三十八 帝国の街並み
シャワーを浴びると旅の疲れがでてしまったのか私はやっぱり熱を出して寝込んでしまった。
「うーん。弱いわね」
「仕方ありません。そもそもリルア様が帝国までこられたこと自体が奇跡なようなものですよ」
慣れた様子でアナベルが看病してくれていた。警護のフリーニャも心配そうにこちらを伺ってくれている。
「そうよね。だからアラス様の婚約者は辞退しなければね。私では務まらないと思うの」
「……」
アナベルは何故か微笑んだだけだった。
当然歓迎の宴も辞退してしまった。これで少しは帝国皇帝の妃として相応しくないという意見が出ると私は期待している。
アラス様の戴冠式に向けて各国から続々と参列者が集まってきていた。だから私の存在は薄れたようで少しほっとした。
アラス様の母親の母国でもあるこの大陸の南方に位置する砂漠の連邦国ジプラからは王子が、海洋諸国の聖地からは聖女が臨席するようだった。湿原のアマゾナス国からも将軍が来ていた。
フリーニャの祖国ね。フリーニャも護衛として連れて来ていたので何かと心配なところ。
何日かは寝てすごし、体調が許すと王宮内を歩いてみた。今日はアラス様も一緒にいる。
一日一回は顔を見にやってくるのよ。皇帝陛下はお忙しいはずなのに。
「大分調子が良いみたいだな。少し城下に出てみるか?」
「まあ、よろしいのですか?」
「そなたの体調が許す限りだが、一度きちんと検査をしてもらおう。帝国の医官にそなたの魔力の状態を調べさせる。そちらが重要なことだったのだ。エイリー・グレーネでは十分な施設がなかったからな」
「……」
アラス様は気にされていた。あの樹海の死闘のことで私の魔力は底をついてしまったのだ。私にはもう以前のような力がないのは分かっている。
そこでふと私は本来の『薔薇伝』のリルアの設定のことを考えた。
彼女とても体が弱かった。イベントの途中で淑女らしく倒れるのも彼女の役目だった。
そして魔術も初級しか使えない。頑張って中級を扱える程度。
あのゲームでは語られていなかった裏側にはこんな出来事があったのかもしれない。
結局今の私は『薔薇伝』設定どおり初級しか魔法は使えなくなっていた。
剣もそうだし、ゲームの強制力はどこまでかかるのだろう。
逃れようとして足掻いて結局何かに絡めとられるように私は本来の設定へと戻っていた。
このままではエイリー・グレーネ王国も滅亡へと……。
私は嫌な予感を振り払うように城内の医務室へ向かった。そこはエイリー・グレーネ王国とは比べ物にならない程の魔道器具が並んでいた。
「これは素晴らしいですね」
「ああ、そなたの意見を取り入れたものが多いがな」
「……」
アラス様と話しているとつい口を滑らせて日本での医療を話すことがある。でもそれをこうして魔道器具にまで開発できるのはアラス様の力だからだろう。
そして早速、帝国の医官が私の身体測定をしてもらった。
「――ふむ。御身の器以上の魔力を使い過ぎましたね。これでは初級の魔術を使う程度しか体が持ちません。治療をすれば中級くらいまでは……。それも確約はできません」
改めて言われると私は体から力が抜けてしまった。
「リルア王女。私も他に手だてがないか探しているところだ。まだ君は若い。だからきっと」
そっと震える肩にアラス様が手を置いてくれた。
アラス様は戴冠式の準備が忙しい中、診察に付き添ってくれていた。
でも、私は今半裸に近いのですけど?
検査だから浴衣のような薄絹一枚を着ています。
それ以上にああやっぱりという気持ちが大きくて力が入らないので敢えて指摘はしないけれど。
覚悟はしていたつもりだけどやっぱり落ち込んでしまう。
魔力の底上げをしていたからあの樹海での戦いで生き延びれたのだけど底上げをしていなかったらあの事件は起きなかったのだろうか? 卵が先で鶏が先か――。
ぐるぐると後悔に近い感情が私の中で渦巻いてしまう。
「彼女に帝国の街を見せたいが、外に出るのは大丈夫か?」
アラス様が医官の方に尋ねると無理しなければ大丈夫と言われたので、翌日は城下へお忍びに出掛けることになった。
そして、アラス様は皇帝風ではなくあの最初に出会った冒険者の恰好をされていた。私も豪華なドレスではなくワンピースドレスだった。
あまりにも用意が良すぎる。これなら商家のお嬢さんに用心棒という感じに見えなくもない。
「アラス様はいつもお忍びではそのような格好ですか?」
「お忍びと言う程でもないな。普段から城下にはこうして出向いている」
「え? け、警備というか警護の者は?」
「ふっ、一級冒険者の私にそんなものは必要ないな。返って邪魔だ」
アラス様は肩を竦めて腰に下げている黒流剣を触った。
「ああ、そうなのですね。まあ確かにそうでしょうけど……」
――でも、仮にも帝国皇帝が護衛なしで大丈夫なのでしょうか? まあフェンリルも撃退できた方だものね。
「心配するな。やや離れて見えないように護衛はいる。心配性な奴らばかりだからな」
「それにしても……」
周囲を見回すと城下にはとんでもないものが溢れていた。
「これは……」
「おやまあ。殿下。可愛らしい姫君をお連れで! 戴冠式の次はご結婚式ですね!」
普通に城下の人々がアラス様に話しかけてくる。皆が顔見知りと思ってしまうほど。
「一日も早く妃になってくれるように口説いている最中だ」
「へええぇ。殿下ほどの方を袖にするなんてますます頼もしい。しっかり頑張ってくださいよ!」
「ええと、あの……」
とんでもないものとはアラス様の即位の絵姿を売っていて、それはとても格好良いものだった。
ちょっと欲しいかも。でもね。私のものまであったのよ!
それらを眺めながらアラス様は呑気に呟いていた。
「いつか二人で並んでいるものも見たいものだな」
「お、お断りしたいのですが……」
アラス様は華麗にスルーされた。アナベルやフリーニャも黙って少し離れてついて来てくれていた。こうして見ると整った街並みと石畳に帝国の豊かさや技術力を感じる。
「――あの、もしよろしければ魔術屋さんに行ってみたいのですが」
「魔術屋? ああ、しかし、そなたの状態では難しいのではないか?」
アラス様の言う通り、体内の魔力器官を痛めてしまった私では他の魔法を習得することは難しかった。もともと光と水を持っているので火と闇は習得できない。それを捨て去って付け替えてもいいのだけど。今の状態では習得できるのは風か土かどちらかになる。相性としては風の方を習得して攻撃力を選んだほうがいい。土は守護関係の術がメインだから水や光と被る内容の術が多い。
エードラム帝国の魔術屋さんは中級を扱っていた。上級は街の表の店では買えない。選ばれた者にしか見つけられない魔術屋で取り扱っている。この辺は『薔薇伝』の設定と同じ。
「買うだけ買っておきたいのです……」
そう言って光の中級と水の中級を手に入れる。風の初級と土のも。どちらを選ぶかはまだ決めていない。水晶球を手に入れて眺めた。ビー玉くらいの大きさなのでそう荷物にならない。
ベルベット生地の巾着に入れてもらうとわくわくした。そんな私を物珍しいそうにアラス様は眺めていた。
「普通はアクセサリーやドレスをねだるだろうが……。そなたは本当に面白い」
「はい? 自分のものは自分で支払いますよ。ね? アナベル……」
侍女のアナベルに支払ってもらおうとしたが、アラス様に苦笑された。アナベルも私達の様子を覗っている。とても私が自分で払える雰囲気ではないのが分かった。
でも結構なお値段なのよ。中級のもあるからね。
私の体調のこともあってあまり長いことは外出できないけれど楽しかった。それにアラス様の人となりが知れた気がした。
私の絵姿が出回っていることは恥ずかしいけどね。エイリー・グレーネ王国じゃあ考えられないことだもの。




