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第13話:身を挺した庇護と強い抱擁

「……ノア、様っ!?」


悲鳴と砂煙の中、巨大な黒い馬の蹄が、私の愛する息子の頭上に容赦なく振り下ろされようとしていた。


その瞬間、私の頭からすべての思考が吹き飛んだ。

恐怖も、躊躇いも、自分の命への未練すらも。


「ノア様ぁぁっ!!」


私は純白のドレスの裾が破れるのも構わず、全力で芝生を蹴り、馬車の前に立ち尽くす小さな影に向かって身を投げ出した。

両腕でノア様の体をしっかりと包み込み、自分の背中を馬の蹄に向けて丸く屈み込む。


(どうか、私だけの命で済んで……!)


最悪の痛みを覚悟して、ギュッと目を瞑った。


――しかし。


「……シィィィッ!!」


凄まじい剣戟の音と、馬のいななき。

そして、私を包み込むような、強い風圧と冷気。


予想していた衝撃はいつまで経っても訪れず、代わりに聞こえてきたのは、ドサリという重いものが崩れ落ちる音だった。


「……リリアーナ! ノア!!」


ハッとして目を開けると、そこには、暴走した二頭の馬を素手と魔力で捻じ伏せ、完全に制圧したアレクシスの姿があった。

彼の白いシャツは砂埃で汚れ、肩で荒い息をしている。


「だ、旦那様……!」


「おとう、さま……っ」


ノア様が私の腕の中で、恐怖で震えながら『舌足らずな言葉』を漏らす。

その『小さな手』は、私の胸元の『服の裾を力強く握り』しめて、完全にパニックになっていた。

私はノア様の背中をトントンと優しく叩きながら、何とか立ち上がろうとした。


その時だ。


「……ッ!!」


アレクシスが弾かれたように駆け寄ってきたかと思うと、私とノア様をまとめて、骨が軋むほどの力で、信じられないくらい強く、強く抱きしめたのだ。


「え……っ、あ、あの、旦那様……?」


「お前まで……お前たちまで、失うところだった……っ!」


耳元で、彼のかすれた、ひどく切実な声が響いた。

その腕はガタガタと小刻みに震えており、私を抱きしめる力は、痛いくらいなのに、どこまでも不器用で、どうしようもなく甘かった。


(……え? お前「まで」……?)


彼の言葉の引っ掛かりに気づく余裕もないほど、私の心臓は早鐘のように鳴り響いていた。

氷の公爵様が、こんな人目のある公園のド真ん中で、なりふり構わず私を抱きしめている。

しかも、その腕からは、私とノア様を「絶対に手放したくない」という、重くて切実な、焦燥感にも似た感情がひしひしと伝わってくるのだ。


「……私は、もう二度と、大切なものを失いたくない。……無事で、本当によかった……っ」


アレクシスはそう呟くと、私の肩に顔を埋め、まるで祈るように深く息を吐き出した。

その熱い吐息が首筋にかかり、私の顔は一気に沸騰したように真っ赤になってしまう。


(ち、近すぎる! 旦那様の顔面偏差値がこの距離にあるのは、心臓に悪すぎるわ!!)


「だ、旦那様……っ、私たちは無事ですから。どうか、落ち着いて……っ」


私がパニックになりながらも彼の背中にそっと手を添えると、アレクシスはハッとして体を離した。

そして、自分の失態に気づいたのか、顔を真っ赤にして視線を逸らした。


「……す、すまない。気が動転していたようだ。怪我はないか?」


「は、はい。旦那様のおかげで、ノア様も私も無事です」


「おとうさま、しゅごい! おんまさん、やっつけちゃった!」


ノア様が尊敬の眼差しでアレクシスを見上げると、アレクシスは少しだけ照れくさそうにノア様の銀髪を撫でた。


「ああ。……もう大丈夫だ。帰ろう。ここは危険すぎる」


そう言って、アレクシスは私の手を取り、もう片方の手でノア様をひょいっと抱き上げた。

その手は、行きよりもずっと力強く、絶対に離さないという強い意志が込められているようだった。


* * *


公爵邸に帰宅し、ひと騒動を終えてすっかり疲れ切ったノア様は、夕食を食べた後、私に絵本を読んでもらいながら、すぐに夢の世界へと旅立っていった。


『安心しきった無防備な寝顔』を見つめながら、私はそっと部屋の明かりを落とす。


「ふぅ……。今日は色んなことがありすぎたわ」


自室に戻り、一人でゆっくりとお茶でも飲もうとした、その時。


コンコン。


控えめな、しかし確かなノックの音が響いた。


「リリアーナ。……起きているか?」


扉の向こうから聞こえてきたのは、低くて落ち着いた、アレクシスの声だった。


「はい、起きております。どうぞ」


扉が開き、夜着の上にガウンを羽織ったアレクシスが、少しだけ緊張した面持ちで部屋に入ってくる。


「……夜分にすまない。少し、君と二人きりで話がしたくてな」


彼の氷のような青い瞳が、真剣な光を帯びて私を真っ直ぐに射抜く。

昼間の強烈な抱擁の記憶が蘇り、私はドクリと心臓を高鳴らせながら、彼に椅子を勧めたのだった。

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