第17話 想定外の工事開始
神殿の会議室。
そこには多くのギルド長が集まっている。
「本日は、わたしの事業にご参加いただき、ありがとう存じます。これより、わたしが水の女神さまより授けて頂きました技術情報を手加減なく開示いたしますわ!」
「ティア! 最初から『アクセル全開』じゃダメですわ。いつもながら説明癖が暴走してますの。こないだも『重力』なんかを言ってしまいますし……あ、しまったぁ!?」
「えっとぉ、皆さま。先程、姫さまやフォンティーアさまがお話されました事は、他言無用で……」
スラム環境改善事業がスタートした初日。
神殿に契約魔術を受けに来たギルド長らを前に、わたしは嬉しくてつい暴走。
エッタが突っ込んでストップをかけてくれるも、彼女も異世界用語を使ってしまい、雰囲気から不味いと判断したセリーヌは目の前にいるギルド長らに口止めをお願いした。
……だって、今までエッタ以外には地球技術を話せなかったし、高度な技術談議なんてエッタでも無理だったんだもん!
エッタは、事業開始のご挨拶に来てくれたのだが、わたしの「説明」暴走を止める役目も兼ねている。
なお、お茶を各員に給仕しているリッカは笑うのを我慢するのに必死な様だった。
「……ま、まあ。既に私どもは、契約期間中は聖女さまや王女殿下には敵対しないという契約魔術を受けさせて頂きましたから、御安心を」
「ですな港湾ギルド長どの。しかし、俺は楽しくなったぞ。聖女のお嬢ちゃんは、ギルドの秘術をいとも簡単げに話しちまう。なら、本気で技術を話し出したら、とんでもねぇものになりそうだ」
港湾ギルド長は少々困惑気味だが、土木ギルド長は嬉しそうだ。
自分が知らないかもしれない技術が、わたしの口から飛び出すのを期待している様子。
「いいねぇ。オレらも、ご相伴に預かりたいぜ。聖女さまは、配下に可愛い獣人族の側仕えさんがいらっしゃる。なら、オレ達ドワーフ族も差別されねぇよな」
「賢い酒樽」とも呼ばれる小人種のドワーフ族。
彼らは金属加工に詳しく、種族全体が鍛冶ギルドになっている。
鍛冶ギルドの長は、給仕役のリッカに笑いかけ、可愛いと褒めてくれた。
……髭だるまのおっちゃん、中々に良い目をしているわ。リッカお姉ちゃんは、とっても可愛いのよ。
「ふむ。なら自分たちも美味しい目を見れそうです。昨今は東から入ってくる磁器とやらのおかげで、貴族相手には商売あがったりでしたから」
繊細そうな雰囲気の陶器ギルド長も、わたしを好意の眼で見てくれる。
……磁器ねぇ。確かボーンチャイナって言って、牛の骨灰を粘土に加えて焼いたら、乳白色の磁器が出来たはず。細かい配合具合は知らないけど、アイデア提案くらいは出来るかな。
わたしの元に集まってくれた王都の技術者たち。
神殿と王族が生み出すであろう莫大な利益を求めてかもしれないが、誰もがわたしの持つ技術を欲しがっている。
なら、適時開示して王国の、いや、世界中の科学技術を向上させ、迫りくる破滅から全てを守り抜くのだ。
……全部、破滅フラグをぶっ倒したら、また宇宙を目指してみるのも良いよね。この世界で『月』旅行なんてステキ。エッタも一緒に行けたら楽しそう。
「おほん。では、改めまして! 今回の事業における工事基本プランを開示いたします。道路については、土嚢の積層化による基礎工事の上、石灰・にがりによる表土の固化舗装を行います。そして道路横に汚水や雨水対策の水路を同時に設置、水路は陶器製の物を組み合わせて使用し、陶器表面を釉薬で固化、漏水を防ぎます! 以上、これが大まかな仕様になっております!!」
少々釘を刺されてしまったが、もう手加減は要らない。
よって、わたしは全開で工事に関する技術開示を行った。
「ティア、さっきも言ったけど、やり過ぎよ。だーれも、内容を理解できていないわ。リッカ、貴女の主は賢いけど馬鹿なのかしら?」
「申し訳ありません、王女殿下。ティアちゃん、昔からこういったところが馬鹿なので、ワタシも困っていましたのです」
エッタの辛辣なツッコミとリッカの愚痴。
あれ?っと周囲のオジサンたちを見ると、誰もがぽかんとした顔をしている。
「し、少々分かりにくかった様ですねぇ、わたしの説明は……」
「あれで分かるのなら、誰も苦労しないわぁ! はぁ、技術バカってこういう人たちなのよねぇ。ギルド長の皆さま。聖女さまは、女神さまのご加護を受けた際に、詰め込まれました知識が多すぎて、少々斜め上なお考えになられています。王族たるわたくしが補助しますので、少々大目に見てあげてくださいませ」
「斜め上って……。エッタのばかぁぁ」
わたしとエッタの漫才じみたやり取りを見て、ギルド長たちはますます困惑を増していたように見えた。
「陛下……。この暴走娘たちの手綱。私だけの力では御しきれるか、少々不安ですぞ」
……ん? 港湾ギルド長さん、何かつぶやいていなかったかしら?
◆ ◇ ◆ ◇
「な、なんとか嬢ちゃんの言いたいことは分かった。だが、どうして土嚢を道路作りに使えるのかが、一向に分からん。土嚢は堤防の応急処置や野外での臨時の壁くらいにしか使えねぇだろ?」
「その疑問を待っていました、土木ギルド長さん。では、もっと詳しく解説いたしますね」
お互いに手加減なく情報交換ができることになり、土木ギルド長もギルドが秘匿していた工事に関するテクニックを、わたしに開示してくれる。
……契約魔術には、各商業ギルドがわたしやエッタには害をなさないという約束と共に、わたしがギルドを通さずに新たに大規模な工事や製品開発をしないという約束、--約款も含まれているの。約款に関しては、前世商社OL時代に仕事で契約書面を作っていたエッタに教えてもらったわ。
「ティア。今度は『誰』でも分かるように、丁寧に説明してね。貴女、リッカやセリーヌにあの『設定』を説明した時は、ちゃんとできていたんだから、頑張ればできるはずよ?」
「はい、殿下。では、ゆーっくり説明します。土木ギルド長さんがおっしゃる通り、土嚢には臨時の壁としての役目に使われることが多いですね。作物収穫・保存用の麻袋に土砂を入れるだけの簡単なものですが、便利ですよね。この土嚢ですが、上から叩くことで中身が締まって固くなるのはご存じですか? これを道路下の基礎基盤に使うことで、工事後に地盤沈下や地下水による浸水対策ができるようになるのです」
わたしは、この世界の人にも分かりやすいように、準備してもらった大きな木の板を黒板代わりに立てかけ、そこに羽ペンでざっとあらましを書いていく。
……この世界に黒板ってあったかしら? 石板と石筆や、蝋を使った書字板は神殿でも見たことがあるの。もしまだ未開発なら、黒板の技術も開示して、授業や仕事の説明に使えれば良いよね。
「まだ分かりにくいわよ、ティア。基盤とか沈下とか、専門用語過ぎない?」
「殿下、これなら土木ギルド関係者ならぎりぎり理解できます。しかし、恐るべしは女神さまの英知でございます。こんな幼く可愛げな少女が、各ギルドを圧倒するような技術談義をなさるんですから。なるほど、先の王都大洪水と疫病さわぎを御身のみで解決したのも納得ですわい」
「聖女さまと王女殿下、お二人が組まれることで、このような大事業になるのは驚きです。しかし、技術者としては実に面白いです」
何故か仲良さそうに話すエッタと各ギルド長たち。
本来、王女様とは平民からすれば恐れ多くて話すことができない相手。
それは法服貴族となったギルド長たちにとっても同じなのだが、わたしとの「漫才」を見た上に、獣人族のメイドとも気軽に愚痴をこぼしあう様子を見て、親しみやすさを覚えたのだろう。
……後から、下町でのエッタの噂をリッカから聞いたんだけど、その親しみやすさと賢さ、愛らしさと隠しきれない気品から、王位継承者である王子殿下や公爵家に輿入れした姉ぎみよりも人気が高いらしい。王族内のアイドル的存在なんだって。
わたしは、エッタが幸せそうに周囲と歓談している様子を見て嬉しくなり、ますます説明に力を入れた。
「土嚢がただの土の塊よりも強い理由として、袋が張力として作用するのと横からのせん断力に対しても強いのが原因です。更に石の塊では、水を通さない上に重さで沈もうとしますが、土嚢は水を通し、周囲の土とほぼ同じ重さなので沈むこともなく……」
「ティア、いい加減暴走を止めなさーい!」
「殿下、こうなったティアちゃんは、もうダメです。本人が納得するまで話させるしかありません」
「陛下。ワタクシでは、もうお二人を御せません。これは司祭長さまにもご相談を……」
その日は夕方遅くまで、わたしは心行くまで技術開示を行った。
「あー、気持ちよかったぁぁ!」




