第21話:情熱の口づけ。本当の夫婦
実家の連中が地下牢へと連行され、応接室には静寂が戻っていた。
「……終わった」
私が小さく呟くと、アレクシスは私を抱き寄せていた腕の力を少しだけ緩め、深く息を吐き出した。
「ああ、終わった。正式な審理は必要だが、証拠は揃っている。フェルゼン伯爵家の爵位と領地は没収、彼らは一生、強制労働の刑に処されるだろう。……これで、君を縛るものはこの世のどこにも、何一つなくなった」
アレクシスはそう言うと、私の髪にそっと触れた。
その手つきは、彼が普段政務を執る時の冷徹で正確なそれとはまるで違い、信じられないほど甘く、熱を帯びていた。
「旦那様。今回のこと、本当にありがとうございました。私一人では、あそこまで綺麗にお掃除することはできませんでしたから」
「私の方こそ、礼を言う。君がノアを守り、そして私に『家族』というものを教えてくれた。……だから」
アレクシスは、私の肩を抱いていた手をゆっくりと私の頬に移動させ、その氷のように透き通った青い瞳で、私の目を真っ直ぐに射抜いた。
「改めて、私と本当の夫婦になってほしい」
「……っ」
その言葉に、私の心臓がドクリと大きく跳ねた。
「君を愛することはない」と言い放った初夜の冷酷な姿は、もうどこにもない。
ただ一人の男として、私を深く、重く求め、その愛を隠そうともしない、熱に浮かされたような瞳がそこにあった。
「私には、君が必要だ。君の淹れるお茶が、君の笑い顔が、そして……君がノアに注ぐその深い愛情ごと、君のすべてが欲しい」
アレクシスの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
(えっ、ちょ、ちょっと待って! 心の準備が……!)
私が戸惑い、目を瞬かせた瞬間。
彼の端正な唇が、私の唇を塞いだ。
「んっ……」
それは、以前私の手の甲に落とされたような、慎重で遠慮がちなものではなかった。
長年凍りついていた感情が堰を切って溢れ出したかのような、深く、熱く、そして息が詰まるほど情熱的な口づけだった。
私の唇を優しくこじ開け、熱い吐息が絡み合う。
頭の中が真っ白になり、全身の力が抜けていくのを、彼が腰に回した強い腕でしっかりと支えてくれていた。
(だ、旦那様……っ、熱い……)
どれくらいの時間、そうしていただろうか。
やがて、名残惜しそうに唇が離れると、アレクシスは私の額に自分の額をコツンとすり寄せ、甘く、少しだけかすれた声で囁いた。
「愛している。……狂おしいほどに」
その言葉の重さと熱量に、私は顔を真っ赤にして、ただコクコクと頷くことしかできなかった。
両想い成立。
愛のない政略結婚から始まった私たちの関係は、数々のトラブルを乗り越え、ついに本物の、どこよりも強固な絆で結ばれた夫婦となったのだ。
* * *
その夜。
私は幸せな気分のまま、ノア様の寝かしつけを終えて自室に戻ろうとしていた。
ベッドの中のノア様は、私が作ったウサギのぬいぐるみを抱きしめ、いつものように私の『服の裾を力強く握り』しめて、スースーと『安心しきった無防備な寝顔』を見せてくれていた。
その『小さな手』をそっとほどき、おでこにおやすみのキスをして部屋を出る。
(旦那様とは両想いになれたし、実家の問題も解決した。ノア様もすっかり元気になって、毎日可愛い笑顔を見せてくれる。……私の人生、まさに絶好調ね!)
前世での社畜保育士時代からは考えられないほどの、まさに「世界一幸せな家族」の生活。
私は、足取りも軽く自室へ戻り、ベッドに潜り込んだ。
――しかし。
神様は、そんな私の有頂天な気分を、あっさりと許してはくれなかったらしい。
真夜中。
屋敷中が静まり返り、誰もが深い眠りについていた、その時。
ドゴォォォォォォンッ!!!!!
地響きのような凄まじい爆発音と共に、屋敷全体が激しく揺さぶられた。
「な、何っ!?」
私はベッドから弾かれたように跳ね起きた。
地震? いや、違う。これは……魔法の衝撃波だ。
しかも、その衝撃の中心地は――。
「……嘘。ノア様の、部屋……!?」
嫌な予感と、原作ゲームの最悪の記憶が、私の脳裏をフラッシュバックする。
私は上着を羽織るのも忘れ、裸足のまま、ノア様の部屋へと全力で駆け出した。
廊下に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
ノア様の部屋の分厚い扉が、内側から吹き飛んで粉々になっていたのだ。
そして、その部屋の中から、漆黒の、どこまでも淀んで重い『魔力の奔流』が、まるで竜巻のように噴き出している。
「ノア様ぁぁっ!!」
私は、黒い魔力の暴風が吹き荒れる部屋の中へと、一切の迷いなく飛び込んでいったのだった。




