第35話:誕生日プレゼント対決
初夏の爽やかな風が、公爵邸の窓から吹き込んできた。
小鳥たちの囀りで目を覚ました私は、ふかふかのベッドの中で、ふと今日という日の特別な意味を思い出した。
(そういえば……今日で私、二十一歳になったのね)
前世の保育士時代は、毎日の激務に追われ、自分の誕生日などケーキを買って一人で食べるだけの日だった。
そしてこの異世界に悪役継母として転生してからは、ノア様の死亡フラグを叩き折ることに必死で、自分の年齢すら数えるのを忘れていた。
「おかあさま! おきて、おかあさま!」
パタパタという可愛らしい足音と共に、寝室の扉が元気よく開かれた。
ベッドから身を起こすと、そこには満面の笑みを浮かべたノア様が立っていた。
なぜか、その両手は背中に隠されている。
「おはようございます、ノア様。朝からとっても元気ですね。背中に何を隠しているのですか?」
私が優しく問いかけると、ノア様はトテトテとベッドに近づき、私の寝巻きの裾をぎゅっと握りしめた。
そして、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めながら、背中に隠していたものを差し出した。
「おかあさま! おたんじょうび、おめでとう!」
とびきり甘くて、一生懸命な舌足らずな言葉。
ノア様の小さな手に握られていたのは、庭園に咲くシロツメクサや野花を編んで作られた、お手製の花冠だった。
「これね、おとうさまにないしょで、ぼくがひとりでつくったの。おかあさま、いつもきれいで、やさしいから……おはながにあうとおもって」
よく見れば、花冠の編み目は少し不揃いで、ところどころ茎が飛び出している。
彼が小さな指を泥だらけにして、私のことを想いながら何度も編み直してくれたことが伝わってきた。
「ノア様……っ」
ああ、ダメだ。
私の涙腺は、もう限界だった。
どんなに高価な宝石よりも、どんなに強力な魔法アイテムよりも。
彼が私を愛してくれているという、この純粋な想いの結晶が、世界中の何よりも価値がある。
「ありがとう……っ、ノア様。お母様、世界で一番嬉しいです……っ」
私は涙をこぼしながら、ノア様の小さな体を力いっぱい抱きしめた。
「えへへっ、おかあさま、なかないでー」と背中をトントン撫でてくれるノア様。
朝から限界突破した母性が大爆発し、私は花冠を胸に抱きしめながら幸せの絶頂を噛み締めていた。
「――ふっ。やはり、私の息子は素晴らしいな。内緒にしていたつもりだったようだが、庭師が昨日、泥だらけの小さな手袋を三組も洗っていてね。すぐに分かった」
背後から、ひどく甘く、そしてどこか大人気ない対抗心を燃やした声が響いた。
振り返ると、完璧な正装に身を包んだアレクシスが、数人のメイドたちを引き連れて寝室に入ってくるところだった。
「おとうさま、しってたの!?」
「知らないふりをするのも父親の務めだ。ノア、よく頑張ったな」
アレクシスがノア様の頭を撫でると、ノア様は少し照れたように胸を張った。
「旦那様? その後ろの大きな箱は一体……」
「開けなさい」
アレクシスが短く命じると、メイドたちが恭しく巨大なベルベットの箱を開いた。
「…………えっ?」
箱が開かれた瞬間、私は自分の目を疑った。
そこに入っていたのは、お伽話のお姫様が着るような、最高級のシルクと神々しい魔力糸で織られた純白のドレス。
そして、その中央で圧倒的な存在感を放っているのは、拳ほどの大きさがあるピンクダイヤモンドだった。
「こ、国宝級のダイヤモンド!? なぜこんなものが我が家に!?」
「驚いたか、リリアーナ。君の二十一歳の誕生日に相応しいものを用意しようと思ったら、王家の宝物庫の一部を正式に買い取る羽目になってしまってね。ついでに隣国の鉱山も三つほど公爵家の傘下に収めておいた」
「か、買い取った!? 鉱山を三つ!?」
「ああ。君がノアから花冠をもらうことは、庭師と手袋の件で予想していた。その素朴で美しい花冠を引き立てるよう、世界で最も美しい宝石を散りばめたドレスとティアラを特注したのだ」
アレクシスは、息が詰まるほどの重い愛と執着がこもった瞳で私を見つめてくる。
お金では絶対に買えないノア様の純粋な愛。
圧倒的な財力と権力に裏打ちされたアレクシスの重すぎる愛。
究極の二択、いや、究極の両取りである。
メイドたちの手によってドレスを着付けられ、ふんわり結い上げられた髪の上に、アレクシスのティアラと、ノア様のお手製花冠が重ねて乗せられた。
鏡の前に立った私は、没落寸前の貧乏令嬢だった頃からは想像もつかないほど、煌びやかで幸せに満ちた姿をしていた。
「……ああ、やはり君は美しい。私の魂を奪い去った、世界で唯一の女神だ」
アレクシスが感嘆の溜息を漏らし、私の手の甲に熱いキスを落とす。
「おかあさま、おひめさまみたい! すっごくかわいい!」
ノア様も目をキラキラ輝かせ、私の周りをぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
「ふふっ……ありがとうございます。ノア様の花冠も、旦那様のティアラも、どちらも私の宝物ですわ」
私は二人の愛する家族に、この上ない幸せの微笑みを返した。
公爵邸で行われたささやかで、しかし桁違いに豪華な誕生日パーティーは、温かい笑い声に包まれたまま夜まで続いたのだった。




