三十七 帝国のご令嬢
正直、『薔薇伝』にこんな展開はなかったので分からない。
そもそもリルアとアラス様が婚約者なんて設定は無かったし、私がアラス様のために他の女性とキャットファイトをするとかありえない。
アラス様は私をエスコートしたまま通り過ぎようとしました。
「ココリア嬢。君がわざわざ出迎えに出てくる必要はない」
「あら、アラス皇太子殿下。私こそご婚約者をお迎えるのに相応しいと父の大臣から言われておりますわ」
私は彼女にご挨拶をしたものかと思案していたがアラス様の不機嫌そうな声が遮った。
「悪い冗談だな。彼女は帝国筆頭公爵家のモントレ公爵家のココリア嬢で私の兄の婚約者だった人だ」
「まあ、筆頭公爵家のご令嬢なのですね。初めまして、エイリー・グレーネ王国のリルアと申します」
私はエードラム帝国方式の礼をとってみた。
要は敬礼に近いの。右手を頭につけるだけ。楽でいいわよね。エイリー・グレーネ式でも良かったけれど帝国式で格好良くやってみた。
その場で軽いどよめきが起きた。
私は気にならなかったけれど公爵令嬢は顔を真っ赤にされた。
心なしか肩が震えている。アラス様は冗談と仰ったけれど彼女はもしかしたら帝国貴族側からのアラス様の婚約者候補かもしれない。お兄様はお亡くなりになっていますものね。
それにお二人並ぶとお似合いに見えます……、あら、何だか胸の奥がモヤモヤちりちりしますね。まだ船酔いが残っているのかも。
「か、可愛らしい……」
何故か令嬢にそう呟かれて視線を明後日の方に逸らすと右手を背中に隠されました。
――もしや、ナイフとか隠し持っていて刃傷沙汰になる? 早くアラス様とは婚約を解消してもらわないと刺されるのは嫌だ。
「こ、婚約はか……」
私がそう言う前に彼女は私に手を差し伸べた。
「大変失礼いたしましたわ。リルア王女殿下、さあ、長旅でお疲れでしょう。早速、お部屋にご案内をいたします」
「断る。私がリルア王女を部屋まで送る」
アラス様が私を庇うように前に立ちはだかった。
「まあ、殿方のアラス皇太子殿下では充分なお世話はできませんわ。さあ」
ココリア様は私の手を強引に握って歩き出した。それに不満はなかったけれど。
――いえ、ちょっと待って欲しい。
私は確かにココリア様より小さいけど。これってどう考えても小さい子にするような態度じゃない?
ココリア様に連れられて案内されたお部屋は白と淡い紫をテーマとした繊細で優美なものだった。白と薄紫を基調にレースやら絹とかを贅沢に使用した極上のラグジュアリーな空間。
「本来ならリルア王女殿下はアラス様のお隣の皇妃のお部屋なのですが、今はここで我慢してくださいね」
「皇妃……。いいえ、このお部屋はとても素晴らしいですわ。このように素敵な部屋をご用意していただいてありがとうございました」
「お疲れでないのでしたら、湯あみと軽食をご用意いたしております」
「じゃあ、お湯を先にいただこうかしら」
実はエイリー・グレーネの王宮には天然の湯が出る贅沢な湯殿があるのよね。それまでとはいかなけれど帝国だからと少し期待していた。
侍女に案内されて行った先にあったのは、
「ここですか?」
だが、そこはバスルームだった。どうやら、帝国はシャワータイプの生活様式だったのだ。
――普通のシャワールームよりとても広いし豪華だけどシャワーだけ。
「お湯の心配はございませんわ。これはアラス皇帝陛下のご提案されて開発した魔道具を使用しております。その……リルア様のご発案だとお聞きしていますわ」
――ああ、あれね。
実は皇太子時代のアラス様に相談を受けたことがあるのよ。そして開発したのが温水シャワーだった。魔道石を使って水を沸かせるようにと話してみた。沸せば雑菌を多少は消毒できるし。
最初は主に魔導船内の衛生面のことで開発したのだけどこの世界では船旅中に体を洗う習慣がなかったみたいで、とても不衛生だったのよ。だから、船旅中にいろんな病気になることが多かったみたい。長旅になるしね。そもそもこの世界にはお風呂の習慣はあまりないらしい。水も贅沢品だからだ。平民なら川や湖で水浴びするか、公衆のシャワ―が主流だった。
それにこの世界にはまだ体系付けた医学知識はない。
なんたって聖女様や神官様がいるから大抵の怪我や病気は癒しの技とかで治るの。
私も癒しの水とか使ってたしね。だから医学系の知識はあまりないし、細菌やウィルスとかまでは解明されていない。
アラス様は最初エイリー・グレーネ王宮にある湯殿を気に入って船にも湯船を取り付けたいと言い出されていたの。
いずれはエードラム帝国の王宮や住民達にもお風呂を浸透させるつもりでね。
だけど南方に砂漠がある東の大陸は水不足が結構な問題で、水を溜めて使うということは贅沢だと受け入れられなかったみたい。




