第22話:早期覚醒する「魔王の力」
「ノア様ぁぁっ!!」
吹き飛んだ扉の残骸を乗り越え、私は凄まじい風圧に逆らいながら部屋の中へと飛び込んだ。
「……っ、リリアーナ、下がるんだ! 危険すぎる!!」
私のすぐ後ろから、アレクシスが悲痛な声を上げて駆けつけてくる。
しかし、私の足は止まらなかった。
部屋の中は、まさに地獄のような有様だった。
徹底的に安全対策を施したはずの家具が、見えない巨大な力によって宙に浮き上がり、次々と壁や天井に激突して粉々に砕け散っている。
そして、その破壊の暴風の中心。
ベッドの上で、ノア様が両手で頭を抱え、絶望的な悲鳴を上げていた。
「いやぁぁぁっ! ぼくじゃない、ぼくじゃないよぉっ!!」
ノア様の華奢な体から、ドス黒く、そして恐ろしいほどに重い『魔力の奔流』が、間欠泉のように噴き出している。
(……間違いない。これは、ノア様の中に眠っていた『魔王の力』だわ!)
原作ゲームの設定が、最悪の形で脳裏をよぎる。
本来なら、長年の愛情飢餓と絶望の果てに、青年期になってから覚醒するはずの力。
それがなぜ、三歳の今、突然暴走を始めたのか。
(……もしかして、今日の実家からの襲撃が原因!?)
昼間、実父と義姉から浴びせられた「呪われた血を引く気味の悪いガキ」という暴言。
そして、彼らが私に暴力を振るおうとした光景。
私とアレクシスが撃退したとはいえ、三歳のノア様の心には、計り知れないほどの恐怖とストレスを与えてしまっていたのだ。
『自分がいるから、お母様が傷つけられるかもしれない』という、強すぎる不安と自己防衛本能が、彼の中に眠る強大な魔力を強制的に引きずり出してしまったに違いない。
「ノア様! 大丈夫です、落ち着いて!!」
私が叫びながら近づこうとすると、ノア様はハッとして顔を上げた。
その青い瞳は、極度のパニックと恐怖で見開かれており、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「こないでぇぇっ!!」
ノア様が叫んだ瞬間、魔力の暴風がさらに激しさを増し、私とアレクシスを弾き飛ばそうと吹き荒れた。
「だめっ、おかあさま、こないで……っ! ぼく、ばけものになっちゃった……っ! おかあさまを、いててって、しちゃう……っ!」
いつもなら私のドレスの『服の裾をぎゅっと力強く握り』しめてくれるはずの、その『小さな手』が。
今は、私を遠ざけるように、必死に空を押し退けていた。
自分から溢れ出す力で、大好きな『おかあさま』を傷つけてしまうことを、何よりも恐れているのだ。
「ひぐっ、う、あぁぁっ……ごめんなたい、ごめんなたいっ……!」
『舌足らずな言葉』で、誰にともなく謝り続けるノア様。
自分が化け物になってしまったという絶望感に押し潰されそうになっている、たった三歳の子供の姿。
「……ノアっ!!」
アレクシスが、魔力の防壁を展開しながらノア様に近づこうとする。
しかし、天才的な素質を持つノア様の暴走した魔力は、王国最強の魔導師でもあるアレクシスの防壁すらも容易く弾き返そうとしていた。
「くそっ……! このままでは、ノアの体が魔力に耐えきれずに崩壊してしまう……!」
アレクシスの焦燥に満ちた声が響く。
(耐えきれずに、崩壊……!?)
冗談じゃない。
原作ゲームでは、魔王として覚醒したノア様は、強靭な肉体を手に入れて世界を滅ぼした。
だが、今の彼はまだ三歳の、私が大切に大切に育てている、柔らかくて小さな子供なのだ。
そんな膨大な魔力に、この小さな体が耐えられるはずがない!
「ノア様……っ!」
私が一歩踏み出そうとすると、宙に浮いていた木製のタンスの残骸が、凄まじいスピードで私に向かって飛んできた。
「リリアーナ、危ない!!」
アレクシスが叫ぶ。
しかし、私は避けることも、立ち止まることも選ばなかった。
ここで彼を一人にしたら、彼は一生「自分は化け物だ」という呪いから抜け出せなくなる。
私が、今ここで、彼の魂を救わなければ。
「……待っていてください、私の可愛い天使」
私は、自分に向かって飛んでくる無数の家具の破片の嵐の中へ、一切の迷いなく、両腕を広げて飛び込んでいったのだった。




