第25話:王宮茶会での孤立
王宮の奥に広がる、豪奢な薔薇園。
そこは色とりどりの花が咲き乱れる美しい場所の反面、集まった貴族たちのねっとりとした陰湿な悪意に満ちていた。
「……リリアーナ。絶対に無理はするな。ブローチは自動で作動する。毒、殺意、違法薬物の魔力波を感知した瞬間、私に知らせが飛ぶ」
「庭園の外には影の護衛を配置してある。王宮側の結界で内側への介入は制限されるだろうが、彼らは退路を確保し、他の客を巻き込まないよう動く」
「そして私は、別棟の会議に出るふりをする。だが、君たちに刃が向いた瞬間、王都治安総監として非常執行権を発動する」
今朝、王宮へ向かう馬車の中で、アレクシスは本気で殺気を放ちながら私の肩を抱きしめていた。
第一王子派閥が、意図的にアレクシスを遠ざけ、私とノア様だけをこの王妃主催のお茶会という名の罠に引きずり出したのは明白だった。
だからこそ、私たちは逃げないことを選んだ。
逃げれば、ノア様が危険な存在だという噂だけが独り歩きする。
ここで堂々と受けて立ち、仕掛けてきた者たちを根こそぎ炙り出す。
それが、私たち夫婦の決めた方針だった。
「ひそひそ……ねえ、見たこと? あれが公爵家の前妻の子よ」
「呪われた血を引く化け物だと噂に聞きましたわ。いつ暴走するか分かったものではありませんのに」
「没落令嬢の後妻も、ずいぶんと哀れなものですわねぇ。ふふふっ」
扇子で口元を隠したご婦人方から、わざと聞こえるような声で嘲笑が飛んでくる。
「おかあさま……」
不穏な空気を察知したノア様が、不安そうに私を見上げた。
その小さな手が、私の純白のドレスの裾をぎゅっと力強く握りしめる。
「みんな、ぼくのこと、にらんでる……ぼく、ここにきちゃ、だめだった……?」
怯えきった青い瞳と、震える舌足らずな言葉。
つい今朝まで、アレクシスと私の間で安心しきった無防備な寝顔を見せてくれていたというのに。
この薄汚い連中のせいで、私の可愛い天使がまた心を痛めている。
(……ふざけないで。誰がこの子を化け物ですって? 一番の化け物は、醜い嫉妬に塗れたあなたたちの心の方でしょうが)
限界突破した母性が、私の心の中で猛烈な怒りの炎となって燃え盛る。
だが、ここで私が声を荒らげれば、それこそ第一王子派閥の思う壺だ。
「公爵夫人が取り乱した」と騒ぎ立て、ノア様の不安を煽るつもりなのだろう。
私は背筋を伸ばし、周囲の貴族たちに向けて氷のように冷たい視線を放った。
公爵夫人としての、一切の隙もない微笑み。
数人の令嬢が、耐えきれず視線を逸らす。
「大丈夫ですよ、ノア様」
私はノア様の前に膝をついた。
さっきまでの冷徹な仮面を脱ぎ捨て、世界で一番甘くて優しい母親の顔に戻る。
「誰もノア様を睨んでなんかいませんよ。ただ、ノア様のお顔があまりにも美しく、銀色の髪が綺麗で、みんな見惚れてしまっているだけです」
「……ほんとう?」
「ええ、本当です。ですから、お母様としっかり手を繋いで、堂々と胸を張っていてくださいね」
私がノア様の小さな手を握りしめて微笑みかけると、ノア様はパァッと顔を輝かせ、「うんっ!」と元気よく頷いた。
その姿の尊さに心の中で悶絶していると、前方からねっとりとした不快な声が響いた。
「おお、これはこれは。ローゼンタール公爵夫人ではありませんか」
現れたのは、第一王子の側近である中年の伯爵だった。
狡猾そうな顔つきで、背後には盆を持ったメイドが数人控えている。
「殿下からのご厚意です。新しく公爵家に入られた美しい夫人と、そして……そちらの可愛らしいご子息に、特別な茶菓子の贈り物をご用意いたしました」
盆の上に乗せられているのは、色鮮やかな砂糖菓子。
しかし、前世の知識と保育士としての勘、そして何より母親としての本能が、激しい警鐘を鳴らしていた。
同時に、胸元のブローチが、かすかに熱を帯びる。
(……反応した。やっぱり、このお菓子は危険物だわ)
微かだが、魔力を乱す薬の匂いがする。
ノア様の魔力暴走を誘発するための違法薬物。
それを子供向けの砂糖菓子に染み込ませたのだ。
「ささ、遠慮なさらず。殿下からの下賜品を断るなどという、不敬な真似はなさいませんよね?」
側近の男は強引にノア様へ歩み寄り、その怪しいお菓子を指でつまんで、ノア様の小さな口元へ無理やり押し付けようとしてきた。
「ほら、坊ちゃん。美味しい美味しいお菓子ですよ。さあ、口を開けて――」
その瞬間、私の中で完全にブチギレる音が響いた。




