三十九 戴冠式の前夜
それから何度かこうしてアラス様と少しお出かけをして楽しく過ごした。帝国の人々の屈託のなさに驚いたけれど慣れるとその方が楽しいと思った。
帝国は活気のある街並みで賑わっていた。エイリー・グレーネ王国の静かで穏やかな雰囲気とはまるで違う。
そんなある日、私はアラス様のご両親に会うことになった。
あのアラス様と樹海の街で出会って後、愛妾の息子とはいえ第二第三皇子が帝位を争ってエードラム帝国には政変が起こっていた。結局皇子二人は共倒れになり、正妃の息子でアラス様と同腹の兄の第一皇子は生来の病弱さから先年お亡くなりになっている。
いろいろあって皇帝陛下は早めに帝位をアラス様に譲ることになったのだった。
陛下は少し疲れた様子だったけれど皇妃様は穏やかな笑みを浮かべていた。
「ようこそ、我が帝国にいらした。アラスからそなたことはよく聞いておる」
「あなたがエイリー・グレーネ王国のリルア王女ね。初めまして、会えて嬉しいわ」
「初めまして、わたくしはエイリー・グレーネ王国の王女リルアと申します。両陛下にお会いできて嬉しゅう存じます」
「なんて可愛らしい方! 帝国はずっと暗い出来事ばかりだったからこうして可愛らしいお嫁さんが来てくれるのは嬉しいわ。ねえ、あなた」
皇后陛下が話を振ると皇帝陛下も黙って肯いていた。
――お嫁さんはちょっと待って欲しい。まだ子どもですから。
でもとても喜んでくださっているのでお断りの言葉を言いそびれてしまった。面会は短時間で済むと滞在する部屋までアラス様が送ってくださった。
「はあ。緊張しました」
「だが、両親も、帝国もそなたを歓迎している。そんなに気を張ることもない。しかし、てっきり、婚約解消して欲しいとか言い出すと思ってひやひやしていたのだが、良いのか? 期待するぞ」
「それとこれとは別です。あのように喜ばれると言い出すのは難しいです」
「本当にそなたは人が好過ぎるな。だが、とりあえずはその人の良さにつけ込むとしよう」
「それは困ります」
そんな他愛もない話をしながら部屋に戻った。
アラス様のことは嫌いじゃないから困る……。寧ろ……。
そうしているとお父様も魔道船に乗って帝国に着いた。
私は婚約者として出席だけど戴冠式にエイリー・グレーネ王国からはお父様が列席することになっていた。エイリー・グレーネだけにアラス様も魔道船を貸してくださったみたい。
流石に戴冠式前夜の歓迎パーティーをお断りすることは出来ずに参加したのだけど私はアラス様にエスコートされていた。目立って仕方が無い。身長差もありすぎる。
「……このようなことは御遠慮したいのですが」
「私の隣に誰がいるというのだ? 正式な婚約者同士なのだぞ」
「それはその……アラス様にお似合いの方を……」
にこりとアラス様に微笑まれたので私は黙り込んだ。
「そちらがエイリー・グレーネ王国の姫君かしら?」
突然我儘ボディーのお嬢さんがアラス様に話しかけてきた。エキゾチックな女性だ。
「ああ、紹介しよう。リルア。彼女は南の砂漠のジプラ連邦国の王女シャリーンだ」
「よろしく――」
「あら、綺麗と聞いていたけど思えばまだまだ子どもじゃない。これじゃあとても帝国皇妃など務まらないわ。だから、婚約破棄して私と結婚しましょうよ」
シャリーン王女は私の言葉を遮るように言うとアラス様にしな垂れかかろうとした。アラス様は苦笑しながらやや乱暴に王女を押し除けた。
「彼女は子どもと言っても我が国の魔道船の考案者なのだ。私に観賞用の閨だけの妃など必要ないな。お前こそ役不足だ。勘違いするな」
「まっ、何ですって?! 私を馬鹿にするの!」
「馬鹿な発言をしているのはそっちのほうだな。弁えよ」
アラス様はシャリーン王女に冷たい視線を送った。彼女はわなわなと震え出していた。
――何だか波乱な出だしよね。でも砂漠の連邦国はアラス様の母君の母国だったはず。
「「ほう、彼女があの魔道船の……」」
怒り狂うシャリーン王女以外はアラス様の言葉で特に男性陣が目の色を変えて私を見ていた。何だか不穏な空気まで感じる。
「あら、嫌ですわ。私、まだ子どもですから、このような場に慣れていなくて、何か飲み物をいただけないかしら?」
そう言って給仕にグラスの水をわざわざ頼んだ。他の方は大人なのでお酒が振舞われている。これはデモンストレーションよ。子どもということを見せつけようとしたの。
「ふふ。確かに。そなたは子どもだ。しかし、体が大人だとして心はそうでないものがここにはいるようだぞ」
そう言ってアラス様はシャリーン王女を侮蔑の笑みで見遣った。
アラス様の言葉にそこかしこから失笑が聞こえてきた。
「んまぁぁ」
シャリーン王女は慌てた兄王子に引っ張られて何かを叫びながら立ち去った。
「よいのですか?」
私は小声でアラス様に訊ねた。
「何がだ?」
「彼女の方が見た目は大人ですから、その……」
お似合いって言ってい良いかどうか分からず言葉を濁した。
「ふっ。そもそも私が第四皇子のときに彼女らは見向きもしなかった。そう言うことだ」
私にしか聞こえないようにアラス様も話してきた。
私はそれを聞いてアラス様が帝国女性との一線を引いてる理由がやっと分かった気がした。
それ以降は怒涛の挨拶となった。
――正直誰が誰だか分からないくらい。流石、帝国ね。
お父様も挨拶にみえられて、アラス様の先程の対応に満足したご様子だった。
「いや、小さい頃からリルアの言うことは私達では扱いかねていたものだったが、アラス殿下のお陰だな」
お父様の言葉にアラス様もなんだか嬉しそうだった。
聖地からは現聖女の温和な感じの老女が参加されていた。流石に薔薇伝のプレイヤーの隠しキャラの方ではなかった。
湿原の国からも女将軍が来ていたが、彼女も薔薇伝の主要メンバーではなかった。でもモブだったのを覚えている。フリーニャが追放されるときに何かと助けてくれた人だった。
出だしはやや波乱を含んだパーティーは無事に終わった。
この後の私的な会合に私は外されたのでほっとして部屋に戻った。
お子様だからお酒は飲めないしね。
でも私の控えの部屋の警備が更に厳重になっていた。
――どうして? 今更逃げはしないわよ。
お読みいただき、評価、ブックマークをありがとうございます。
まったり更新ですのでよろしくお願いいたします。
ここだけの話ですが、ヒーローはアラス様ではなく、バルドだったはずなのです……。




