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第2話:冷酷宣言と満面の笑み

王都の大聖堂で行われた、国中が注目する華やかで、そしてどこまでも息の詰まるような結婚式。

何百人もの貴族たちの好奇の視線と、形式だけの冷ややかな誓いの口づけを終え、私たちはようやく公爵邸の広大な夫婦の寝室――となるはずだった控室へと戻ってきた。


バタン、と。

分厚く重厚なオーク材の扉が閉まり、室内には私と、今日から夫となった男の二人きりになった。


部屋の中は、真冬のように冷え切っていた。

暖炉に火が灯っているというのに、彼から発せられる絶対零度のオーラのせいで、部屋全体の温度が数度は下がっているように感じる。


「氷の公爵」であり、若くして国の宰相を務める超エリート、アレクシス・フォン・ローゼンタール(二十五歳)。

銀糸を紡いだような美しい銀髪に、切れ長で冷酷なアイスブルーの瞳。

芸術家が一生を懸けて彫り上げた彫刻すら霞むほどの、超絶的な美貌の持ち主。


しかし、その瞳には一切の感情が宿っておらず、私を見る視線はまるで路傍の石ころか、あるいは厄介なゴミでも見るかのようだった。


彼はゆっくりと歩み寄り、私から三歩ほど離れた距離で立ち止まると、薄い唇を開いた。


「君を愛することはない。ただの飾りだ」


――おおっ、出ました!

政略結婚における、ド定番のテンプレ冷酷宣言!


アレクシスは、私がこの言葉に絶望し、泣き崩れるか、あるいは「そんな、ひどいわ!」とすがりついてくると予想していたのだろう。

彼の目は「女など皆同じだ。どうせ金と権力目当ての浅ましい生き物だろう」と雄弁に語っていた。


普通の令嬢なら、ここでショックを受けて青ざめ、悲劇のヒロインとして涙を流すところだ。

これからの愛のない冷え切った結婚生活を想像して、絶望の淵に突き落とされるのが「正解」のリアクションである。


でも、私は違った。

前世で、過酷な労働環境と安月給に耐えながら、子供たちの笑顔だけを生き甲斐に働いていた元・保育士なのだ。


(やったぁぁぁぁぁっ!! 大大大勝利!!)


私は心の中で、特大のガッツポーズを決めた。


夫に愛されない?

素晴らしい! 最高じゃないか!

つまり、それは面倒な夫婦の営みも、貴族の妻としての煩わしい夜会への同伴も、夫のご機嫌取りも、すべて「最低限で済む」ということだ。


愛されない「ただの飾り」の妻。

それは裏を返せば、「超絶大金持ちの公爵家という最高のスポンサーの元で、自分のすべての時間と愛情と情熱を、推しである義息子(三歳)に全振りできる」という、神様がくれたチート環境に他ならない!


前世の職業病から言わせてもらえば、これは「残業ゼロ、休日完全保証、人間関係のストレスなし、給与青天井で、大好きな推しのお世話だけを一日中していられる究極のホワイト職場」の獲得を意味していた。


「はい、喜んで!」


私は、これ以上ないほどの満面の笑みで即答した。

声のトーンは二音ほど上がり、顔には隠しきれないほどの喜びがパッと花開いていたと思う。


「……は?」


アレクシスの完璧だった無表情が、パリンと音を立てて崩れ去った。

完全に想定外の反応だったのだろう。端正すぎる顔に、明らかな困惑と動揺が浮かんでいる。

彼はおそらく、これまでの人生で女性からこんなにも屈託のない、心からの笑顔を向けられた経験がなかったに違いない。


「おっしゃる意味は、完璧に理解いたしました! 飾りの妻として、旦那様の視界や邪魔にならないよう、邸宅の隅っこで大人しくしておりますね!」


「いや、え……? 君は、自分が何を言われたか分かっているのか……?」


「もちろんです! 素晴らしいご提案、本当にありがとうございます! 感謝してもしきれません!」


私はドレスのスカートをふわりと持ち上げ、完璧なカーテシー(淑女の礼)を決めてみせた。

呆然と立ち尽くす氷の公爵様をよそに、私の頭の中はすでに、これから出会う三歳の天使のことでいっぱいだった。


そう、私にはこんなところで冷たい夫の相手をしている暇などないのだ。

一分一秒でも早く、愛しの推しであるノア様に会いに行かなくてはならない。


(ああっ、早くあのちっちゃくて柔らかい『小さな手』を両手で包み込んで、ぎゅっと握りたい……! きっとマシュマロみたいにふわふわで、良い匂いがするに決まってるわ!)

想像しただけで、口元がだらしなく緩んでしまうのを止められない。


(『お、かあさま』って一生懸命に呼んでくれる『舌足らずな言葉』……ああ、早くこの耳で直接聞きたい! 録音の魔道具とかないの!? 後で絶対に商人に発注しなきゃ!)

興奮で鼻息が荒くなりそうになるのを、深呼吸をして必死に抑え込む。


(そして何より、夜になったら私が腕枕をして添い寝して、私にしか見せない『安心しきった無防備な寝顔』を拝みたい……! その寝顔を守るためなら、私は喜んで鬼にも修羅にもなるわ!)


限界突破した母性が大暴走し、私の全身からハートマークが目に見える形で飛び出しそうだった。

いけない、いけない。一応、公爵夫人としての品格を保たねば。


私は、未だに状況が理解できずに彫像のように固まっているアレクシスを、完全に置き去りにした。

冷血でワーカホリックな夫への未練や興味など、もはや私の心の中にはただの一ミリも存在しない。


「それでは旦那様。私は大変忙しい身ですので、これで失礼いたします。では早速、愛しのノア様に会いに行ってまいりますね!」


呆気にとられる夫に背を向け、私はドレスの重みも忘れたかのように、軽やかな足取りで部屋を飛び出した。


さあ、待っていてね、私の可愛い天使!

これから私が、あふれんばかりの愛情であなたを包み込んで、世界で一番幸せな子供にしてあげるから!


高鳴る胸を押さえながら、私は邸宅の奥にあるというノア様の部屋へと、小走りで向かったのだった。

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