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第24話:広まる噂と、這い寄る陰謀


ノア様の魔力暴走事件から、数日が経った。

公爵邸の被害は大きかったが、アレクシスの圧倒的な財力と魔法であっという間に修繕され、私たちの生活は以前よりもさらに甘く、温かいものになっていた。


「んぅ……おかあさまぁ……」


昼下がりのサロン。

陽だまりのソファの上で、私のお腹の上にラッコのようにしがみついたノア様が、スースーと安心しきった無防備な寝顔を見せている。

そのサラサラの銀髪を撫でながら、私は平和な時間を心ゆくまで堪能していた。


あの日から、ノア様は自分の魔力を少しずつコントロールできるようになってきている。

アレクシスが宮廷魔導師の中でも信頼できる者だけを選び、さらに医師と神官も交えて、無理のない訓練計画を組んでくれた。

私はその横で、毎日の食事と睡眠と情緒の安定を全力で支えている。


愛情こそが一番の魔法。

私は本気でそう思っていた。


ふと、ノア様が目を覚まし、サファイアのような青い瞳を瞬かせた。


「……あ、おかあさま。ぼく、またねんねしちゃってた」


寝ぼけ眼をこすりながら紡がれる舌足らずな言葉。

そして、私のドレスの裾を力強く握りしめると、ノア様はその小さな手のひらの上に、ポンッ、と小さな光の球を作り出してみせた。


「みて! ぼくのおちから、きらきら!」


「わぁっ! 凄いですね、ノア様! とっても綺麗で、優しい光です」


私が拍手をして褒めちぎると、ノア様は「えへへ!」と太陽のような笑顔を咲かせた。

自分が化け物だと怯えていた数日前の姿はもうない。

彼は確実に、家族の愛に包まれて、強い子へと成長していた。


――しかし。

私たちが築き上げたこの幸せな城の壁の外では、淀んだ悪意が静かに這い寄っていた。


同刻。王宮の奥深くにある、第一王子の執務室。


「……ほう。あの氷の公爵が、前妻のガキの魔力暴走で取り乱した、と?」


豪奢な椅子にふんぞり返る第一王子が、意地悪く口角を歪めた。

彼の周囲には、宰相であるアレクシスの有能さを疎ましく思い、失脚を狙っている腐敗した貴族たちが群がっている。


「はい、殿下。噂によれば、その魔力量は王宮の魔導師団を凌駕するほど。いつ国を滅ぼすか分からない化け物でございます」

「あのローゼンタール公爵が、最近、新しい妻とあの子供に異常なほど執着しているという話も耳に入っております」


第一王子は下品な笑い声を上げた。


「傑作だな。血も涙もない男が、家族ごっこにうつつを抜かしているとは。……良い機会だ。そのガキの強大すぎる魔力を国家の脅威として大々的に糾弾し、公爵ごと排除してしまおう」


「おお! 素晴らしいお考えです。ガキを庇えば、公爵も国家反逆の嫌疑をかけられますな!」


「母上の茶会名義を使う。母上には、王家の威信を守るためと言っておけばよい。あの女とガキを、必ず連れてこさせろ」


彼らの目にあるのは、国の未来でも、三歳の罪なき子供の命でもない。

ただ己の権力欲を満たし、目障りな政敵を引きずり下ろすための、醜悪極まりない陰謀だった。


その日の夕方。

王宮から帰宅したアレクシスの顔は、ひどく険しかった。


「……リリアーナ。少し、いいか」


「お帰りなさいませ、旦那様。どうなさいました? そんなに怖いお顔をして」


私がノア様をメイドに預け、二人きりの執務室で向き合うと、アレクシスは重々しい溜息をついた。


「ノアの魔力の噂が、第一王子派閥に漏れている。奴らはノアを国家の脅威として扱い、私を失脚させる口実を作ろうとしている」


「……っ」


私の顔から表情が消えた。


実家の次は、王宮。

次から次へと、私の愛する天使の平穏を脅かそうとする害虫が湧いてくる。


その直後、執事のセバスチャンが青ざめた顔で入ってきた。

手には、王家の紋章である金の百合が刻印された封筒がある。


「奥様、旦那様。王妃殿下名義で、リリアーナ様とノア様宛てに、明日の王宮茶会への招待状が届きました。……ノア様同伴を厳命する一文がございます」


「やはり来たか」


アレクシスの声が氷点下まで落ちる。


「拒否すれば、奴らは『公爵家は危険な魔力を隠している』と騒ぎ立てる。王妃名義である以上、完全な無視も難しい」


「では、罠だと分かっていて行くしかないのですね」


「ただし、丸腰では行かせない」


アレクシスは私の前に、銀細工のブローチを置いた。

中央には、淡い青の魔石が埋め込まれている。


「これは伝令魔法と防護魔法を仕込んだものだ。毒物、殺意、魔力暴走薬に反応すれば自動で私へ知らせが飛ぶ。君が意識して使う必要はない」


「自動で?」


「ああ。君が危険を感じるより早く、私が知るようにしてある」


過保護にもほどがある。

けれど、今はそれが何より頼もしい。


「庭園の外周には、私の影の護衛を置く。ただし王宮内では、王家の結界によって彼らの動きが制限される可能性がある。だから私は別棟の会議に出席するふりをしながら、王都治安総監としての非常執行権を発動できる準備を整えておく」


「非常執行権?」


「王族または高位貴族が国家反逆に関わった疑いがある場合、宰相である私には一時的な拘束権がある。すでに第一王子派の不正の証拠も集めている。奴らが君たちに手を出した瞬間、合法的に潰せる」


アレクシスの瞳には、凍えるほどの怒りと、家族を守るためなら一切容赦しないという覚悟が宿っていた。


私はそのブローチを受け取り、胸元に留めた。


「分かりました。逃げてばかりでは、虫はいつまでもまとわりついてきますものね」


唇に、氷のような微笑みを浮かべる。


「行ってやろうじゃありませんか、そのお茶会とやらへ」


私の世界一大切な家族を脅かそうとする愚か者たちに、絶対的な後悔を教えてやるために。


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