々協力してもらおうと思うのです。もちろんお手間かけた分は、工事経費からお支払いします。名づけて『飴と鞭』作戦です!」




