第33話:天才魔導師のお披露目
第33話:天才魔導師のお披露目
王宮の薔薇園での断罪から、半年が過ぎた。
その間、公爵邸ではノア様の心と体を回復させるため、徹底した環境づくりが行われた。
医師による定期診察。
治癒師による古傷の手当て。
子供の心に詳しい神官による穏やかな対話。
そして、アレクシスが選び抜いた信頼できる魔導師による、遊びを交えた魔力制御の訓練。
もちろん、毎日の食事は私の担当だ。
胃腸に負担をかけない回復食から始め、少しずつ栄養量を増やし、今ではノア様は見違えるほど健康的になった。
痩せていた頬には柔らかな丸みが戻り、冷たかった手足も温かくなり、夜に怯えて泣き叫ぶことも随分減った。
そして今日。
公爵邸の大広間では、ある重要な行事が執り行われようとしていた。
我が愛息子ノア様の、魔法能力お披露目パーティーである。
「……おかあさま、これ、きついの」
鏡の前で、ノア様が少し窮屈そうに襟元をいじっていた。
今日の主役である彼は、公爵家の紋章が刺繍された深い紺色の儀礼服に身を包んでいる。
かつてネグレクトされ、痩せこけていた姿はもうどこにもない。
栄養満点な食事と、たっぷりの睡眠と、アレクシスと私の溢れんばかりの愛情によって、ノア様は誰もが見惚れるほど美しく、健康的な子供へと成長していた。
「まあ、ノア様。少しだけ我慢してくださいね。今日は世界中の人たちに、ノア様がどれほど素晴らしく、そして愛されているかを見せつける日なのですから」
私が膝をついて襟元を整えてあげると、ノア様は照れたように笑い、私のドレスの裾をぎゅっと力強く握りしめた。
「うん! ぼく、がんばる。おとうさまとおかあさまの、じまんのむすこになるんだもん!」
舌足らずな言葉が少し混じりつつも、その青い瞳には強い決意の光が宿っている。
かつて自らの力を恐れて泣いていた小さな天使は、もういない。
会場となる大広間には、王国中の有力貴族たちが詰めかけていた。
場所を王宮ではなく公爵邸にしたのは、ノア様の安全を最優先したからだ。
招待客は全員、アレクシスの情報網で身辺調査済み。
入り口では毒物検査と魔力検査が行われ、会場全体には防護結界が張られている。
表向きは華やかな社交行事。
実際は、ノア様がもはや誰にも脅かされない存在であることを示す、公爵家主導の宣言の場だった。
「……リリアーナ。準備はいいか」
背後から、アレクシスの低く心地よい声が響いた。
彼もまた、最高級の正装を纏い、いつにも増して峻厳で美しい氷の公爵としての威厳を漂わせている。
しかし私に視線を向けた瞬間、その瞳は溶けるような熱を帯びた。
「ああ、今日の君は、世界のどの宝石よりも輝いている。……あまりの美しさに、パーティーを中止してこのまま自室へ連れ帰りたくなってしまった」
「旦那様、今日はノア様の日ですよ。変な気を起こさないでくださいね」
私が呆れた顔で窘めると、アレクシスは不満げに私の腰を強く引き寄せた。
この重すぎる独占欲も、今では公爵邸の名物である。
やがて、開始を告げるファンファーレが鳴り響いた。
大広間の重厚な扉が開かれ、アレクシス、私、そして中央に立つノア様の三人が入場する。
会場を埋め尽くす貴族たちが、一斉に息を呑んだ。
三歳の幼子とは思えないほど堂々とした歩み。
そして、アレクシス譲りの銀髪と氷の瞳を持つノア様の、圧倒的な存在感。
パーティーの中盤、いよいよノア様の魔法演舞が始まった。
会場の中央に立ったノア様が、ゆっくりとその小さな手を天にかざす。
「……いでよ、ひかりのつばさ」
凛とした声が響いた瞬間。
広間全体を包み込むほどの、純白で神聖な魔力の光が溢れ出した。
それは、以前暴走した時の禍々しい黒い奔流とは正反対の、温かくて、どこまでも清らかな光だった。
光は幾千もの蝶や鳥の形へと姿を変え、広間の天井を優雅に舞い踊る。
王宮の宮廷魔導師たちが束になっても成し得ないような、緻密で高度な魔力制御。
それを、わずか三歳の子供が、事もなげにやってのけているのだ。
貴族たちは、もはや言葉を失っていた。
演舞が終わると、会場には割れんばかりの拍手と称賛の声が巻き起こった。
「素晴らしい……! まさに神童だ!」
「ローゼンタール公爵家の将来は安泰だな」
「かつての噂など、一体誰が流したのだ。このように尊い御方を……」
手のひらを返したような称賛の嵐。
私はそれらを冷めた目で見守りながら、胸の内で強烈な達成感を感じていた。
(見たか、これが私の推しであり、最高に可愛い息子よ!)
パーティーが終わり、客人が去った後の静かな深夜。
主役としての重責を立派に果たしたノア様は、自室のベッドでぐっすり眠っていた。
「んぅ……おかあさま……褒めて……」
夢の中で、嬉しそうに呟くノア様。
頬を少し赤らめ、安心しきって見せる寝顔は、どんな魔法よりも私の心を癒してくれる。
「ええ、ええ。本当によく頑張りましたね、ノア様。あなたは私の誇りですわ」
私が彼の額を撫でていると、いつの間にか背後に立っていたアレクシスが、私の肩をそっと抱いた。
「……君のおかげだ、リリアーナ。君がこの子に愛を教えなければ、今日のこの光景はあり得なかった」
「旦那様……」
「愛している。ノアも、そして、彼に奇跡をくれた君のことも」
アレクシスが私の耳元で、蕩けるような甘い声で囁く。
窓の外には、ノア様の魔法の余韻のように、穏やかな星空が広がっていた。




