第12話 想定外のスラム
王都の南部地区。
城塞のすぐ先に、バラック小屋。
ありあわせの部材で立てた粗末な家がいくつも並ぶ。
「結構、匂いますね。リッカ」
「ええ、フォンティーアさま。皆さま、足元にお気をつけて。汚水に足を入れてしまいますと、病気になるかもしれません」
計画されていない道路は、人が数人並ぶくらいの狭さ。
プクプクと瘴気で泡立つ汚水たまりや大きな穴がいくつもある。
更には、家から直接道路に汚水が流れている。
……絵で描いたような典型的スラムね。前世の途上国で、何回も見たわ。
「これは酷いですわねぇ。想像以上に悪い環境。王都内でこんな場所を放置していたのは、王族の怠慢ですわ。感染症の危険もあるでしょうし、火災時には大災害になるわ」
「姫さま。護衛よりも前に出るのは、おやめくださいませ。いくら警備が居ても、その中に姫さまがいらっしゃらないと無意味でございます」
「エッタ。あ、失礼しました。王女殿下、ここは王都内でも危険区域。警護の方のおっしゃる事を聞きましょう。リッカ、案内してくださるかしら?」
「はい、フォンティーアさま」
スラム改善計画に伴う道路建設工事。
それを話し合った数日後、エッタから陛下の許可が出た事を聞いた。
そして、なんと王女殿下自らが現地視察をすることになり、急遽王国騎士団のみならず神殿騎士団も警備に駆り出される一大事になってしまった。
狭いスラムの路地を十名近くの護衛を引き連れて歩くわたし達。
「エッタ、これ大事になりすぎているんじゃない?」
「ごめんね、ティア。父さまに甘えて訴えたら、こんな風になっちゃったの」
エッタの耳元で日本語ひそひそ話。
あまり大きな話にしたくはなかったのだが、司祭長さまもノリノリで神殿騎士団の貸し出しを許可されてしまい。わたしも呆れている。
「あら、まあ。とてもステキな事を思いついたのね、ティアちゃん。確かに王都内でなら直接工事を監督できますし、公共事業という名目でスラムを住民自らの手で改善させるなんて、一石三鳥以上。ええ、許可致しますわ。では、警備に神殿騎士団を貸しましょう。彼らも聖女さまと王女殿下の美少女二人を守るのは嬉しいでしょうね」
……わたしの根回し前に、先手で神殿騎士団に話を通しておくんだから、困ったわ。少々過保護じゃないかしら、司祭長さま。
にこにこ顔の騎士団員。
スラム住人の大半は、貧しいだけの普通の人々。
犯罪者がいない訳でもないが、屈強で完全装備の騎士団に囲まれた聖女と王女にケンカを売る様な馬鹿は流石にいない。
「きゃー、聖女様ぁぁ」
「王女殿下、ばんざーい」
「お二人とも、小さくてお可愛いわぁ」
「きっと大人になれば、凄い美人になられるだろう」
いきなりのスラム訪問で、石でも投げられるかと思っていたが、飛んでくるのは、きゃーきゃーとわたしとエッタへの声援の声ばかり。
騎士団をかき分けて、わたし達に積んだ野花を差し出そうとする子どももいた。
……あれ? 時々、妙に目線の鋭い人が群衆に紛れてますの? 気のせいだよね、多分。いくら司祭長さまや陛下でも、スラムに『草』を仕込ませるなんて……??
「こちらは、一旦ワタクシが預かります。ええ、必ずお二人にお渡ししますね」
セリーヌが子どもから花を受け取り、笑みを返している。
……暗殺者という可能性も否定できないからね。前世だと、人間爆弾として子どもを使う卑怯な奴もいたけど。
「で、現状をどう見ますか、ティア。衛生環境も最悪ね」
「そうですね、王女殿下。まず道路以前に排水路をしっかり作る必要があります。むむぅ、『ポルトランド・セメント』はまだ無いので、『ローマン・コンクリート』を使うのも手ですが、とても手が足りないですし、『ローマン・コンクリート』に関しては製法もまだ確認していないんです」
道路自体は土嚢工法で作れるが、コンクリートはまだ使えない。
なにか、いい方法が無いか考えてみる。
「道路わきの溝ですよね。確か、前世ですとコンクリートで作った溝を穴に埋め込んで……。ティア、それは焼き物で代用できませんですか?」
「焼き物!? あ、ええ。可能です。そういえば、大昔の遺跡に陶器製の水路があった覚えがあります。素焼きのU字溝……では、水漏れしますから釉薬。表面をコートした焼き物を作れば完璧です! これなら、王都内全部に採用可能かも」
エッタの提案で、打開策。
焼き物による排水路を思いついた。
……古代ローマ帝国みたいに鉛製の配管とか使ったら毒性問題もあるし、盗難もありうるのよね。わたしも井戸建設で、痛い目を見たわ。
前世でも学童教育が進んでいない途上国では、未来の便利さよりも目先の金に目がくらみ、井戸からポンプや蛇口を盗む事例が沢山発生した。
とはいえ、日本でも銅線やエアコン室外機泥棒が居たので、何処にも一定のバカはいるのかもしれない。
「なら、次は職人の確保ね。先だってティアがお話しいただいた計画には金属加工技師や魔法陣に詳しい魔術師が必要。そして、今回は陶器職人が大量に必要。ふぅ……。ティア、改革は簡単では無いですわ」
「側仕えの身にて意見具申宜しいですか? お二方、陶器ギルドなどに話を通すというのは、どうでしょうか? 職人は職人にお聞きするのが一番かと思います」
王女殿下の足元に跪いて頭を下げるリッカ。
意見具申として、陶器ギルド。
陶器を扱う職人の組合に話を通してはどうか、と提案してくれた。
「陶器ギルドですか……。詳しい人、出入りの業者に聞いてみますの。ティア側でも確認お願いしますわ。リッカ、貴女冴えてますわね。ティアの側近で無ければ、わたくしの直属配下に欲しいですわ。あ、ティア、冗談だから睨まないでね」
「うふふ。ワタシのような獣人族に、ありがたいお言葉感謝致します、殿下」
エッタがリッカを欲しがるので、わたしは冗談と分かっていてもリッカを抱きしめて、睨み返した。
「リッカお姉ちゃんは、わたしのものだもん! 例え誰にでも、王女殿下にもぜーったいに上げないもん!!」
わたし達の漫才じみた会話に護衛騎士たちだけでなく、スラム住民からも笑い声が聞こえたのは、ある意味朗報だった。
……もー、恥ずかしいよぉぉ!
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